第61話  草原の少女、ウルラウ





 

 乾燥した草原を旅すること八十日間。

 ほぼ一つの季節を移動に費やした。

 秋が半ばを過ぎつつある。

 暑すぎる日もなく、嵐ほど天気が荒れることもなく、旅は順調だ。

 しかし、ライカナから越冬地を見つける必要があると言われている。


 この地方、冬はそれなりに積雪があって移動が難しくなるらしい。

 旅人は大きな村か、冬越しさせてくれる部族の住処に移動する。

 野で越冬することも可能なのだが、その場合は馬と人の食糧や住居を自力で用意しなくてはならない。


 やがて風景はすっかり様相を変えた。

 荒地交じりの乾燥した原野はいつしか無くなり、今では濃い緑の野原が地平線まで続いていた。

 まるで草の大海原のようであった。


「ライカナさん。土地の雰囲気が変わってきました」

「ええ。ここはもう北方草原と言っていいでしょう」


 海を越え、密林を歩み、大山脈と砂漠を飛び越え、乾燥平原を馬で駆け、とうとうやってきた。

 あたりには一面、馬の好む種類の草が豊富にある。

 細い小川が至る所にあるので水にも事欠かない。

 まさに遊牧に最適の地域だった。


 さらに北方草原を移動すること数日間。

 やや起伏の多い地形になってきた。

 ところどころ丘や崖もある。


 アベルは遠くの丘陵に馬の姿を見つける。

 人が乗っている……。

 遊牧部族かなと、ぼんやり思う。


 しばらくすると、数十騎に増えていた。

 こちらに注目している感じがある。

 ちょっと変だとは感じるが、進路変更までする必要があるか迷う……。


 丘の稜線から、さらに騎馬が現れた。

 かなり多い。

 総数、百騎以上はいる。


 そして、彼らは三方に分かれてアベルたちの方へ全速騎行をしてきた。

 包囲してくる意図を強く感じる。

 異常事態だ。

 慌ててアベルは皆に叫ぶ。


「どうしますか! 逃げますか!」


 ガトゥが緊迫した声で答えた。


「逃げると言っても後方はもう押さえられているぜ! まずいな。地形が悪い!」


 アベルたちは正体不明の騎馬集団から逃げられる地点がないか探すが、じわじわと険しい斜面へと追い立てられていく。

 辛うじて馬は進めるが、乗り手は激しく揺さぶられた。

 すると馬術に劣るカザルスが遅れ始めた。

 逆にモーンケは誰よりも早く逃げていく。

 カザルスが叫ぶ。


「みんな、ボクのことは放っておけ。逃げるんだ!」

「そんなこと出来るわけがないでしょう!」


 アベルはカザルスの横に馬を寄せた。

 カチェ、イース、ワルトもついてくる。

 相手の方が数で多いうえ、どうもこの辺り地形を知り尽くしているような動きを見せていた。

 もし盗賊のような奴らならば、戦うしかない。

 アベルは状況判断に優れているライカナに聞いた。


「ライカナさん。どうしますか!」

「……もう逃げられませんね。一度は話し合いましょう。まだ、賊かどうか分からない。ただの騎馬部族が通行料でも求めているのかもしれません」


 観念して、彼らがやってくるのを待った。

 アベルはかなり緊張してくる。

 頭の中では目まぐるしく計算が働く。

 もし戦闘になるのなら……距離を詰められる前に攻撃魔法を連発した方が有利に決まっていた。

 それでも数が違いすぎるので危険な戦いになる。


 やがて、百五十騎ほどの集団がアベルたちを取り囲む。

 みな、弓や刀で武装しているが装備には雑多感がある。

 年齢は初老から少年まで、男女ともに幅広くいた。


 アベルは彼らから傭兵とも違う感じを得る。

 それよりか遊牧部族の雰囲気を濃厚に漂わせていた。

 乗っている馬は、どれも毛並みが長く中型から小型。

 しかし、非常に筋肉質で野性味を感じさせた。

 これは話し合いで何とかなるかと期待する……。


 やがて彼らの中から三騎、アベルたちの方へ近づいてきた。

 一人はまだ若い女性だった。

 黒貂の毛皮帽子を頭に被っていて、腰には刀をき、背中に短弓と矢筒を負っている。

 年齢、十七か十八歳ぐらいに見えた。


 ギラギラと野生の狼のように活力が漲る瑠璃色の瞳。

 美しく通った鼻筋。

 明るい茶色の髪が背中まで伸ばされていた。

 動物的なぐらいの生命力を感じさせる少女だった。


 少女は袖の長いアーガイル柄のカラフルな民族衣装を着ている。

 乗馬に適した緩い感じのズボン。

 共に羊毛の織物のようであった。

 その上から鈍色の軽量鎧を装備している。


 隣にいるのは年配の男。

 老人と言ってもいいかもしれない。

 灰色をした髪と長い髯。

 石のように動かない表情。

 怒りや喜びを読みとれない。


 最後の一人は十三歳ぐらいの少年だった。

 容姿がどことなく少女に似ている。

 血族関係かもしれないとアベルは感じる。

 ライカナが緊張した声で言う。


「三騎が出てくるのは草原氏族の風習です。あの三人のうちの誰かが纏め役でしょう。我々も三騎の代表を出して答えなくてはなりません。わたしとロペス殿、あとアベル。来てください」


 アベルたちは相手の三騎に近づいていった。

 やがて少女が声をかけてきた。


「お前たち、ここは我らユーリアン氏族の土地であると知って無断で入り込んだのか!」


 少女は驚くほど鋭い口調だった。

 どうやらリーダー的な立場にいると見て間違いないだろう。

 ライカナが臆しない堂々たる態度で答える。


「申し訳ありません。我々は西に向かう旅人であります。馬と草原に導かれるまま、進みやすき場所を通っておりました。貴方がたの土地であることは知りませんでした。どうか、お許しください」

「……なぜ、我々から逃げようとしたのか。疾しいことがあるから逃げようとしたのではないか!」

「正直に申し上げます。我々は争いになることを恐れました。もしかしたら理由なく危害を加えられるのではないかと心配したのです」


 アベルが見ていると相手の三人は小声で相談を始めた。

 やがて向き直る。


「お前たちは東から来た。そうだな」

「そうです。遥か東のホロンゴルンからやってきました」

「真実のみ語れ! 嘘の気配があれば許さない。ディド・ズマの軍勢やヌバト族のことを知っているか。知っていることがあれば言え。また、お前たちはそいつらの仲間や親戚なのか。あるいは奴らと取り引きをしたことがあるか!」


 少女の口調は詰問に近かった。

 ライカナはアベルとロペスを振り返って言う。


「これは返答次第で深刻なことになるでしょう。わたしの代わりに返事をしてください。正直に言うも嘘を言うも、ご自由に。戦うことになれば、わたしも戦います」


 アベルがどうした返答をするか考えているとロペスは表情を僅かも変えず、即座にぶっきらぼうな大声で答えた。


「ディド・ズマは俺の敵だ。ヌバト族というは何のことか分からない」


 ロペスはそれ以上の説明をするつもりが無いらしく、そのまま黙り込んだ。

 アベルはロペスの短絡的な答えに驚愕し、息を飲む。

 ディド・ズマは敵だと明言してしまった。

 もし、少女たちがディド・ズマ側の者だったらどうするというのか!


 アベルはいつでも魔法を使えるように、体内の魔力を活性化させる。

 襲ってくる気配があれば、逆にぶちかましてやるしかない。


 ユーリアン氏族と名乗る彼らは短く相談をおえた。

 そして、少女が目線も厳しいまま言う。


「我らと一緒に来てくれ! 来られないというのなら、嘘をついていると見なす。これは許さない!」


 アベルは何か悪いことに巻き込まれたのを確信する。

 同時にロペスの上手くない答えに、心底から呆れた。

 ロペスは戦いを避けようなどとは少しも考えていなかった。

 とにかく、ディド・ズマのことなんか知らないと言えばいいのだ。

 どうせ証拠のあることじゃない。


 相手に最低限の良心があればそれで納得するだろうし、無ければこちらが何を言ったところで因縁をつけてくるだろう。

 ただでは逃げ切れない相手と見極めがついてから、金を払うか、戦うか決めたらいい。

 戦闘にしたって交渉次第で死人が出ないような形式の決闘に持ち込めるかもしれない。

 そのときこそロペスが出るとかイースが相手をするとか……色々と選択肢はある。

 それなのに……。


――ロペスめ。

  戦いになるのならなればいい程度に思っているのだろうな。

  楽でいいね。単純バカは。


 ロペスは少女に問う。


「お前ら、ディド・ズマとはどういう関係なのだ?」

「今ここで答えるつもりはない。それとも我々についてこられないのか? やはりお前たちの話しは嘘だったのか!」


 少女の表情は鋭く、言葉による説得は効果が無い印象だ。

 アベルはどこか有利なところへ誘い出して襲う気なのかと考える。

 だが、ロペスが厳つい顔のままで平然とライカナに言った。


「ついてこいと言うので、とりあえずはそうしてやろう。何か問題があるかな」

「……いいえ。こうなってしまっては取り消しができません。彼らがどういうつもりかは分かりませんが、ここは従うしかないでしょう」


――最悪……。


 アベルたちはユーリアン氏族という騎馬集団に誘導される。

 彼らは逃げられないようにするためか、周りをすっかり囲んできた。

 こうなると不意打ちしてもカザルスなどが追跡をかわせるか微妙だ。

 たぶん無理だろう。

 もう言われるがまま付いていくしかない。

 アベルたちは南東の方角へ進まされた。


 アベルは仲間を見る。

 皆、戦闘慣れしているせいか、顔色は普通だった。

 モーンケですら不貞腐れている程度のものだ。

 もしかしたら兄ロペスのやったことだから従っているのかもしれないが。


 もしかしたら自分が一番緊張しているかもとアベルは感じる。

 こういった不測の事態が起こると、心配の方が先に立つ性格だった。

 なにしろ後始末は大抵、最下底アベルの担当だ。


 促されるまま、草原を日没間際まで移動した。

 その後もびったりガードされているというか、監視されているというか……、そういった状態だ。




 やがて彼らが移動をやめて夕食の準備を始めたので、それに習う。

 アベルが料理をしていると、草原で厳しく問い質してきた例の少女ら三人組がやってきた。

 手に何かを持っている。


「お前、これをやるから食べろ」


 美しい少女が渡してきたのは焼いてある肉の塊だった。

 アベルは受け取る。


「いますぐ、ここで食べてみてくれ」


 少女が、さらにそう言ってきた。

 アベルの内心に「毒」の可能性が浮かぶ。

 とはいえ自分一人だけ毒殺することは考えにくい……だが、しかし……。


 少女の瑠璃色をした眼はアベルの瞳を、じっと見てきた。

 その視線は隠し事を見抜いてしまうような迫力があった。


 アベルは、これは試されているのだと察して、肉を小刀で切り取ると口に入れた。

 良く噛んで、味を確かめる。

 変な苦みや甘みがあれば、毒だろう。

 すぐに吐き出せばいい。

 即死するような猛毒でなければ死にはしない。

 自分をそう説得した。

 ……普通の羊肉の味だった。


「美味しい肉です。ありがとう」

「お前、名前は」


 少女は名を聞いてきた。

 素直に答えるとする。


「アベルです。アベル・レイ」

「アベル。お前、人を殺したことがあるだろう」

「……いちいち数えてないけれど。でも、自分から望んで殺したことなんか一度もないですよ。それだけは本当です」

「アベルは飢えた山狗みたいな眼をしている」


――こいつ、俺を見抜いたのか。


「でも、嘘を吐いている者の顔ではないな」

「そういう貴方は獲物を探す狼みたいだ」

「狼か。その通りだな。私たちと食事を一緒にしよう。話がある」


 どうやらテストに合格したらしいとアベルは感じた。


「分かりました。ところで貴方の名は?」

「私はウルラウだ。ユーリアン氏族のウルラウ。こちらが私の大叔父にあたるナフタ様。そして弟のルゴジン」


 ナフタという六十歳ぐらいの爺さんは無口な人で、本当に僅かな動作で会釈した程度。

 灰色の髭を生やした表情は、全く変わらなかった。

 少年はまだ警戒しつつも好奇心があるような顔をしている。


 お互いに食べ物を渡しあって、夕食が始まる。

 これは信頼を深めるための儀式みたいなものだった。

 敵意があるとなれば、食事など共にできないというわけだ。


 馬乳酒という、その名のとおり馬の乳から作った酒が配られた。

 アベルが飲んでみると、少し酸っぱくて野趣のある味だった。

 癖はあるが、別に不味くはない。

 聞けば彼ら草原氏族にとって馬乳酒は重要な食物であると同時に薬効もあるとされていた。


 酒が入って、少しだけ雰囲気が和らぐ。

 ウルラウという名の少女は詳しい事情を説明してくれた。


「私たちユーリアン氏族は大切な人を殺され、名誉を傷つけられている。これから復讐しなくてはならない」

「復讐ですか……、何があったのですか」

「ディド・ズマという傭兵どもの頭領がいる」

「聞いたことだけはあります。あちこちで非道の限りを尽くしているとか」


 ディド・ズマという男の名が、また出てきたとアベルは思う。

 王道国に雇われている傭兵たちの首領だ。

 数万人の傭兵軍団を率いて、皇帝国へ猛烈な略奪行為を仕掛けていた。

 密林で殺したザラという男も奴の手下だった。


「噂では数万人の荒くれを従えた恐ろしい男らしい。そのディド・ズマの使者と草原氏族のヌバト族が、我らを戦争に参加させてやるという話を持ってきた。

 皇帝国と戦えば略奪もできるし奴隷も手に入るから、大いに富を手に入れられると言うのだ。だが、同時にある条件を課してきた。ディド・ズマの軍門に降ることや、壮年の戦士などで騎馬を最低数百は出せ、と言うことだ」

「ああ、要するに手下になって戦争へ参加しろってことですね」

「そうだ。その勧誘には理由がある。ガイアケロンとハーディアという王道国の王族が数年前、この草原にやってきた。王族が自らだ。そして、彼らは若年ながら度量と才覚、誇りがあることを証明してみせたという。それに惚れ込んだ幾つもの草原氏族は二人の軍門に降ることをよしとした」

「なるほど。話が見えてきました。ガイアケロンを真似て、ディド・ズマが戦力目当てで勧誘してきたと……、ところで貴方たちはどうしてガイアケロン王子に従わなかったのですか?」

「王子らが草原に来ていた頃、私たちはもっと北まで遊牧のために移動していた。だから二人には会えなかった」

「そうですか。すれ違いになったわけですね……」

「我々はディド・ズマという男を知らない。会ったこともないからな。それにヌバト族は遠い親戚だが、そう親しいわけでもない。見知りもしない者の軍門に降るということはないのだ。だから、誘いを断った」

「はい」

「そうしたら、歓待のうえで重ねて話をしたいと要望があった。断るのは失礼なので私の父親である族長と兄上に加えて、主だった者十名で招かれた」

「……そこで、やられた」


 ウルラウは歯を食い縛り、睨みつけるような視線で頷いた。


「そうだ。向こうは父を人質にしようと思ったらしいが、それも本当かどうか分からない。とにかく騙し討ちにあって父上も仲間も殺された。兄上は戦って馬を奪い逃げたのだが、体に矢を何本も射られた。我々の所まで帰ってきて顛末を訴え、息をひきとった」

「敵も大胆なことをやらかすものだなぁ。よほど優位なのかな」

「ディド・ズマの使者やヌバト族としては、むしろ名誉の問題と思ったのだろう。つまり、ディド・ズマの名代としてせっかく誘ったのに我らが言うことを聞かない。他の部族にも示しがつかない、という考えだ。それに頭数では確かに向こうがずっと優勢だ」

「相手はどれぐらいなのですか?」

「たぶん、ディド・ズマ軍の騎馬が六百ぐらい。徒歩の兵士が三千人とか……、荷役の者も入れるともっとだろうな。ヌバト族は騎馬二百ほどだろう」

「かなり多いね! 貴方たちの部族、全員が騎馬に乗っているけれど頭数は百五十人ぐらいかな。向こうは、たとえ戦いになってもそれなら勝てると踏んだわけだ」

「ああ、ユーリアンなど小勢と侮り、見下した態度だ……。だが、我々はやつらに復讐をする。

 決着がつくのは、やつらを殺し尽くした場合か、我々が一人残らず斃れた時だけだ!」


 ウルラウは薄暮の空のような瑠璃色をした眼に決然とした輝きを宿して、そう言い切った。

 本当にそうする気迫を、はっきりと感じる。


 隣に座るロペスが、うっすら笑っていた。

 いつも厳めしい顔で笑うこと自体が珍しい。

 そのロペスが愉快そうに何度も頷いている。そして、低い声で言った。


「俺も父親が王道国との戦争で行方不明になっている。おそらく殺されているだろう。家来どももずいぶんやられている……。やられたら、やり返す。後のことなど考える必要はない。それが武人というものだ」

「……私たちは、お前らを疑っていた。ディド・ズマやヌバト族らの関係者か偵察隊ではないかと。そうだったら殺すつもりだった。しかし、信用してもいいかもしれない」


 ロペスの張り出した額の下にある青い目は、あまり感情を露わにしていない。

 そして、感心なさそうに言った。


「信用するかしないかは、お前らの問題だな」

「明日、お前たちを解放する。西に行くといい。ここから南に行ってはいけない。やつらがいるから。ディド・ズマの手下どもは山賊と変わらない。旅人でも平気で襲って殺す」

「俺の名はロペス。興が乗った。俺を戦いに参加させろ。俺たちにとって、これは王道国との戦争の続きだ」


 ありがたい申し出のはずだが、ウルラウは少しもそういう表情をしなかった。

 頭も下げない。


「これは我らユーリアン氏族による名誉を賭けた戦いだ。私はお前たちに頼みはしない。命令もしない」

「ああ。好きにさせてもらう。とはいえ、俺たちは地形を知らない。邪魔にならぬようしたいが」

「……私たちは待ち伏せをするつもりだ。奴らが宿営地から出た時が機会だと思っている。

 我らにやったように他の部族にも誘いと言うか、恫喝をしてくるはずだ。おそらく軍勢を連れていき、圧迫を加える。しかし、宿営地を無防備にはしないはずだ。手勢をいくつにも分けて出撃させて、残りは休ませている」

「獲物が巣穴から出たところを狙うわけか。こちらには魔法使いもいる。役に立つぞ」

「さっきも言ったが、命令はしない。我らと共に戦うのなら邪魔しないでほしい」

「よかろう」


 かくしてロペスの独断で命懸けの戦いに参加することになった。

 アベルは話の成り行きを、黙って聞いていることしかできなかった。

 ロペスを止めようとしても無駄だ。


 ウルラウという草原氏族の少女とロペスは、性格や考え方が似ているのかもしれない。

 とんとん拍子とはこのことだ……。


「アベル。顔が暗い」


 そうカチェが言ってきた。


「戦いになります……」

「前みたくアベルが一人で潜入とかしないから、わたくしは賛成よ。だまし討ちするような卑怯な奴ら、ましてやディド・ズマの手下でしょう。

 やってやるわ!」


 カチェまで戦意旺盛だった。

 兄妹揃ってハイワンドの血が暴走ぎみだ。

 アベルはモーンケの表情をチラ見してみると、眉根に皺を寄せて嫌そうにしている。

 それでも文句ひとつ言わないのは、やはり兄ロペスの顔を重んじてのことらしかった……。

 アベルは首を振りつつ、イースにも意見を聞く。


「これは誇りを賭けた合戦だ。義のある側に参じさせてもらえるのを感謝してもいい」

「イース様。やる気ですね」

「当然だ」


 イースも赤い瞳に戦意を宿していた。

 こうなれば、アベルは従うほかない。


 肚は決まった。

 やれるところまでやってやろうじゃないか……。




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