第30話  イースの家族

 




 アベルの目の前、犯罪捜索隊長の騎士ポアレット・ワイズが緊張の面持ちで説明を始める。

 場所はハイワンド騎士団本部の会合室。

 ロペスやモーンケの他、騎馬隊長のスティング・ガモン、儀典長騎士スタルフォン、カチェなど主だった面々だけでなく、城詰めの騎士が大勢いる。

 室内は身動きが取れないほど人で一杯だった。


 領内の地図が壁に張り出されている。

 急遽、敷布に大きく書き出した速成のものだった。

 印が六つほど付いていた。


「賊どもは明らかに計画のうえ、期日を合わせて一斉行動しております。すべて昨日の夕刻に強盗を起こしております。白昼に堂々と集団で街に入り込み、護衛を殺して金品を強奪するやりかたです。

 狙われたのは商家に店舗、商人組合の商友会。しかも、逃亡にあたって放火をしていきました。確認できているだけでも領民十六人が殺されています。そのうち二名は幼い子供だそうです。それから若い女性が二名、誘拐されています。また、放火によりペスアの街では十二棟の家が焼失。焼き出された領民が五十人以上」


 ロペスが怒りの籠った低い声で聞く。


「やったのはどんな奴らだ」

「幾つかのの犯罪集団が野合したようです。一つが暁の鷹。暁の鷹は全く無名の組織で詳細不明。もう一つが悪名高き、血と黄金葡萄おうごんぶどうです……」


 騎士たちが騒めく。

「血と黄金葡萄」と聞いて、知らない騎士はいない。

 それほどまでに皇帝国の東部では有名な犯罪集団だった。

 数か月に一度、大きな町を襲う手口。

 邪魔する自警団などを始めから容赦なく殺しにいく狂暴なやり口が特徴だった。


 それに街の女性を誘拐しては使い物にならなくなるまで強姦したり亜人界の奴隷業者に売り飛ばす。抵抗する場合は殺してしまう非道さ。


 ひとしきり奪い楽しむと亜人界か王道国の勢力圏へと逃亡していた。

 騎士ポワレットは、証拠はないものの王道国の有力者、もしくは大物犯罪者の協力があることを疑っていた。


 血と黄金葡萄は、これまでハイワンド伯爵領内で活動していない。

 隣接するベルギンフォン公爵領やレインハーグ伯爵領で犯行を繰り返していた。

 それが、今回はハイワンド領で周到な準備のもと、悪辣な強盗殺人を始めていた。

 これまでの手口からすると、あと十日ほどは領内で似たような行動をするはずだった。

 非常事態である。

 ロペスが憎々しげに言った。


「ポアレット。奴らの内情を説明しろ」

「血と黄金葡萄の首領は最重要犯罪者の一人です。本名は不明ですが、通り名は百足のソロスと呼ばれています。頬に百足のような傷があることからついた仇名です。技能は斬流第七階梯の程度と言われております。さらに厄介なのは側近の魔法剣士と魔法使いです。魔法剣士は男。年齢は三十五歳ぐらいで、名は不明。水魔術と防迅流の使い手。魔法使いは女。年齢は三十歳から四十歳程度。火、水、気象魔法をよく使う他、中級程度の治癒魔法を使うようです」


 アベルはこれまでの賊とは別物だと思った。

 そこそこの、階梯で言えば第四階梯ほどの使い手と戦ったことはあるが、魔法剣士だとか治癒魔法まで使う魔法使いが連携している賊集団と戦闘をしたことはない。


「他の構成員はどうだ」

「おそらく総勢百名前後。傭兵崩れ、逃亡兵、凶状持ちも多数含まれていると思われます。出身地は皇帝国の者もいますが、王道から流れてきた者も混ざっているようです。今回の襲撃では、六つの街をそれぞれ十名から二十名の賊が襲っておりますので、ほぼ全員がハイワンドに入り込んでいると思われます」


 騎士たちから唸り声が聞こえる。


「すぐにも追跡をお命じください!」

「奴ら、目に物見せてやる!」


 力強くロペスは頷いた。

 アベルはロペスの性格を考えると、全力で排撃を命ずるに決まっていた。

 彼は短慮で欠けるところもあるが、臆病な男ではない。


「城で出せる人数はどれくらいだ」

「搾り出しても騎士が三十名。従者が百名ほどかと。これ以上を出しますと城が空になってしまいます。いま領内に散らばる駐在騎士にも通達を出していますが、連絡には時間がかかります。集合するのを待っていれば賊どもは新たに街を襲い、逃げてしまうでしょう」


 長引く戦争と出陣のせいでハイワンド領内の騎士は極端に少なく、即応、機動的に動ける人数は少なかった。

 その隙をついたといえる犯罪者たちの襲撃だった。


 ロペスは野太い、武人らしい声で号令する。

 以前より良い意味で武人らしさが出てきていた。

 かつては粗暴さばかりが目立ったが、最近はやや貫禄めいたものが感じられた。

 実戦で鍛えられた男だ。

 実際、領主のバース伯爵、父親のベルルが不在の中、領内を縦横無尽に巡回して愚直に賊と戦い続けている。

 モーンケはそんな兄の陰に隠れて、騎士団ではあまり発言をしなくなっている。

 今もロペスの隣に座っているが、つまらなそうな顔をしていた。


 ガトゥは騎士ポアレット・ワイズから割り当てられた地域を確認して、アベルに装備や方針を伝える。

 とにかく急行すること。必然的に重装備は避けること。

 これがガトゥの指示だった。

 そこへカチェが飛び込んで来た。


「お願いっ! ガトゥ、アベル! わたくしも参加させて! わたくしも今度ばかりは許せないわ。お城で待っているなんて出来ない」


 カチェの顔は本気の懇願だった。

 単なる好奇心ではないのが分かる。


 ガトゥは珍しく渋い顔した。

 彼は何かを断るときも陽気に笑って、相手を深刻にさせない人間だった。


「いやぁ、こいつぁ本当の殺し合いになりますよ。カチェ様。人殺しができますか?」


 それは単純明快な事実だった。

 言っても分からない奴は殺して黙らせるしかない。


「わたくしとて貴族の端くれ。領民に手を出され見過ごすは、怠惰と無能の極み! きっと討伐してみせます」


 カチェの目は据わっている。

 気分で主張しているわけではない。

 アベルは大事なことなので、包まずに直接聞いた。


「カチェ様。人を殺すと気分はいいもんじゃないです。カチェ様の心が傷つくのが心配なんですよ」

「アベル。わたくしをそれほど弱い者と思わないでください。貴族とは戦うべき時に戦う義務を持った者。領民は畑や家を守る者。この攻守一体が治世の拠り所と習いました。この時のために武を磨いたのです。いま、戦わずしていつ戦うのですか」

 

 イースが頷いた。


「カチェ様の仰る通りです。この騎士イースと従者アベルが、カチェ様をお支えします。賊を討ち取りましょう」

 

 カチェの意志は固く、覆せないのをアベルも感じた。

 このまま城に閉じ込めてしまえば、カチェの人生が捻じ曲がるような気がする。

 それなら、せめて傍で守ってやりたかった。

 スタルフォンとガトゥの二人も仕方がないという風に頷く。


 スタルフォンは内心、いざとなれば自分が盾となってカチェを守ろうと覚悟する。

 たとえ自分が死ぬことになっても、そこから何かを学び取ってくれるだろうと思い決めた。


「では、準備ができ次第、城外門に行くこと。急げよ」


 ガトゥがそう言い、それぞれ準備に取り掛かる。

 アベルとイースは走って、部屋に装備を取りに行く。

 ワルトも連れて行かないとならない。


 狼人のワルトは修行とか訓練ということを全くやらないのであるが、イースやガトゥといった強者と共に戦っているせいか確実に強くなってきていた。

 必死に鍛錬しているアベルには実に不思議なことだ。

 少し腹が立つ……。




 イースと共に駆け足で住処に戻ったとき、アベルは誰かが建物の入り口に立っているのを見つけた。

 二人いる。馬も二頭いた。

 それは意外な人物であるのをイースの声で知らされる。


「ご祖父様。それに父様……」


 イースの声にアベルは目を見張って驚く。

 珍しく強い感情が籠った響きだったからだ。


 そのイースの横顔は喜びというよりも、信じ難いことだが途惑いの表情をしていた。

 イースがこんな表情をするのはアベルが知る限り初めてだ。


 あらためてアベルは訪問者の二人を見る。

 一人は四十五歳ぐらいの、色白の男。

 瞳はやや赤く、赤褐色ともいえる。

 髪は黒くない。やはり褐色系統であった。

 その男はどこかイースに似ていた。

 風雪のような厳しさと清潔感のある玲瓏な印象。

 涼しく通った鼻などそっくりだし、肌の質感も近い。

 やや細面。

 

 若いころは、さぞかし優美な貴公子だったろうと思わせる男だ。

 今だって美壮年と言える。

 ただ、アベルからすると魔人氏族の血が混ざった人物とは見えなかった。

 人間族に見える。

 イースがその男に語り掛けた。


「ご祖父様。髪を染められたのですか。一瞬、分かりませんでした」

「ああ。任務上、黒髪は隠したいのだ」


 落ち着いた声。

 アベルはイースとの会話を聞いて納得した。

 どうやら変装しているらしい。

 これで黒髪なら、まさにイースの親族という感じだった。


 それからアベルはイースの父親らしき人物の顔を見る。

 ぎょっとした。動揺したと言ってもいい。

 なんとも底知れない、凄惨な顔をしていた。

 

 眼は熱っぽく敵を探していて、油断なく用心深い。

 陰に籠った殺気のようなものを纏わりつかせていた。

 薄い唇は血色悪く、顔の皺は彫り刻まれたかのように深かった。

 髪は白髪交じりの藍色をしている。

 年齢、五十歳は確実に越えているはずだった。


 顔はイースと全然、似ていない。

 目鼻、輪郭、どれも塵ほども面影がない。


 イースの祖父と見た目の年齢が釣り合わないのは、魔人氏族が長命種なのを知っているので変には思わなかった。


 それよりも不可解な事……。

 アベルは正直な感想として、よくあの父親からイースのような美貌が生まれたと思わざるを得ない。

 娘との極端な差異が気になった。


 イースの持つ、心静かで物事に淡泊、人を侮辱せず、戦いとなれば鮮烈に輝く人格とは、いかにも結びつかない父親だった。


 イースの父親がアベルの視線に気づき、目迎してきた。

 アベルは思わず視線を逸らせた。


――怖え……。すげえ怖い奴だ……!


 直感。

 だが、間違いない。

 関わり合いになってはいけない人間だった。

 向こうは視線を離さない。

 

 どういう訳かアベルを執拗に観察していた。

 激しい焦燥感がアベルに湧き上がる。

 まるで、どうやったらこいつを殺せるかな、というような視線だと思った。

 体が強張る。

 そこでイースの祖父が口を開いた。


「そちらの年若い方は誰か」


 聞かれたイースは紹介してくれた。

 それも、やや弾んだ声だった。


「はい。私の従者アベル・レイです。アベルは騎士の素養が十分にあります。きっと一角ひとかどの男になるでしょう」

「ほう。お前の従者を勤めあげられるとは、それだけで珍しいこと」


 イースの祖父という男とアベルの視線が合う。

 静かな瞳だった。アベルはそこにイースの人格に似たものを感じ取る。

 イースの祖父は冷たい印象すらある顔を緩めた。


「顔は良いが、眼は暗いな」


 やはりイースと同じで勘がいいみたいだった。


「たまに言われます……」

「私はイースの祖父。名をダンテ・アークと言う。ハイワンド家の騎士である。と言っても伯爵様からのご命令であちらこちらと移動を繰り返しているので我らを知る者は限られているが。隣のこの男は義理息子のヨルグ・アーク……。立場は私の従者だ。よろしく頼もう」


 ヨルグという名のイースの父親は会釈ひとつせずに沈黙していた。

 アベルは意外に思う。

 立場が従者ということでは、騎士であるイースの方が位では上になってしまう。


 アベルが見たところ、ダンテは前世的に言えば175センチぐらいであろうか。

 鍛えられた感じはするが、ロペスのような筋肉の塊という感じではない。

 すらりとしていた。

 革の上下に胸甲のみ装着している。

 武器はイースが使っている長大な両刃の両手剣とそっくり、瓜二つだった。

 イースと同じように背中に背負っている。

 

 隣に立つヨルグの体格はダンテに近い。

 ヨルグの武器は刀だったが、ひとつ大きな特徴があってつかが長い。

 普通は拳の幅、三つ分ぐらいだが、その倍ほどありそうだった。

 いったいあの刀でどんな技を使うのだろうか……。


「ご祖父様。再会早々ではありますが緊急任務です。血と黄金葡萄という賊をご存知ですか」

「無論だ」

「やつらが領内を荒らしまわっています。ただ今より出撃です」

「なるほど。我々は最前線を離れて帝都のバース伯爵様に召喚されている。その途中で立ち寄ったのだが……、そうした事情なら支援しよう。領内のため数日なら寄り道も許されよう」


 助っ人、ということらしい。

 アベルとイースは急いで部屋に行き、装備を身に着ける。

 綿の上着を着てから鋼で作られた胸甲と背甲を装着した。

 それから手甲と籠手を付ける。

 前腕部を特に守るのは、手首を狙う攻撃に対応するためだ。

 

 足元は厳重な装備を心がける。

 滑り止めの鋲が付いた革靴に、脛当で膝下を防御する。

 武人の中でもやや軽装を好む人達の間では、ごく標準の装備とも言えた。

 最後にアベルは刀と短刀を腰のベルトに装着する。

 その上から風雨避けの外套を引っかけて、完了である。


 水を入れる瓢とか、ちょっとした食べ物や道具、薬、清潔な布を入れた雑嚢を持ってイースと共に部屋を出る。

 ワルトが嬉しそうに付いてくる。

 ワルトは鎧などを嫌うので、去年に買ってやった厚手の綿の上下を着ているだけだ。

 綿は紺染されていて、デニムに似ているものだった。


 それからダンテたちと共に厩舎に行く。

 厩舎員たちが緊急事態の知らせを受けて素早く行動していた。

 ナナとハヤテは既に馬具が装着されていた。

 この辺はさすがに軍事組織らしい。


 馬に乗り城外門に着く。

 ガトゥが既にいて、それほど待たずにカチェと儀典長騎士スタルフォンが馬に乗ってやってきた。

 カチェは毛並みの素晴らしい黒馬に乗っている。

 馬体も均整がとれていて間違いなく良馬だ。


 カチェは鎧を身に付けていた。 

 焼の入った黒鉄の胸甲と背甲、籠手に脛当て、それに腿を防御する佩楯と草摺を装備している。

 額には鉄板の入った鉢巻を締めていた。

 そして、腰に刀。

 凛々しくて、それでいて切れるような美しさも感じさせる姿だった。


 アベルの見た感じ、前世の西洋甲冑と日本の鎧を混ぜたような様式に若干近いが、こちらの世界では千年以上の歴史ある装備だから、総じての雰囲気はやっぱりこの世界のものだ。


「そちらの方々はどなたですか」


 カチェの質問にダンテが答える。


「カチェ・ハイワンド様とお見受けいたします。私は騎士ダンテ・アーク。イースの祖父にあたる者でございます。バース伯爵様から直々にご用命をいただいております。こちらは義理息子の従者ヨルグ」

「その貴方がどうして我らに?」

「道中、是非とも我らをお使いください。血と黄金葡萄。手強いですぞ」

 

 カチェは頷きをくれると、一行は騎行を開始した。

 追跡の作戦は、六班に分かれた騎士たちが、それぞれの犯行現場から逃走経路を割り出して、まずは各個撃破を目指すというものだ。

 賊がすでに合流していたら尾行しつつ応援を要請して、改めて攻撃をする。


 もたもたしていると、また街が襲われて領民が殺され放火されてしまう。

 カチェは胸に焦燥感を抱きつつ馬を疾走させた。

 あまり急ぐと馬がバテてしまうのであるが、いざとなれば別の馬を徴用するしかない。


 夕刻、陽が赤くなる頃にペスアの街に到着した。

 アベルたちが大通りを進むと、被害がすぐに見えて来る。

 黒く焼けた建物が連なっている。

 焼けた大黒柱や梁が、炭化した状態で崩れていた。

 物の焼けた臭いが、まだ濃厚に嗅ぎ取れた。

 ペスアの自警団が現場にいたので、被害を聞き取る。


「火災に巻き込まれた人が、今日になって見つかりました。遺体はそこに集めてあります」


 アベルやカチェが見にいけば、黒く焼け焦げた死体が九つほどあった。

 その内、三体は体格から明らかに子供だった。

 自警団の話しでは、一家らしい。

 逃げ遅れた子供を助けようとして、父と母も巻き込まれたそうだ。

 

 カチェの紫の瞳に涙が薄く現れる。

 説明を聞くアベルの心は、静かな殺意で満たされていく。

 真面目に働いている者を踏み潰して、平然としている奴ら……。


 ――あの小男。父親と同じだ。

   生きている価値のない、害虫ども。

 


 それから襲われた商友会の会場にも行く。

 商友会とは商人同士の緩やかな連携組合のようなもので、皇帝国に広く連絡網がある。

 大きな街には必ず商友会場というものがあって、そこで商談をしたり為替や手形の遣り取りができる。

 現金を持ち歩くのは危険なので、為替の制度がこの世界にもあるのをアベルはいつしか知っていた……。


 商友会場は金融機関であるから、多額の金貨銀貨が保管されている。

 それを血と黄金葡萄は強奪したわけだった。

 当然、護衛はいた。

 ペスアの街の商友会場には十数人の護衛がいたのだが、瞬時に七人が殺害されて残りは逃げた。


 すっかり戦いが終わってから街に戻ってきた護衛らは牢屋にぶちこんであるらしい。

 不当なようだが、賊との協力を疑われたのと、役に立たなかった腹いせでもあるようだ。

 どちらかといえば後者の理由の方が強い。

 本当に協力者なら帰ってくるわけがないのだから。


 ガトゥは彼らに利用価値を見出す。

 目撃者として、である。

 賊に追いついた際、襲ってきた連中かどうか面通しさせたい。

 自警団に交渉して牢屋から使えそうな三人を選び釈放させた。

 


「いいか! 男だったらここで潰された面子を取り戻せよ。働きが良ければ、このガトゥ男爵がお前らの立場は保証してやる。だが、協力しないんだったら、俺ぁもう何も知らない。縛り首になろうが関係ねぇ。これが最後の機会だぞ」

 

 護衛たちは慌てて頷いた。

 現場の近くは多人数が踏み荒らしてしまったので、臭いが分からなくなっていた。

 アベルが賊の侵入経路を聞き取って、それらしい馬の蹄の跡を探す。


 襲撃してきたのは二十人ぐらいの人数で、全員が馬に乗っていたらしい。

 魔法を使った形跡はなかったが護衛の七人を素早く殺していることを考えれば、かなりの手練れと見るべきだった。

 ワルトが道に落ちている馬糞の臭いを嗅ぐ。


「ご主人様! 襲われた家の近くに落ちていた糞と同じ臭いずら。たぶん、こっちだっちよ!」


 狼人は狩猟が生活の根幹だから、こうした追跡能力は高い。

 ガトゥとアベルは街道に残った蹄鉄の跡も調べる。

 蹄鉄には個性があるので、跡がくっきり残っていれば手掛かりになる。


 だいぶ暗くなってきたので、アベルは「魔光」を唱えた。

 地面を睨みつけていたガトゥが、ほどなく言った。


「アベル! この蹄には見覚えがある。放火された店舗の脇の泥道に残っていたものと同じだ」


 蹄の方向は東に向かっている。

 この手掛かりに賭けて、夜道を進む。


 賊が警戒している可能性が高いので夜目の利くイースとワルトが灯りを持たず、徒歩で先頭を駆ける。

 馬も夜目は効くのだが、安全のためと騎行の音で敵を警戒させないという意味があった。


 アベルは思う。

 襲撃されたのは昨日だから、半日も移動していれば50メルテ……前世単位で50キロメートルは移動していることになる。もっとかもしれない。

 だが、本当はどうであるのか分からない。

 狙いがあって、それほど遠くへは行かないかもしれない。

 アジトを用意してあって、そこに隠れている可能性もある。


 真夜中、追跡を一端中止する。

 季節は晩冬で、夜間はかなり寒い。

 できれば温かいものを食べて少しは休まないと体が持たない。


 街道脇の平地で急いで焚火を作り、簡単に料理する。

 乾燥物ばかり食べるとお腹の調子が悪くなってしまうので、お粥とか消化の良い物を食べなくてはならない。

 

 従者であるアベルの仕事なので急いで支度をする。

 イースとカチェが周辺から薪木を集めてくれた。

 持ってきた鉄鍋をハヤテから外し、水魔法で洗って、それから雑穀や肉を入れて火にかける。


 イースの父親は従者という立場だったが、いっさい手伝わず何もしなかった。

 さっさと地面の上で横になって寝ている。

 連れてきた三人の護衛たちは仲間ではないので放っておく。

 そこまで面倒みきれない。

 料理ができるまでの間、ガトゥがイースの祖父ダンテに質問をしていた。


「あんたら、何流を使うんですかい?」

「私は魔人氏族に伝わる竜殺流を嗜んでいる。ヨルグは夢幻流だ」

「夢幻流……聞いたことはありますが使い手はあまり知らないですねぇ。竜殺流は失礼ながら見聞きもないですな」

「夢幻流の会得は困難で限られた者にしか伝わっていない。竜殺流は亜人が使うものゆえ皇帝国で見かけることは、まずないだろう」

「イースはお二人から剣を習ったわけか。力だけに頼らない、剣理に通じた技術を持っていると思っていたが、やっと合点がいったぜ」


 イースは会話に加わらず少し目を伏せて、ずっと黙っていた。

 アベルはいつもと様子が違うのを見逃せなかった。

 あまり喋らないイースにしても明らかに奇妙だった。

 だいたい父親であるはずのヨルグはイースを、まるで無視するような態度だった……。


 雑穀のお粥を食べて、焚火の傍で休息をする。

 不寝番の交代時、アベルはイースに聞いてみた。


「イース様。もしかして体調でも悪いのですか」

「なぜそう思う?」

「様子が……少し違います。心配です」


 イースが不思議そうにアベルを見詰め返す。


「私の態度が違うか。そうかもな。だが体調は悪くない。心配をかけてすまない」

「あの。僕はイース様の従者ですから何かあるのでしたら教えてほしいのですが……」

「人に話すことではない。気にするな」


 その素っ気ない返答にアベルは驚く。

 何かしら話してもらえると思っていたが、あっさりとイースから拒絶された。

 どうやら分け入って欲しくないらしい。

 

 イースは隠し事をする性格ではない。

 行動に裏表がないから本当に何も隠す必要がないのだ。

 それは不器用な生き方であり損も多いわけなのだが、反面、そこに言い知れぬ魅力を感じる。

 むしろ、外面ばかり装うのが上手で内面の卑しい者とは比較にならないと確信していた。

 そうしたイースが、もやもやとした態度をとっていた。


 困っているなら力になりたい……。

 アベルはそう思うのだが、イースに何と言えばいいのか分からなかった。


 激しい戦いの予感が身を焦がすように迫ってくる。

 かつての敵とは比べ物にならないほど恐ろしい実力を持った敵と命懸けで争う。


 張り切っているカチェのことも守らねばならない。

 不安なことばかりで呼吸すら苦しいのだが、同時に心の奥から飢えと渇望が湧いてくる。

 その衝動に任せて獣のように戦う日が、もう目の前だった。

 

 

 




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