第62話  草原の戦い

 



 草原と言っても、ただ平らなだけではない。

 起伏はあるし、場所によっては岩場や丘もある。

 ウルラウが率いるユーリアン氏族は、そういった変化のある地形に移動する。

 憎き敵を逃しはしないという視線を絶やさぬウルラウは、景色を眺めながらアベルに教えてくれた。


「ここは草原の南部から北へ行くときに必ず通る場だ。ここで待っていれば奴らが来る……」


 丘陵の陰で敵を静かに待つ。

 ユーリアン氏族の者たちは無駄話をする習慣がないらしく、馬の世話をするほかは草の上で寝るなどしている。

 例外なのはウルラウの弟であるルゴジンという少年で、アベルの元に来るなり様々な質問を重ねてきた。どうやら好奇心旺盛らしい。


「ねぇ。アベルたちはホロンゴルンから来たんでしょ。どんなところなの?」

「人がたくさんいる大きな街だよ。旅人が東西南北からやってきては、すぐにまた出て行く。商売が盛んで珍しいものがいっぱいある」

「どんなもの?」

「食べ物だと胡椒や肉桂みたいな香辛料、それから乳香のような薬も売っていたな。あとは絨毯や宝石」

「草原氏族も馬を売りに行くことがあるって聞いた。でも、遠すぎるから俺たちはそこまで行かないんだ」

「君たちはどういう風に生活しているんだ」

「草原を移動しながら家畜を増やす。羊の毛を刈る。羊毛は売れる。それで小麦や薬を買う。それだけでは足りないから兎や狐は自分で獲る。肉は食べる。皮は服にしたり商人に売る。だから氏族に弓を使えない人はいないよ」


 ルゴジンに魔獣界の巨大な樹木や、美しい鸚鵡の話しをしてやると少年の彼は大層喜んだ。

 そんな風にアベルたちはウルラウの言葉を信じて待つこと二日間。

 よく晴れた真昼のときだった。


 狼の皮を被って偽装していたユーリアン氏族の男が、稜線の陰で四つん這いになって見張っていた。

 その男が何かを発見したらしく急いで帰ってくる。


「ウルラウ様! 来ました。ディド・ズマの手下とヌバト族の者たちです。数は騎馬は百ほど。徒歩が四百人ぐらいです」


 ウルラウが瑠璃色の瞳を見開き、爛々とギラつかせながら答える。

 美しい顔には決意と闘志だけがあって、数では完全に不利であるが、もはや戦闘になるのは確実であった。


「よしっ! みんな、山影で戦列を作れ! まずは敵の騎兵に突撃してこれを倒す。騎兵を潰せば歩兵どもは後からどうとでもなる。最初の攻撃が大切だ。やりそこなうと方陣を組まれて攻めにくくなってしまう。敵に防御陣形を作らせるまえに叩くぞ!」


 若年の少女とは思えないほどウルラウの指示は的確で、なにより勢いに溢れていた。

 死地に人を進ませるには、こうした揺るぎない態度が必須だ。

 ユーリアン氏族の者たちは不安な様子など少しも見せずに素早く従っていく。


 最前列には、粗末ながらも革の鎧などを着けた者が集められる。

 その数は五十騎ぐらいだった。

 残りの約百騎は、その後ろで集団を作る。

 彼らは民族衣装を纏っているだけで、鎧などは装備していない。

 もともと高価な鎧を持っていないのだろうと思われた。

 ユーリアン氏族のほとんど全員が片手に弓を持った。

 いわゆる馬上弓である。


 アベルたちも急いで冑を被り、馬に飛び乗った。

 ロペスなどは久々の戦いに喜び、また興奮しているようで金壺眼は血走り、歯を食い縛っている。唇は獰猛な笑みで歪んでいた。


 ハルバードをしごきあげると物騒な振動音が伝わってくる。

 隣にいるカチェの頬も興奮で赤くなっている。

 迫り来る闘争を前に上ずった声で言った。


「ロペス兄様。いよいよ戦闘ね!」

「ああ。我らハイワンドの武断を見せてやるぞ」


 兄と妹の姿はまるで似ていないのに、どうやら人格の根っこには同質のものがあるらしい。普段はほとんど会話すらしないが戦闘の前には意気投合……。

 アベルは唖然としたものだ。


 一方、モーンケはそうした会話に加わらず、顔を青ざめさせて馬に乗っているだけ。

 おそらくロペスの後ろをついていくだけだろうが、そのほうが邪魔にならないので好都合だった。

 ウルラウはアベルとロペスに鋭く言った。


「最初は我々の後ろで見ていて欲しい。私たちは弓矢を二度放った後に突撃する。あとは好きにするといい。もし我らが不利となれば、逃げろ!」


 ウルラウが良く透る声で号令。

 そして、ユーリアン氏族が一斉に馬を駆けだした。

 わずか百五十騎といえども、凄い迫力があった。

 馬群が土や泥を巻き上げる。

 なにより一丸になった殺気のようなものが渦巻いていた。


 アベルの愛馬は異様な気配を感じ取って興奮気味だった。

 首をしきりに振り、よだれ交じりの息を荒々しく吐いた。 

 つま先で馬の腹に合図を送る。いきなり早駆けだ。


 景色が早回しのように流れる。

 たちまち斜面を登っていく。

 稜線を越えると行軍隊列を作った相手が見えた。

 上手いことに隙だらけで伸びた敵隊列の側面を突ける。


 アベルは敵を見渡す 

 敵の数は報告の通りだった。

 騎兵がおよそ百ぐらい。歩兵が四百人ほど。

 騎兵は軽装の者が多い。

 歩兵は長槍兵が三百人。剣士兵が百。弓兵が五十といった感じだ。

 誰が魔法使いなのか遠目では判別できなかった。


 興奮で心臓が跳ね回るようだ。

 数の上ではこちらが完全に不利だった。

 これを引っ繰り返さなければ勝利はない。


 敵は騎馬集団と歩兵集団が、はっきりと分かれていた。

 先行するのは敵の騎馬。歩兵はその後を三列になって進んでいる。

 ユーリアン氏族の騎馬集団が敵の騎兵へ突撃を始めた。

 みな、馬術の水準が高く、巧みに馬を操っていた。

 あっという間に敵へ迫っていく。


 ウルラウたちは手綱を離すと矢を番えて、まず一斉射した。

 それから、一様に左へ方向転換。

 再び、矢を番えて、さらに一斉射する。

 敵には計三百本の矢が降り注ぎ、落馬する者が続出している。


 騎射に失敗する者は一人もいなかった。

 手綱を離して激しく揺れる馬上から弓を撃つのは、簡単なことではない。

 ハイワンドの騎士でも、少数の者にしかできない芸当だった。

 それを全員がやってのける草原氏族にアベルは驚くしかない。

 敵の弓兵から矢の反撃が始まる。

 

 アベルは火魔術「爆閃飛」の詠唱を始めた。

 魔力を集中。

 爆発を強くイメージした。


――魔法であいつらを圧倒しないとマズいぞ!

  数ではこっちが不利なんだから……。


 魔法が発動。

 炎の槍が火を噴いて飛んでいく。

 鎧を纏った騎馬兵の男に命中。

 炎弾数発分になろうかという大きな爆発が起こる。


 命中した人間は体を四散させて即死。

 破片や爆風で周囲にいた者たちが四、五人ほど吹き飛ばされる。

 驚いた馬が棹立ちになった。


 ロペスがもの凄い雄叫びを上げた。

 隣にいるアベルまで、思わず気圧されるほどだ。


「ぐおおぉぉおぉぉぉ!」


 そのままロペスは暴勇を発揮して単騎で敵騎兵へ突入していく。

 ハルバートを怪力で繰り出すと、敵の騎兵に突き込む。

 穂先が鉄の鎧を破った。

 瀕死の敵を槍玉に上げて、別の騎兵に向かって放り投げる。

 人体をぶちあてられた馬が驚いて暴れ出した。


 ロペスは勢いよく得物を振り回して、ハルバートの斧を叩きつける。

 風を切る音。

 攻撃された相手が冑と頭蓋を叩き割られて、血を噴き出し落馬した。


 アベルたちはロペスを放っておけないので、その暴勇に付き合う。

 ガトゥが叫びながら手槍を片手に、敵へと飛び込んだ。

 そして、槍で攻撃すると見せかけて手斧をぶん投げる。

 相手は意表を突かれて、防御できないまま顔面へ斧の刃が刺さる。

 暗奇術らしい癖技だった。


 アベル、カチェ、ライカナが炎弾を相手に向かって乱発した。

 いくつかは水壁で防がれたが、それは無視して敵の魔法使いがカバーできないところへ魔法攻撃を繰り返す。

 だいたいそうした炎弾による連続攻撃で十騎は仕留めた手ごたえがある。

 アベルの脇を黒髪の女が、騎馬を駆って突撃していく。


「イース様!」


 アベルは援護のため、絶対に遅れるものかと食らい付いていく。

 大剣を振りかざしてイースは敵中に入り込み、斬撃を繰り出す。

 まず、魔法使いの護衛を崩さないとならない。


 相手の騎兵は片手で構えた剣でイースの斬撃を防ごうとするが、想像を絶する打撃で得物を弾かれ、同時に胴を薙ぎ払われる。

 革の鎧ごと、呆気なく人体が両断された。


 驚愕の表情をありありと見せた上半身が草原に落下する。

 臓物を引き摺る下半身だけを乗せた馬が走っていった。

 その凄惨な光景に敵の騎兵たちが狼狽している。


 イースの攻撃は止まらない。

 馬に乗っている魔法使いへ突撃して、勢いのまま相手の頭を切っ先でカチ割った。

 魔法を使わせる隙も与えなかった。

 間合いに入った敵を、イースは絶対に逃さない。

 両刃の特性を利用し、大剣を自由自在に振り回した後には腕や首がバラバラと散乱していく。


「こいつ魔人氏族か!」

「なんだ、この女! いかれてやがる!」


 そんな悲鳴じみた叫びが聞こえる。

 数の差を無視した激しい攻撃は敵を狼狽させつつあった。

 混戦の最中、味方射ちを恐れない騎兵の一人が弩を構えてイースを狙う。

 だが、正確に軌道を読んでいたイースは大剣の鎬で矢を受け止めた。

 逆に猛然とイースは馬を奔らせ、弩を放った男へ接近。

 次の瞬間には大剣が男の肩から胸を斬り裂いている。


 敵は荒事に慣れたごつい男ばかりだが、イースやロペスの激しい暴力に恐れを抱き、気で押されていた。

 すると自然に逃げ腰となっていく。

 あともう一息だ。


 アベルは手綱を離し、二刀流で構える。

 左手に白雪、右手に無骨。

 刀身は無骨の方が、さらに長い。

 ガトゥぐらいの大人の男ならば、ちょうど扱いやすい刀だった。

 やはり少年のアベルには長すぎるが、そこは上手く扱うしかない。


 アベルは槍を持った騎兵に攻撃を仕掛けた。

 相手が応じて、穂先をアベルの顔に目がけて突きこんでくる。

 その攻撃を見切って、アベルは無骨を横払い。

 簡単に槍の柄が切断された。


 アベルは赤毛をした自馬の腹を蹴る。

 反応よく馬が駆け出す。

 距離を詰めたところでアベルは白雪を上段から振り下ろす。狙いは相手の首。

 相手は穂先を失った槍で防ぐが、アベルは右手に持つ無骨を敵の籠手の隙間に突き入れる。


 無骨の刃が何の抵抗もなく、ずるりと滑り込み、手首をほとんど両断してしまった。

 敵が痛みと驚きで叫ぶ。

 隙だらけだ。次の瞬間、白雪によって渾身の上段打ち下ろしを冑に与えた。


 その攻撃は革の冑を切り裂き、頭蓋までも割った。

 即死した敵は力を失い、前のめりに崩れる。

 鐙に足を引っかけているので落馬しない。

 主が死んでいることも知らずに馬が駆けて、戦場から離脱していった。

 アベルはさらに敵を求めて進み、二刀を生かして三人ほど討ち取る。


 後衛に徹しているカザルスが鉱物魔法「土槍屹立」で馬ごと騎兵を串刺しにした。

 ワルトはカザルスの周辺で護衛するように戦ってくれている。


 アベルは自分たちが、敵の騎兵を完全に圧倒したのを感じる。

 そこへウルラウらが方向を変えて、再び騎馬突撃してきた。

 今度は弓を背負って、かわりに抜刀している。


 たちまち騎馬同士が衝突を繰り返し、激しい剣戟を始めた。

 しかし、すぐに敵の騎兵は歩兵たちの方へ逃げ始めた。

 無謀とも思えた攻撃だったが、アベルは見えてきた勝利の可能性に興奮する。


――いいぞ! ここで上手く敵を押し切れば勝てるかも。


 敵に動きがある。

 指揮官が大声で指示を出す。

 動揺していた敵が、やや落ち着きを取り戻してきた。

 ようやく隊を整え、戦列を形成するや槍兵が最前列になって、押し出してきた。

 その後ろに盾を構えた剣士部隊がいる。


 敵の弓兵は味方撃ちを恐れて、あまり攻撃を仕掛けてこない。

 だが、ずらりと並んだ長槍は騎馬にとって厄介な存在だ。

 あそこに馬で突っ込むと串刺しの的にされるだけだった。


 ウルラウが何か大声で味方を励まし指示した。

 ユーリアン氏族の馬群が、一斉に行動を始める。

 左手へ馬を走らせていく。


 アベルは敵の背後を突くつもりだと気が付いた。

 こうなると歩兵は全方位に対応できる方陣を形成する他ない。

 上手い攻め方だ。


 それを見た敵は素早く号令をかけた。

 三列目の槍兵が後方に下がり、ウルラウたちに騎馬突撃をさせないよう新しい戦列を背後に作っていく。

 さすが戦い慣れている傭兵だった。

 粘り強い。 


 敵の弓兵が牽制射撃を繰り返す。

 戦場は目まぐるしく変化を続けていた。

 馬や人が動き、砂塵が舞う。

 僅かな失敗が敗北を招く瀬戸際だ。


 接近戦から遠距離戦へと移っていき、ウルラウたちは騎射攻撃を再開する気配を見せていたが、あれでは損害は免れないと思える。

 アベルは今こそ、雷の魔術を試してみようと決心した。


「カチェ様。紫電裂を試してみます。集中している間、守ってください」

「任せて!」


 カチェはアベルの傍で馬を止める。 

 魔法が成功するかは不明だが、アベルがやってみると決めたのだからカチェは信じることにした。


 アベルは魔力を猛烈に加速させ、集中力を高める。

 それと同時に戦場の様子を把握する。


 特に目に付くのは旗だ。

 敵の部隊は牛を紋章化したものを三角旗に刺繍している。

 あの付近に指揮官がいるに違いない。


 敵歩兵の最前列。槍兵たちに恐れを知らないイースやロペスが猛然と攻撃を繰り返している。

 長槍に接近して、大剣やハルバードで柄を破壊する行為を続けていた。


 彼らにはライカナとガトゥ、カザルスまでもが援護に入っているから万全だった。

 たとえ矢を射られてもイースなら避けられるだろうし、あるいはライカナの気象魔法「突風」で防げる。


 ロペスは相変わらず、ハルバードを振り回して暴れている。

 巨漢かつ異常なまでの蛮勇で、よけいに目立つ。

 モーンケはそんな兄の後ろで、一応は牽制らしきことをしていた。

 あんなのでも居ればロペスの背後の守りになる。


 ユーリアン氏族らは敵隊列の側面に回り込み、再び騎射を始めた。

 敵の槍兵や剣士兵が、顔などを射られてバタバタと倒れていく。

 だが、反撃の弩などを受けて馬が転び、落馬する者もあった。

 

 ウルラウは決め手に欠いている。

 数では不利なので、守りを固められたうえ弓や魔法で反撃を受け続ければ退くしかなくなってしまう。


 アベルの魔力は、いよいよ荒れ狂って来た。

 上空で渦巻く魔素や大気の激しさにカチェは驚く。

 韻を踏み、旋律を伴った詠唱は既に唱え終わり、極限にまで高まった魔術が雷を励起させつつある。


「紫電裂!」


 雲一つない草原の青空、紫の雷撃が迸る。

 直後、光と爆発。


 敵の旗手が持つ三角旗に、みごと落雷した。

 一瞬、遅れて耳をつんざく爆音が戦場に響く。

 多くの兵士が肩をすくめ、何が起きたのかと辺りを見回していた。


 敵の旗手は倒れ、旗が燃える。

 周囲にいた者たちも激しい電流を浴びて倒れていた。

 その数、数十人ぐらいだろうか。


「アベル! やったわ! 成功した!」

「旗が周りより高かったから……偶然だ」


 アベルは額から流れる汗を拭う。

 しかし、まだ魔力には余力がある。

 イースの援護に入ろうか、それともここから再び魔法攻撃を行使しようか考える。


 敵は経験したことのない破格の攻撃で、激しく浮き足立つ。

 おそらく魔術ではなく、本物の落雷だと考えている者も大勢いるだろう。

 しかし、なんにせよ軍旗を倒されるというのは自軍の崩壊を意味している。


 敵の歩兵が数名ずつ逃亡を始めた。

 組織的なものではなくて、恐怖から慌てて逃げに走る動作だった。

 さらに敵方に残っていた騎兵、およそ五十騎が離脱に移る。


 これが決定的だった。

 敵から戦意が失われたのを感じる。

 弓兵などは状況に途惑い、攻めるも退くもできずに立ち尽くしていた。


 アベルたちは槍兵に攻撃するのを止めて、ウルラウの元へ馬を駆け出した。

 馬群にあって威勢よく指揮を執っていたウルラウがアベルたちに気がつく。

 美しい少女なのに、歴戦の戦士のような凄味のある笑顔を浮かべる。

 その頬には敵の赤い返り血が飛び散っていた。


「アベル、ロペス殿。貴方がたの猛き戦いぶり、このウルラウは驚くばかりだ! それに、さっきの落雷はもしかすると魔法なのか?」

「そうです。僕がやったのですけれど、ほとんど偶然です」

「偶然?」

「まだ会得したとは言えない魔法なんです。たまたま命中しただけで……」


 今やウルラウのアベルを見る鋭い視線には、誠意と信頼がある。

 しかも、彼女はこれまで僅かも笑わなかったのに、いま微笑していた。

 もともとが瞳や鼻梁のくっきりした顔立ちだけに、鮮烈な美しさがあった。

 ちょっと見惚れそうになりつつアベルは聞く。


「勝てそうですけれど、これからどうするのですか?」

「まず敵の騎兵を追跡する。歩兵はあとからどうとでもなる。ロペス殿。頼むつもりはないと言ったが、許してほしい。我らと来てもらえないか!」


 ロペスが承知とだけ答える。

 アベルたちはユーリアン氏族に混ざり、逃げ出した敵の騎兵の追跡を始める。

 馬が全速で走れる距離は案外と短い。

 これは人間も同じだが、短距離走でやるような全力疾走を長くは続けられないのと同じだ。


 アベルたちの前に緩やかな丘陵が広がっている。

 稜線の天辺までウルラウは集団を引き連れた。

 登ると見晴らしがいい。


 それほど遠くない位置に、敵の騎兵らがいる。

 相手も愚かではない。

 いくつかの小部隊に分かれて方向を攪乱、こちらを撒こうと必死に行動している。


 アベルが見たところ、十騎ごとに分かれた群れが二つ。

 残りは単騎で、バラバラの方角へ逃げていた。


 ウルラウが素早く人名と方角を叫ぶ。

 指示された者たちは、放たれた矢のように追跡を始めた。


 アベルはウルラウに付いて追跡を再開。

 追うのは十騎程度の集団だった。


 しばらく追っていると、徐々に距離が狭まる。

 アベルは馬の腹を軽く蹴り、全速を促した。

 赤毛の愛馬は反応良く駆けだす。


 疾風に乗ったような素晴らしい速度だった。

 アベルが単騎、仲間たちから先行していく。

 敵の馬群との距離が縮んでいく。


 火魔術「爆閃飛」の射程に入ったところで詠唱、魔法を発動。

 頭上に熱の塊が現れる。

 飛翔する炎の塊。

 敵の最中に着弾した。

 烈火が爆ぜ、破片が放射状に飛び散る。


 敵五騎が、爆発で倒れる。

 人と馬が大地に叩きつけられて転がった。

 残りの騎馬たちも動揺して馬脚を大きく乱している。

 アベルを追い越していったウルラウが雄叫びを上げて、抜刀。


「ラアァアァァ!」


 駆けざま刀を薙ぎ払って敵の騎兵を斬り殺した。

 イースが後に続いて敵中に飛び込み、大剣を振るうごとに死体を増やしていく。

 そうして戦いは激しいながらも短時間に終わった。


 ウルラウたちは二騎を捕虜にして、死体から装備や金品などを素早く奪った。

 捕虜は裸にした上で両手両足を縄で拘束すると馬に括り付ける。

 ほとんど荷物のような扱いだった。

 やられている本人は苦痛どころの状態ではないだろう


 作業が終わるとウルラウはすぐさま進路変更。

 再び、敵の騎兵の追跡を続ける。




 地平線の先に血のような赤い夕陽が沈んでいく。

 血腥い日には、お似合いの景色だった。

 

 結局、夕方まで追跡戦を繰り返した。

 敵の騎兵の九割は殺すか捕える戦果を上げる。

 しかし、単騎で逃げた者たちの全てを始末することはできなかった。

 逃げおおせた奴がいる……。

 どうも馬術に卓越したヌバト族の者らしい。


 ウルラウは仲間を集めて休憩を命じた。

 馬も人も戦いでかなり疲労している。

 特に馬は水を飲ませて、草を食べさせないと体力を失ってしまう。


 敵の歩兵が残っているものの徒歩での移動で、ましてや夜間だから逃走距離はたかが知れている。

 翌朝から追撃しても間に合うという判断だった。


 ユーリアン氏族らは手早く焚火を熾すと簡単な食事を用意していた。

 アベルは怪我人が何人もいるのを見つける。

 それはそうだろう。

 敵を圧倒したとはいえ、あれだけ激しく戦えば怪我人ぐらい出るというものだ。


 アベルは矢傷を負った者や、顔に深い切り傷を負った者へ治癒魔法をかけてやる。

 それを見たウルラウが驚いている。


「アベルは治癒魔法も使えたのか。しかも、かなり強力ではないか」

「まあね。実は僕は医者の息子なのです。貴方たちの氏族に治癒魔法の使い手はいないの?」

「いるのだが、高齢なのだ。戦いには参加できないから宿営地にいる。他には初級の使い手が三人ほどいるけれど、いずれも小さな切り傷を治せる程度だな。いまアベルが治してくれたような深手には効果が薄かっただろう。ありがたい」

「……戦死者は出ましたか」

「ああ、五人殺された。勇敢に戦った結果だから名誉がある」


 それからウルラウは、アベルとロペスに改めて礼を述べる。


「アベル、ロペス殿。貴方たちに助けられた。疑ったことを詫びさせてくれ」

「いや、ここはお前たちの土地だ。戦いに加えさせてもらったのはこちら。礼には及ばぬ」

「よければ明日も共に戦ってもらえるだろうか。戦利品はもちろん分配する」

「もとより、そのつもりだ」


 ロペスは相変わらず、愛想のない返事だった。

 態度も平静そのもの。

 アベルはロペスらしいなと思う。


――こいつって、こういう人間なんだな。

  戦うか、そうでないかの二択だけ……。


 ウルラウは良質の指導者が持つ凛とした気配を湛えて、部族の仲間たちに宣言する。


「今夜は見張りを立てて休む。日の出と共に出陣、敵の歩兵を殲滅する。降服するなら奴隷にしてやるつもりだが、抵抗するなら皆殺しだ。奴らの持ち物は全て奪う。後で公平に分配するから争うな」


 ユーリアン氏族の者たちから、獰猛なまでの雄々しい答えがある。

 草原の戦いは始まったばかりだった……。


 





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