第75話  やすらぎの家

 



 バース公爵に、ポルトの攻防戦で何が起こったのか説明しなくてはならない。

 口下手なロペスは至って簡易、簡潔に語る。


「力及ばず、ポルトの攻防戦は敗北必至。そのときカザルスが奇策を献じたのです。飛行魔道具による空からの奇襲というものでした。援軍も無く、他に有望な策も無かったのでそれに賭けることとなりました。

 騎士と兵どもは逃がした上で、我らは城の自爆と共にリキメルの本陣に突入しようとしたわけですが、飛行魔道具は城が壊れると制御不能になるものだったのです。カザルスはそれを承知で我らを乗せたのですが、その理由は本人から釈明してもらいましょう」


 バース公爵はゆっくり頷いた。


「教師カザルス。理由は後で聞く。ロペス。話を続けろ」

「結局、飛行魔道具が辿り着いたところは大陸で最も東の果てにある遺跡でした。そこから海を渡り、魔獣界の密林を抜けて……様々な協力者を見つけました。山賊のような奴らと殺し合いにもなりました。レザリア山脈の手前では魔女アスと名乗る女に飛竜を借り、山と砂漠を越えたのです。

 その後は馬を手に入れて北方草原に至り、そこでは王道国に協力しているディド・ズマの配下と戦ったのです。ユーリアン氏族という騎馬民族と共に戦い、ここでディド・ズマの配下、将位の何某とかいう男を討ち取り、約八千人程度の敵を壊滅させました。

 次に亜人界の諸地域を抜け、森人氏族が支配するエウロニアを通過、最後は属州バルティアに到達。バルティアでは王道国の王子、イエルリングと一戦交えました」


 これには、さすがのバース公爵も目つきを変えた。

 貫禄ある態度で紫檀の椅子に座っていたが、姿勢を前のめりにさせながら聞き出してくる。


「イエルリング王子だと。そこを詳しく聞かせろ」

「実はこのロペス、恥辱の極みながら戦いにて不覚を取りイエルリングを討ち取れませんでした。会話もしていません。アベルが直接に言葉を交わしています」


 ロペスが説明を促したので、アベルは思い出しながら報告する。


「イエルリング王子は……独特で類のない男でした。まず、魔法を打ち消す解呪に長けています。僕の魔術は治癒魔術も含めて一切が無効にされてしまいました。

 戦いはどちらかといえば僕らに不利だったのですが、イエルリング王子はこちらがガイアケロン王子と決闘をした者だと知って急に態度を変えました。どうやら、会話をしたうえで手下にできないかと思ったようです」

「イエルリング王子の顔や体つきはどうであったか。どんな男だった」

「年齢は二十代後半から三十歳ぐらいでした。背丈は僕より頭半分ほど高くありました。目の色は暗い青色。あるいは灰色と青の混ざった感じとも。表情は一見したところ整っていて柔和ですが冷酷な男です。

 思考は合理的で怜悧。賢い男でしょう。おそらくガイアケロン王子と潜在的な敵対関係であります。たぶん次期王座に纏わる対立ではないかと……」


 バース公爵は食いつくようにアベルに言う。


「他にはどんな会話をした。仔細に渡って話せ。皇帝国の人間でイエルリング王子と直接に会った者は、ほとんどいないのだ。やつの人格や周囲に関係することなら何でも言ってみろ」


 アベルは慎重に記憶を再生させながら、主観と客観で考えた。


「イエルリング王子の語り口は軽やかで、魅力的ですが……誠意とか情というものは無い人物でしょう。虐殺や拷問など平気でやります。勝利のためならどんな方法も厭わない、そういう男です。汚い手を使ってでも勝つことが全てだと、本人がそう語っていました」

「野心や欲深さは感じたか」

「欲望というか……王への志向は強くあったと感じました」

「他には。王族や家臣に関する話しはなかったか」

「ハーディア王女に関する情報ですが、ディド・ズマとハーディア王女が婚姻するというようなことを言っていました」

「なんだと! 確かにそう言ったのだな」


 バース公爵の鋭い追及にアベルは冷や汗を掻きながら答える。


「は、はい。確かに……それで、ガイアケロン王子とハーディア王女はいつも一緒にいるが、婚姻によって分断されるだろうと、そのようなことを語っていました」

「ハーディア王女に婚姻の噂があるのは、こちらも掴んでいた。しかし、あのディド・ズマとはな。ハーディアは現在、我々から奪い取ったハイワンド領を統治している。やつに関する情報は最重要だ」


 それからアベルは思い出せる限りのことをバース公爵に話した。

 記憶力は良いので、ほぼ余すことなく伝えられたはずだ。


 その後にはカチェやモーンケも、それぞれ印象に残ったことを報告していた。

 それは報告と言うより、思い出話しというか見聞の披露というような感じではあったけれど……。

 しかし、バース公爵は黙って聞き入っていた。

 ガトゥとカザルスは質問があるまで沈黙している。

 ワルトは控室で待たされているからこの場にはいない。


 長い報告になっている。

 窓からは赤く染まった夕雲が見えた。

 もうじき日没になってしまう。

 やがて会話はカザルスに転じた。

 バース公爵が彼に問いただす。


「なぜ、制御不能になると分かって飛行魔道具に皆を導いた」

「……それはカチェ様のためでした。この教師カザルスは幼い頃からカチェ様の教育に携わり……いつしか過剰な好意を持っていたのです。城で無残なことになるのなら……いっそ空に散っていただきたいと勝手なことを思ったのです。

 もちろん罰は覚悟しております。カチェ様がこうしてハイワンドに帰還したからには、ボクには思い残すところはありません」


 アベルはカザルスの決意と潔さを改めて知った。

 カザルスにとってこの旅は、償いの旅でもあったわけだ。

 旅の間、彼は一言も不平不満は言わなかった。

 ひたすら寡黙に与えられた役割に従事していたのは、そうした心持ちからだったのだ……。


 バース公爵が、しばらく目を閉じて考えていた。

 それから溜め息をついて、ゆっくりと結論を口にしだした。


「戦は本来、この儂か息子のベルルが指揮するものであった。だが、ベルルは中央平原で行方不明。儂は表向きウェルス皇帝陛下の命令で留め置かれてしまった。それは実際のところ、コンラート派閥の陰謀だったのだが……。

 まだ、若年のお前らに死守命令を遂行するのは困難であったろう。追い詰められた人間は、奇矯なことを仕出かすものだ。

 カザルス。お前の作った爆発装置の効果は巨大であった。リキメルは精兵ばかり少なくとも三千人ほど戦死、怪我人はさらに多く及んでおる」

「ボクの作った装置が、そんなに人を殺したのですか」

「誰の想像も超える戦果だ。コンラート派閥の者どもは最初、信じなかった。だが、ありとあらゆる偵察隊は事実であることを報告してきた。あの爆発装置は、もっと作れるか」

「同時に複数を製作するのは不可能です。一基を作るのにも時間が必要ですし、作った後もボクが管理しなければ危険です。そうでなければ、いつ爆発するか分かりません。それに移動させることもできません。軍事兵器としては……完全な欠陥品です」

「カザルス。お前は功罪が大きすぎる。今後もハイワンドの元で研究を続けろ。罪を赦す代わりに他家に仕えることは許さん」


 バース公爵の沙汰が下った。アベルは胸をなでおろした。

 貴族を騙して死の瀬戸際に追い込んだのだから、厳しく罰することもできたはずだ。

 たとえば、死罪に処すことすら……。

 だが、バース公爵は寛大に対処した。

 カザルスに、まだ利用価値を見出しているのだろう。

 それからバース公爵はガトゥにも声をかけた。


「我が家臣、ガトゥ男爵。よく働いた」

「いいえ。最も功績の大なるは……俺の部下、騎士イースでした。やつがいなければ帰還は成り難くありました」

「イースはどうした。姿がないが」

「ハイワンド家を去ってございます。どうかお許しを」

「そうか……。ガトゥ。お前は再建途中のハイワンド騎士団で、これからも働いてもらうぞ。騎士団長の補佐だ。重責を担えるか」

「俺のような前科持ちでもよろしいのですか。主家を汚した前歴は貴族の間では徹底的に忌まれるものでございます。他の者がやりたがらないドブ浚いのような任務こそが俺のような男に相応しいというもの」

「罪は、もうずっと以前に許しているつもりだ」

「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


 ガトゥも高く評価されたようでアベルは安心した。

 彼のような酸いも甘いも理解した上司がいてくれたおかげで、だいぶ助けられた。

 旅でもロペスやモーンケを巧みに先導、陰から調整してくれていた。

 そういう配慮がなければ人間関係はより悪くなっていたに違いない。

 下手すればアベルは嫌になって、モーンケなどとはほとんど口もきかないような険悪な関係になっていただろう……。


 これでポルトのことから帰還途中にあったことまで、一通りの報告が済んだ。

 バース公爵が喉の渇きから、卓上の銀杯を手にして水を飲む。

 ほんの少しだけ厳しい表情が緩んだように見えた。

 アベルは機と見てバース公爵に語り掛ける。


「公爵様。僕は今日これから両親に会いたいのです。報告も済んだようですし、よろしいでしょうか」


 バース公爵は唇を引き締めた後、ゆっくりと頷いた。

 それから意外にも視線を緩めて言う。


「アベル……。大きくなったな。ハイワンドの若武者らしい凛々しさだ。何日か休暇を取らす。ウォルターに会いに行くと良い」


 バース公爵にしては珍しく、労いと気遣いの籠った言葉だった。

 アベルは意外に思うが早く両親に会いたいので一礼して部屋を出ようとする。

 そんなアベルの肩をカチェが叩く。


「明日、こっちに来てね」

「あ……。はい。分かりました」


 アベルは執務室を出る。

 控室の床でワルトが寝ていた。


「ワルト。僕と一緒に来い。ケイファード様。僕の両親はどこに住んでいますか。邸宅の近くに住んでいると聞きました」

「ウォルター様はこの邸宅を出て北側に五百メルほど歩いた所にある別宅におられます。煉瓦積み、黒い瓦の三角屋根をした家屋です」

「ありがとうございます。ケイファード様」

「アベル……様。もう、貴方はハイワンド一族でごさいましょう。私に敬称はいらないのですよ」


 ケイファードは、少しだけ優しい表情でそう言うのであった。

 しかし、従者時代の認識が抜けていないアベルにとっては途惑うことであった。

 ハイワンド家における軍事以外の全てを管理するケイファードは、紛れもなく目上の人であった。

 だいたい一族扱いすると、はっきり伝えられたわけでもない……。


「ケイファード様。僕にとって貴方は重責を担っている上司ですよ。呼び捨てにはできません。とりあえず今まで通りでお願いします」

「アベル様。ご立派になられましたな……。少年に見えますが、もう、貴方は大人です」


 アベルはワルトを伴い、透かし彫りの施された手摺りがある大階段を下りて広間に行く。

 勝手口が分からないので衛士に聞くと北側にある荷物搬入用の扉を教えてもらった。

 そこから外に出で、庭を進む。

 大邸宅の周囲は芝が植えられていて見通しは良い。

 これは防犯上の理由があるのかもしれない。


 北へ少し歩いていくと先に林のような場所があった。

 林の中に続く小道を進めば、やがて一軒の煉瓦で作られた家が見えてきた。

 教えられた特徴と一致している。

 質素な作りで、部屋数も四部屋ほどのようだ。

 おそらく、本来は使用人のための住まいではないかと思えた。


 扉のところに誰かいる。

 アベルの胸が高鳴る。

 後姿……。間違えようがない。

 母親アイラだった。

 夕闇の中でも華やかな金髪が目立っていた。


 アベルは何だか緊張してくる。

 母は、どういう反応をするだろう……。


――もう俺のこと、忘れているかもしれないな。 

  それか淡泊な反応かも。

  いや、前世のあいつらじゃないし、そんなわけないか……。


 アベルは逡巡する。

 歩みが遅くなる。

 何というか……怖い気持ちになってきてしまった。

 あれほど自分のことを大切にしてくれたアイラとウォルターなのに……ここまで来ておいて再会に躊躇いが生まれる。

 もし、あの二人から冷淡な態度などとられたら……辛すぎる。


 ところが、振り返ったアイラはアベルたちに気が付いた。

 こちらを見ている。


 勇気を出して近づいていった。

 やがて相対する距離になる。

 手を伸ばせば、届きそうなほどの間隔。

 アイラは不思議なもの見ているような顔をしていた。

 首を傾げている。


 アベルが見たところ、アイラの容姿は以前とほとんど変わりない。

 未だに若々しく、素晴らしい美人だ。

 深窓の奥方という感じではない。もっと活力に満ちた女性だ。

 アベルは固唾を飲み込み、掠れた声で話しかけた。


「あ、あの……。ただいま。アベル、です」


 アイラは青空色の瞳で、じっとアベルの目を覗くように見ていた。

 まるで魔物の正体を見極めようとするようだ。

 アベルは再び怖くなる。

 自分の真実を見破られ、別の人間が中に入っていると知られてしまうのではないか……。


 アベルは唇を噛んで、俯く。

 もうこのまま去ろうかと思った。

 やはり己には、家族は重すぎると感じる。

 だが、次の瞬間、アイラが抱き締めてきた。


「おかえり……アベル! 必ず帰ってくると信じていたよ」


 アイラから甘い女の香りがしていた。

 しばらく抱き付かれたままアベルは立ち尽くす。

 アイラの体温。これが母親というものかと、そう感じる。

 辺りはすっかり暗くなってきた。

 アイラがアベルを離す。


「さぁ、私達の家に入りましょう。今はここが我が家なの。そちらの獣人さんは戦争前の手紙に書いてあったワルトさん?」

「そう。まぁ、友達みたいなものかな」


 刀を腰から外してアイラに預けた。

 それから胸甲だとかの防備を解いて、玄関に置いていく。


「ご主人様。おらはここで休んでいるだっちよ」

「え……。中に入れば」

「あとでいいっち」


 ワルトは床に置いた装備の横で座り、休息の体勢に入ってしまった。


「そうか。じゃあ、あとで一緒に飯を食べよう……」


 アベルが扉を開けると居間になっていた。

 ウォルターが椅子に座っていた。

 隣には五歳位の女の子も座っている。

 妹のツァラに違いない。

 以前、会ったときは、まだ赤ん坊と言っていい年頃だった。

 アベルは妹の髪が自分の色合いとそっくりなので何だか感心する。くすんだ金髪……。


 ツァラもまたアベルのことを不思議そうに見ていた。

 目がぱっちりしていて、アイラに似ている。

 瞳の色も母親譲りだが青空色よりも、もっと鮮烈だ。

 青い宝石が砕けて飛び散ったような色彩。


 アベルは自分の陰鬱にギラついた群青色の瞳とは、かくも違うかと驚いたものだ。

 同じ青系統の色合いなのに……別物だ。


「ただいま」


 ウォルターは黙って座っていた。

 羽ペンを手にして何か手紙を書いているところだった。

 アベルは末席に位置する椅子に腰かける。


 ウォルターは字を書き続けていた。

 しばらく、誰も何も話さない。

 アイラは台所に行っていた。

 そういえば料理のたてる良い香りが漂っている。

 他の誰が作ったのでもない、母親の料理の匂い。


「あなたは、だれですか?」


 ツァラが聞いてきた。

 視線と視線が交錯する。


「僕はアベル。君の兄だ」

「にいさんは、いつかかえってくるから、まっていればいい。お父さんもお母さんも、そういっていました」

「……今日がその日だったね」


 ウォルターが、ようやく口を開いた。


「そうだな。アベル。よく帰ってきた」


 ウォルターは相変わらず渋い美男子だった。

 もう三十代の後半だが、落ち着きと元来の美丈夫が合わさって歳を重ねて、さらに格好のいい男。

 動揺もなく、自然とアベルを迎え入れてくれた。

 起きて当然のことが起きた、という態度。

 大げさに喜ばれるよりこういう方が助かる……。


「父上。長い話があるんです。とても長い……」

「ああ。そうだろう。男の旅とはそうしたもんだ。だが、帰ってこられたという一言だけでも、いいぞ。それで俺は満足だ」


――ウォルターらしいな。

  こういう男になりたい……。


 それから様子見していたワルトを連れてきて紹介してから夕食になった。

 アイラが急いで二人分追加の料理を作ってくれる。

 久しぶりの母親の手料理は、言葉にできないほど美味かった。

 たらふく食べた後に葡萄酒を飲んで気分がほぐれていく。

 ツァラが恐々とワルトの頭を撫でている。

 ワルトは従順そうな表情で静かにしていた。

 久しぶりに家族全員が揃った食卓を見回したウォルターは、しみじみと語る。


「俺たちはお前を従者にしたこと、実はかなり後悔した。田舎に閉じ込めておくより将来のためになると思ったのだが、まさか中央平原への出征に加わって死に番にされるとは考えもしなかった。

 そういう詳しい話を聞いたのは、すっかり戦闘が終わって騎士団の生き残りたちと接触してからだったんだけれどな。本当に驚いたぜ。呆れたと言ってもいい」

「あれは売り言葉に買い言葉でした。ベルル様は僕を追い帰すにしても、もうハイワンド家とは縁を切らせるつもりだったのでしょう。徹底的に叩き潰して二度とは近寄らせない意図だったかと。まさか僕が志願するとは考えなかったのだと思います」

「……あいつが何を考えていたのかは、もう分からないな。あれからずっと行方不明だ。いずれにしてもアベルの年齢を考えれば上手く逃がしてくれると、そう思っていた」

「実際、その通りです。年の若い従者は解雇したり後方に撤退させたりしました。僕は志願して残ったのです」


――カチェのことは見捨てられなかった。

  それにイースがいたから。


「残留を志願したという話も騎士団の生き残りから嫌と言うほど聞かされたぜ。アベルは本当に勇敢だった。とても少年とは思えない、大人以上の勇者だったと。会うやつ会うやつ、みんな同じことを言いやがる。

 言うに事欠いて、さすがはハイワンドの血だとか……。

 俺は正直、かなりイラついたぜ。お前を戦死させるために送ったわけではなかったからな」

「父上たちは、どうしていたの」

「俺たちはバース様に召喚されていた。そうしたらバース様は皇帝陛下の命令で戦線から離れた所で留め置かれているというじゃないか。

 俺は貴族院にはハイワンド一族として登録されていないから、身分はただの準騎士だ。ハイワンドの準騎士にできることなど高が知れていた。仕方ないから治療魔術で日銭を稼いで過ごしていたらハイワンドがリキメルの軍勢を道連れに自爆したと……。凄い戦果だと噂が立った」

「なるほど……」

「しばらくしてからバース様の身が自由となり、それでやっと俺たちはバース様に会うことができた。さらにその後でハイワンド騎士団の生き残りとも再会した。そこでやっとお前を含むハイワンド一族は全員戦死したと報告を受けた。

 スタルフォンが、こっそり教えてくれたよ。実は城で死ぬまで戦ったわけではないと。本当は飛行魔道具でリキメルの本陣を襲うつもりだったと……。だが、あまりに奇妙な説明となるからあえて伏せているとな。その辺のこと、俺の方こそ聞きたいが。いったい何があったんだ?」

「飛行魔道具は本当に飛んだのです。ただし、方向や距離を指定できるものではなかったのです。僕らは魔獣界、東の果てに飛ばされました。あまりにも長く危険な旅の始まりでもありました」


 アベルは旅の話をする。

 様々な人間に会った。

 見るのも悍ましい悪人がいた、逆に善人もいた。

 理想を持ったライカナのような者がいた。

 ウルラウのように誇りをもって暮らしている者にも出会った。


 信じられないほどの美しい景色を見る日もあったが、奇妙なものや怖気が出るほど恐ろしいものも数えきれないほど直視した……。

 とても一晩では語り尽せなかった。


 ツァラは眠気を堪えて話しを聞きたがっていたものの、アイラに促されて寝室に連れていかれた。

 アイラは思い出したように言う。


「アベル。貴方、まさかシャーレのことは忘れてないわよね」


 あの幼馴染を忘れるはずがなかった。

 故郷、テナナ村で共に育った仲だ。

 雪深い冬。

 一日じゅう、一緒に本を読んだ。

 春の暖かい陽射し。

 見渡す限り続く花畑のなか、二人だけで遊んだ。


 花冠を作ってやった日のことは、もはや遠い過去だが鮮明に憶えている。

 純粋無垢な笑顔をしていた。

 思い出すと胸が締め付けられるようになる。


 シャーレは薬師になるためポルトに出てきて、懸命に働いていた。

 いよいよ籠城戦が始まる直前、巻き込まれる寸前で親方のダンヒルに連れられて逃げ出したのだ。

 別れの間際で交わした遣り取りには幼馴染というだけではない濃密な情交があった気がする。


「シャーレも帝都にいるわ。可哀想なのよ、あの子! アベルのことを知りたがってダンヒル殿を通じて私たちに会いに来て……しばらくはアベルの帰りを信じていたの」

「はい。それで」

「けれど騎士団の人からロペス様たちと共にアベルは最後まで戦って死んだと説明されて……精神的に強い衝撃を受けたせいで倒れてしまったの」

「えっ!」

「だから私たちがここに招いて、看病していたのよ」

「そ、それで」

「一ヶ月ぐらい、心に効果のある薬草を飲ませて休ませていたら回復したわ。それからは帝都のモンバール通りにあるダンヒル殿の薬品店で一生懸命に働いている。私もウォルターも心配だから時々、会って様子を見ているのよ。明日、会いに行ってあげて!」

「うん、母上。分かった。すぐに行くよ」


 アベルの頭の中はシャーレのことで一杯になった。

 明日、会いに行こう。


 アベルの寝室はなかったので居間の長椅子で毛布を被って寝ることになった。

 腹いっぱいに食べたワルトも床の敷物の上で気持ちよさそうに寝ている。


 ついに我が家に帰り、他のどこでも味わえない深い安堵感がやってくる。

 イースと別れてから決して落ち着くことのない心が、やっと少しだけ鎮まったような……。

 目を閉じると、意識が暗闇に消えていった。





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