第134話  恋心と沈黙







 貴族街を出て、まだ見慣れない街道を歩く。

 相変わらず数えきれないほど大勢の人で溢れ返っていた。

 金のある商人だと馬よりも、奴隷に担がせた輿を使う場合が普通のようだ。

 あるいは二輪の人力車のようなもので移動している者もいた。


 道行く人々の服装は様々で、女性は手首足首まで裾が伸ばされた緩やかな服が多い。色合いは落ち着いた象牙色や朽葉色から、派手な黄色や赤と多彩だった。

 男性は荷役などをしている奴隷なら、麻の下穿きに上半身は半袖というのも珍しくない。全身から汗を流して、大きな壺を肩に担ぎ上げていた。


 旅人でも剣を携帯しているのは珍しくないが、いかにも重武装という男たちもいる。

 金属の胸当てや籠手で身を守り、手槍を掲げて歩いて行く。どこかで雇われているのか、それとも流浪の武人であるのか定かではない。


 運搬用から食用まで多種の家畜が通るため、牛馬の糞が頻繁に落ちているが、それを回収して売る仕事もあるので溢れかえるほどでもない。とはいえ、独特の饐えた臭いが街には満ちていた。


 そうした悪臭から身を守る為に、お香を入れた球状の装身具をぶらさげている者が歩いている。

 アベルは肉桂や桂皮の香りだと感じた。

 そんな街道の端では乞食たちが座り込んだり寝転んだりしている。


 やがて皇帝国でも見たことがないような、巨大な円形の建築物が姿を現す。

 周囲を列柱に囲まれ、高さは五階建てに比肩していた。

 随所に勇壮な彫刻が飾られていて、その豪華さに思わず目を見張る。


「スターシャ! あれは?」

「あれこそ世界に名高い、王道国の誇る大円形闘技場さ」

「闘技場って、あの奴隷を戦わせるやつ? 劇とかはやらないのか」

「演劇もやるけれど、やっぱり剣闘士の戦いが一番人気だろうねぇ。他にも罪人の処刑とか、魔獣の見世物、あとは競馬なんかもやる。そういう闘技場は街に幾つかあるし、地方都市にも建設されているけれど規模と質では……なんたってここが最高だね!」

「ははは……。なんか血腥い催し物ばっかり」

「そりゃそうさ。みんな娯楽に飢えている。普段はせいぜい食う、犯る、寝る。あとは博打に酒飲みぐらいしかやることはねぇんだ。剣闘士の戦いなんざ、最高の興行さ」

「何万人も入れそうだ……」

「たしか公称では五万人収容のはずだけれどな。人気の大会なんかだと管理している役人が賄賂を受け取って、それ以上を入場させてしまうらしいぜ。おかげでとんでもなく混雑するらしい」

「ふ~ん……、凄いな」

「あたいも二回行ったことがあるよ。午前は重罪人の処刑とかが多い。処刑の仕方だって変わっていて、魔獣に食わせるような方法もあるんだ。それで昼ぐらいから闘士の見世物を始める。武器を使わない拳闘士から始まるのが普通」


 拳闘士とか素手戦奴というのは、その名の通り肉体そのものを武器とした男たちのことだ。

 武器を使わなくとも、格闘技を用いた奥の深い遣り取りは、それはそれで人を熱狂させる。

 それゆえに応援する者が大勢いて、強い闘士は非常に尊敬される。


 変な話ではあるが奴隷という身分の闘士に、貴族階級の婦女子が群がるという現象まで起こると言う。

 もっとも、どこまで行っても奴隷は奴隷なので女の人気を得たところで拳闘士が楽しいかどうかは分からないが。


「最後に様々な武器を用いた剣闘士の戦いをやるのだけれど、案外と死人なんか出ないぞ。剣闘士を育てるのには時間も金も必要だからさ。あっさりと死んでしまっては興行主が困ってしまうわけ。まぁ、でも大金が賭けられていたり、奴隷身分から解放されるような真剣勝負では死ぬまで戦うこともありうるけれど」

「入場するのに金はいるのか」

「特別席は貴族か王族のもの。優良席が王政銀貨一枚。立見席が銅貨三十枚だったかな。まぁ安いよな。立見なら誰でも入れる」

「観客は賭けるんだよな」

「当然! すげぇ盛り上がるぜ」




~~~~~~~




 その後、裕福な商人が居を構える地域を通過する。

 競うように豪華な屋敷が連なり、高い石壁で周囲が守られている。

 正門では門番らしき武装した男が必ず数名ほど、警戒していた。


 やがてディド・ズマが滞在しているとされている商人エゼルフィルの邸宅近くまで来たが、武装した男たちによって周囲は封鎖されていた。

 道を塞ぐ男たちは冑や胸甲などを身につけ、槍やハルバードを手にしている。

 湧き立つ、荒々しい雰囲気は半端ではない。一様に粗暴で荒れた、戦場の臭いをそのまま漂わせる男ら。

 すでに小競り合いでもあったのか殺した死体が晒されていた。

 裸にされて、腹に大きな斬り傷がある。


 旗が翻っていた。

 その旗に、心臓を掴む拳という図柄が刺繍されていた。

 アベルはかつて見た憶えがある。

 傭兵団「心臓と栄光」の旗だった。

 禍々しい、野心と流血に彩られた旗……。


 あまりジロジロと観察していては不審がられてしまうので、アベルたちは遠くから一瞥して直ぐにその場から離れた。

 その日、邸宅の周囲を歩いてみたが、四周の全てが警戒されていて侵入できるか危うい。

 たとえ夜陰に紛れて入り込んだとしても、邸内の構造は全く分からないのだった。


 アベルたちはその後、例の酒場に移動。夕方を少し過ぎた頃にスターシャの「父親候補」という不思議な関係であるところのバザックが現れた。

 革の上着、片手剣を腰にぶらさげ、長年の荒事稼業を感じさせる隙のない身のこなしだった。

 厳しい傭兵経験を経て来ただけあって、白い無精髭に皺だらけの顔立ちをしている。

 瞼は少し弛んでいるが、その眼光は鋭かった。


 彼は古巣の傭兵団「拍車と荒馬」がズマの脅しにより解散してから王都で暮らしていたようだ。

 生業は手配師や要人警護。

 しかし、馴染の傭兵団での日々よりは辛いことも多かったらしく、ズマらに対する恨みと怒りは本物だった。


 その彼が送り込んだ細作や、あらゆる人脈を駆使して集めてきた情報。

 様々な噂、人間関係の内情など……その詳しさは驚くほどだった。

 なかでも特に、王都へ同行してきた十傑将の名前が判明したのがありがたい。


 サルゴーダ、ロシャ、ピソル、ニケ、ベルシオ、ヤッピ、ギニョール……。

 そういう名の男たち。

 それぞれが百人から二百人ほどの配下を連れ歩き、人身売買や交易、戦利品の販売、恐喝など、様々な活動をしているという。

 要は金が目当てだった。

 ズマが血眼になって、金を掻き集めている。

 その薄汚い手足が十傑将……。


 既に日が暮れているが、邸宅には帰らない。

 バザックの案内によって、さらに偵察を進める。

 ズマの手下たちは、あちこちに分宿しているらしいが夜中まで遊び歩く者も大勢いるという。

 十傑将もそうだ。

 皆、根本的に粗野で享楽的な性格をしている。

 そういう男たちがズマの威を借りて、金のために働き、抵抗する者を力で叩き潰す。

 そんな一日を過ごした欲望の強い男らが、娯楽に満ちた都会で静かにしているはずがなかった。


 夜の街を移動して、とある酒場の前まで来た。

 けたたましい笑い、罵声、動物じみた吼え声。

 開いた窓から中の様子を見ると、三十人ほどの男たちが店を貸しきりにして乱痴気騒ぎをしている。

 空の器や皿を壁に投げつけて、ほとんど半裸の女に給仕をさせていた。

 

 バザックが店の裏口に行き、店主と短く会話する。

 アベルたちとバザックは厨房に入らせてもらい、店内の様子を盗み見る。

 十傑将の名前と顔を店主から教えてもらう。


 サルゴーダ、ピソル、ロシャ……。

 一番若く、実に狡猾そうな細い目をした男がサルゴーダ。まだ確実に二十代。

 笑っていても隠せないほど冷えた視線、顔に複数の傷痕があるピソル。歳は三十ぐらい。

 ごつい体格に、岩を削り出したような武骨な面相をしたロシャ。中年の手前といった雰囲気。

 体格、容貌はそれぞれ異なるものの、その瞳に浮かぶ欲深さ、他者への軽蔑、暴力を快感とする種類の人間が発する粗野な空気。どれも共通していた。


 今日のところは顔と名前を憶えたいだけなのでアベルたちは次の店へと移動する。

 バザックの手配は完璧だった。いくつかの店を移動して、残るニケ、ベルシオ、ヤッピの顔と姿を見つけ出すことができた。


 ニケは不機嫌そうな表情をした髭面の三十代。歯が何本か無い。

 ベルシオは陰険な細面で、爬虫類に類似した眼つきをした男。悪事を重ねてきたのがありありと分かる荒んだ面相。

 ヤッピは禿頭の中年。いくつかの大きな切傷などで鼻が欠けていて、歴戦の戦士を臭わせた。


 これでギニョール以外の十傑将を憶えた……。

 歓楽街の薄暗い夜道、どこからか酔漢の怒鳴り声、女の嬌声が響く。

 バザックは言う。


「今日、どこにも居なかったギニョールという男は魔法使いだ。それもかなり高階梯のな。もともと王道国のヴェスメト魔学門閥で若き天才と呼ばれていた男だ。だが、奴が十八歳になった頃から妙なことが周囲で起こりだした。まだ十代の娘が惨殺された姿で発見されるようになった」

「つまり……」

「ああ、そうさ。犯人はギニョール。だが、奴は二年間ほどバレずに愉快殺人を続けた。しかし、とうとうヴェスメトの門人たちがギニョールに異変を感じて、調べた。証拠が出てきた。奴は殺した女の肉体の一部を酢漬けにして保存していたのさ。しかし、すでにギニョールは逃亡。どこをどう流れたのかズマの手下になった」

「じゃあ、捕まるんじゃないの」

「いや、ズマが王国警邏隊に手を回して逮捕保留を約束させてある。たぶんイエルリング王子の政治的圧力もあったはずだ。ズマは魔法による不意打ちを警戒している。ギニョールは特にズマと行動を共にしている手下だ」

「そのギニョールという男。厄介かもな。ズマの庇護がなければ窮地に陥る。ってことは真剣に戦わざるを得ない立場だ。そういう奴はなかなか逃げない」


 結局、深夜まで調査は続いた。

 短期間にしては情報も集まり、アベルは明日にも襲撃の決意を固める。

 躊躇う理由は何もなかった。

 館に立てこもるズマを襲うのは無理だ。ならば、金集めに奔走している手下を始末してやる……。


 アベルは道案内をしているバザックの背後を付いて行く。

 一端、邸宅に戻り、攻撃の準備を整えないとならない。


 夜の王都は、まさに百鬼夜行の世界だった。

 歓楽街。

 男の目的は二つ。酒と女。

 さらに女とて肉体を求めていた。若い男を欲した女が厚化粧をして道行く男に声を掛ける。


 売春宿の呼び込みが愛想笑いを浮かべて客を求めていた。

 ふらつく酔っ払い。

 十五歳にもなっていないだろう少年少女が道端で酒を飲んでたむろしている。

 どうみても筋者という男が颯爽と歩き、裏路地には売女や男娼が並んでいた。

 大道芸人が軽業を見せ、あるいは毒蛇を楽器で操っている。


 カチェとスターシャは目立つので、酔っ払いが手出ししてくるようなことがあった。

 だが、カチェは伸ばされた腕を叩くと手首を捻り、足払いする。

 男が背中から派手に倒れる。

 素早く走って離れた。歓楽街を離れると、灯りが全くと言っていいほど絶える。

 アベルは魔光を発現させた。バザックは低い声で言う。


「いいか、この時間だと必ず強盗どもが襲って来るぞ。向こうが刃物を出していたら斬り殺しても構わん。遠慮はいらない。押し通るぞ」


 夜の街道は王国警邏隊の見回りもない、完全な無法地帯だった。

 通りに沿った建物は強盗に襲われないよう、固く扉を閉ざしている。

 助けを求めても警戒して住人が出て来ることは無い。


 地区住民や職人組合によっては自警団を作って、そうした盗賊たちと対抗しているが、いずれにしても広大な王都全体を保護できるようなものではなかった。

 せいぜい、組合の金蔵を防御している程度のものである。


 速足に歩いているアベルたちの前方を塞ぐように、黒い影が飛び出してきた。

 アベルは舌打ちする。

 数で圧倒するつもりか十人以上いる。その集団は手に棍棒や小刀を持っていた。

 背後からも人が出て来る気配。

 囲まれた。

 猶予はない。


 アベルは氷槍を創生すると、無言のまま射出した。集団の足元に命中して大きな音がする。

 強盗たちはそれで逃げるかと思ったが、しつこく行く手を塞ぐ。


 咄嗟にスターシャが走り出すと腰の大剣を抜いて、迷いなく上段切りを仕掛けた。

 鈍い音。倒れる男。

 強盗の一人が肩から胸まで斬り下げられる。悲鳴も出ない。

 

 ワルトが唸りながら跳躍。

 蹴りや拳で暴れまわる。

 強烈な蹴りが強盗の腕に命中。骨の割れる乾いた音がした。

 素早く動いて棍棒など掠りもしない。


 続けざまスターシャがさらに攻撃の様子を見せると、やっと強盗集団は後退した。

 だが、完全には離れないで下品な罵声とつまらない脅し文句を叫ぶ。

 アベルたちはそれを無視。警戒しつつ走って振り切った。

 スターシャが振り返り、青い瞳を剣呑に輝かせながら言う。


「これぐらいやらねぇと王都の強盗は退かねぇからな!」

「おうよ、スターシャ! 強盗ども、人を見れば襲ってきやがる。朝になったら大街道には死体がいくつも転がっている有様だ。身包み剥がされて放り出されるだけならマシなものさ。誘拐されて身代金が払えないとバラバラに切り刻まれることもあるぜ」


 強盗は一組で終わることは無かった。

 結局、貴族街に戻るまで似たような襲撃が二回ほどあって、アベルたちは夜道を押し通った。

 エイダリューエ家の正門では篝火が焚かれ、衛兵が数十人と油断なく警戒している。

 アベルたちは予め夜に戻ることを伝えてあったので、混乱なく中へ通してもらえた。

 

 まだ寝ていなかったオーツェルが邸宅でアベルたちの帰還を迎え入れる。

 スターシャが剣についた血脂を拭ってるのを見つけると嫌そうな顔をした。

 どうやら美しい邸宅を血で汚したくないらしい。


「無事で何より、アベル。成果は?」

「かなりあったぞ。明日にも、やる」


 オーツェルが知的だが、やや陰気な顔を曇らせる。

 少しだけ思案していたが、切り出した。


「私は賭けのような戦いは好まぬ」

「ガイアケロン様の許しは貰ってある。機が来ているさ。あとは実行するのみだ」

「いいか。お前らはガイ様の配下なのだ。ズマを襲ったと世間に知られたら御方も無事では済まないのだぞ」

「失敗を恐れたまま敗北すんのかよ? どいつもこいつも粉々にして、ズマも暗殺してやる。そうすればイエルリングの戦力はガタ落ちだ。勝ち目が増す」


 オーツェルはアベルの殺意漲る視線を受け止めて、冷や汗が出る。

 心臓が高鳴り、訳の分からない熱狂と魅力に絡めとられる。

 きっとこの正体不明の迫力に、ガイ様もハーディア様も惹かれているのだと改めて理解した。

 絞り出すように言う。


「……あ、あのズマを簡単に……殺せるものか」

「そうさ。だから、まず手下の十傑将を始末するんだ。奴の手足から潰す」

「ふう……。まったく狂った男め。傑将どもとて、かなりの腕前に違いないのだぞ。スターシャ、お前も賛成なのか!」

「あったりまえ! ガイ様を苦しめる奴は許さねぇ」

「是非も無しか。狂人二人に任せられん。私も手伝おう」


 アベルは怪訝な顔を浮かべざるを得なかった。

 彼は参謀であり、完全な頭脳派だ。

 まさに荒事そのものの急襲に同行するとは異常なことだった。

 だいたい不向きではないのか……。


「そんな顔をするなよ、アベル。私だってガイ様の腹心。賭けに臨んで最善は尽くすさ。確かにここでズマを暗殺できれば権力闘争に優位だからな。それでなくとも十傑将を殺害すれば、充分に得。糞を肥やしにするわけだ」


 オーツェルの濃緑色をした瞳にも、戦いへの意志が宿っている。

 アベルは黙って頷いた。

 男がやるというのだから止めるべきではない。

 相談が纏まる。


 カチェは沈黙していた。

 どの道、自分は死ぬまでアベルと一緒に戦うだけだと……静かに心で唱える。

 ただ本当は色々と聞きたいことがあった。


 例えば、実はハーディア王女のために戦うつもりではないのか、という不安。

 そんな訳はないと理性で分かっていても、確認したい気持ちがある。

 仮にそうだと認められてしまったら、立つ瀬がない。

 だから、なおのこと聞けない。


 カチェは気を取り直して、微笑む。

 それからアベルの肩に手を回して体を寄せ、頬に軽く唇をつけた。

 アベルが驚いた顔をしている。


「おやすみ。アベル。明日は命懸けですもの。これぐらいしてあげる」


 そう言って、溢れるような愛情を示して微笑むカチェの美しさにスターシャやオーツェルは思わず息を飲んだ。

 あまりに純心な乙女の気持ち。


 スターシャは言い様もなく羨ましくなり、オーツェルは思わず嫉妬に似た気持ちになった自分を発見して、不快になった。


 この聡明で気品ある少女が戦いを前に表した笑顔は余人が触れていいものではないと感じ、速やかに立ち去る。

 まったく不思議な二人だと気を揉んだ。

 恋人のようで、実際はそうでは無いと思っていた。

 どちらかというと親密な主従だと。

 しかし、今しがたの態度と来たら……。

 男と女は謎だ。



 カチェが二階へ上がって行くのをアベルは、ぼんやりと目で追う。

 スターシャが頭を小突いてきた。

 いつものように意地悪そうに笑っていない。


「あんまりかせんなよ。色男」

「いや、あの……。急だったからびっくりしてさ」

「さっさと寝ろ」


 言われるままアベルは部屋に戻ると、寝台に倒れる。

 疲労。意識が眠りに落ちていく。


 やけにカチェの微笑みが残っていた。

 頬の柔らかな感触。

 ずっと前にも、戦いの前にしてもらった。

 幸運の口づけ……。



 暗闇。

 幻なのか、現実なのか……。

 少女の裸身が纏わりつき、甘い芳香が体内に満ちてくる。

 陶然とした心地よさ。

 媚態を見せるのはカチェだったかと思えばイースにもなり……判別できない。

 艶めかしい肢体、しなやかな腕や太腿が複雑に混ざり合う。

 蜜の詰まった果実が膨らみ切ったような、破裂寸前の攻撃衝動。


 肌に触れる寸前、暗闇が一転、明るくなった。

 アベルは目覚める。

 もう、朝だった。


 素晴らしい夢を見ていた。

 だが、夢は夢だ。

 やはり、少しも満足していない。

 

 どこまでも渇きが癒えない感覚。

 もう直ぐそこだ。

 敵を欲しいまま殺して回る、血に塗れた今日が始まる。


 そして、何かが手に入るだろうか。

 あるいは取り返しのつかないものを、失うのだろうか。







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