第21話  賊退治

 




 アベルは水面に映る自分の姿を見た。

 自分自身の眼と視線が合う。

 瞳は深い群青色。


 人によっては暗い視線であると感じるらしい。

 魂の色が現れていた。


 父親を殺し、喪失だけを続けた者の眼。

 飢えた畜生の眼。


 欲しいものがあるのに、それが何なのか分からないケダモノ。

 貪欲に、どれほど食べても空腹から解放されないような呪い……。



 ハイワンド伯爵家が皇帝の命令に応じ、中央平原へ部隊を送りこんだ日から約三年が経とうとしていた。


 日々、絶えず鍛錬を続け、肉体は飛躍的に成長していった。

 雨の日も風の日も木刀を振るい、魔力の活性化を繰り返した。

 鍛えれば鍛えるだけ全身が逞しくなっていく。


 アベルは今生の両親、ウォルターとアイラの体格を思い浮かべる。

 アイラは前世的な感覚で言えば、170センチの長身美人。

 ウォルターは185センチぐらいあったはずだ。

 十代後半には自分もそれぐらいの成長が見込めるとアベルは想像する。


 このまま己の能力を磨き続ければ、飢えを満たすような何かが手に入るだろうかと考えてみる。

 だが、本当に欲しいモノは正体すら見えず、何ら答えは出ない……。

 

 その時、水面に別の人影が写った。

 滑らな白い肌、紅玉ルビーのように澄んだ瞳。

 美しく伸びた黒髪。

 頬は甘い曲線を描き、相貌は怜悧。

 容姿は人間族の十五歳ぐらいに見える。


 魔人氏族の血を引く、混血の騎士イースだ。

 イースの特徴は感情を露わにさせないところにある。 

 感情の起伏が少なく、滅多に笑わないが逆に怒ることもない。

 常に心静か、よって他者を侮辱しない。

 

 戦いにおいては鮮やかな手並み。

 弱い者を虐げもせず、その逆に過保護でもない。

 いわば水のような感情の持ち主。

 

 アベルは、そんなイースへ好意にも似た信頼感を持っていた。

 女性として、とは違うはずだった。

 だから戦友的な感覚なのかもしれない。

 経験のない心理状態だから、良く分からない。


 アベルは泉に小石を投げ込む。

 波紋は水面を揺らめかし、先ほどまでそこにあったイースの美しい顔が消え去った。

 

「そろそろ出発するぞ」

「はい。イース様」


 森から樹木の香りを含んだ風が吹いてきた。

 馬上のアベルは地理を意識する。

 場所はハイワンド伯爵領内北部。


 現在、治安が最も悪化している地域だった。

 どうやら四十人近い武装集団が亜人界から侵入してきたらしい。

 その首領は魔法使いである可能性が高かった。


 ハイワンド領は皇帝国の最東部にあたり、亜人界や中央平原とも距離が近い。

 皇帝国内外から人が出入りしやすい状況のため、もともと治安が悪化しやすい事情があった。


 しかし、それにも関わらず騎士、兵士は戦争に駆り出されて領内は手薄。

 さらに戦費のためか、再び皇帝国は税金を上げていた。

 民衆の気風も徐々に荒れていくのが感じられる。


 それはハイワンド領内に限ったことでもなかった。

 皇帝国の公爵領、伯爵領では軒並み同じような現象が起こっているという。

 世相は騒然としてきていた。


 アベルはイースとガトゥ男爵に従い、ポルトの街だけでなく、ときには十日間ほどの巡回任務に出かけている。

 今もその最中だった。

 季節は晩夏である。


 最近では、さすがにアベルも馬を所有している。

 立場は従者のままだけれども……。


 馬の購入にあたっては、ガトゥ男爵が親切に選んでくれた。

 馬の良し悪しなど分かるわけもないから、ずいぶん助けられたものだ。

 やはり良馬と言うものは大層高価なもので金貨八枚を必要とした。

 銀貨換算で四百枚。


 月給が銀貨十枚の従者風情では買えるはずもないのだが、そこは戦利品という手段がある。

 そのうえ無駄遣いせずに資金を溜め続け、ようやく費用を捻出した。


 馬と言えば「まつかぜ」なのだが、日本人なら当然なのだが、我慢して止めておいた。

 取りあえず「ハヤテ」と名を付けた。


 茶色の栗毛。毛並みが美しい五歳の馬。

 どちらかといえば耐久性に優れた馬だった。

 太くて丈夫な足は原野をしっかり歩いてくれる。


 とても賢い馬で、アベルの思考を先読みして行動するようなことまでできた。

 戦闘に使う馬は従順なだけでなく、魔獣に突撃するような胆の強さが必要で、そういう性格も合わせ持った馬だった。


 馬の世話は本当に大変だ。

 たとえば寒気が厳しければ、長時間の野外活動はできない。

 それどころか寒さを凌げる小屋に入れておかないとならない。


 餌も干し草だけでは栄養が偏るから、安全な野菜などを食べさせる。

 毒草を食べたりしないように注意しなければならない。


 ときには汗も拭いてやらないと馬はすぐに体調を崩してしまう。

 だからどの街にも馬の医者がいる。


 騎士の馬は普通、従者が管理する。

 従者の大事な仕事の一つだ。

 ところがイースは自分でやってしまう……。


 一行には獣人のワルトも付いて来ていた。

 ワルトはアベルの所有奴隷として登録を済ませてある。

 そうでないと不法越境の犯罪人として処刑されてしまう可能性もあったからだ。

 亜人の居住許可は現在、かなり取りにくいのだが奴隷としての登録は簡単だった。


 そんなワルトの首に首輪が光っている。

 奴隷の証だ。

 ワルトはときどき首輪を自分で外しては満足いくまで磨いて、また装着していた……。


 目指す村の手前で馬から降りる。

 手綱を適当な幹に繋いで、静かに移動する。


「臭うっち。死体が腐った臭いだっち」


 様子を調べてから村内に入ると、屍がいたる所に転がっている。

 みな、老人や壮年だった。

 地面に横たわる死体の傍には農具の鋤が落ちている。

 武器として使ったのだろう。


 死体は損壊が激しく、めった刺しで、体は引き裂かれていた。

 両目を刃物で突き刺した跡がある。

 抵抗して、さらに嬲り殺されたと断定できた。


 強盗、略奪を働き、若い男女は奴隷にするべく拘束して、素早く亜人界に連れ去るという手口だ。

 村ひとつを徹底的に破壊して、捕まらないように短期間で姿を眩まされたため、去年も同じ方法でやられている。

 絶対に許せない相手だった。


 足跡を調べていたガトゥは武装集団が立ち去った方角を見つけ出した。

 ワルトの鼻も同じ方向から集団を嗅ぎ取る。


「ガトゥ様。作戦は?」

「寝込みを襲うのがいいだろうな。全滅させられなくても頭数を減らしておけば、攫った村人の移送が辛くなる」

「捕まっている人が邪魔になったら殺されてしまうのでは?」

「大事な飯の種だ……。ぎりぎりまでは殺さねぇはずだ。それに殺しても意味がないと思わせる状況を作り出す。どっちにしても話し合いが通じる相手じゃねぇ。やるぞ」


 ガトゥの声には確かな決意が込められている。

 避けられない戦いが近づいていた。

 アベルは頷く。

 

 追跡しているうちに陽は傾き、森の中は早くも薄暗くなっていく。

 ワルトが真新しい臭いを感じるというので馬はその場に繋ぎ、徒歩でさらに追う。

 ほどなく日没を迎えた。


 月光すら届きにくい森林の暗闇は深い。

 だが、イースとワルトは夜に強いのだった。

 二人が先行する。

 少し後からアベルが続き、背後の警戒をガトゥが担当した。


 やがて行き着いた原野に焚火をしている者たちがいた。

 草が繁茂していて、伏せれば体が隠れる。


 アベルが音を立てないよう慎重に進むと見張りがいる。

 見つけ出したのは三人。


 その三人は会話をしている様子で集まっていた。

 離れたところには他の見張りもいるだろう。


 アベルは注意深く観察をする。

 武器と防具。敵の体格。

 槍を持っているのが二人。

 もう一人は弩を背負っているようだ。


 近づいてきたイースが合図をした。

 アベルは敵に魔力を感じ取られることがないほど離れたところから気象魔術第三階梯「旋風招来」を最弱にして発現させる。


 すると、広範囲に渡ってやや強い風が吹いて大気が巻き上がる。

「旋風招来」は「突風」よりも範囲が広いのが特徴の一つだった。

 野の草がザワザワと音を立てる。


 足音が草ずれの雑音で消える。

 イースとワルトが闇の中、疾走した。

 音もなくワルトが跳躍。

 槍を持った男の首筋を背後から切り裂いた。


 さらにイースの大剣が隣の男の喉を突き刺す。 

 弩を持った男が狼狽えた瞬間、背後から駆け寄ったアベルの刀が首に食い込んだ。

 狙うべきは急所。

 大量の血が迸る。ビシャビシャという水を撒き散らしたような音。


 弩を手にした男の目が見開かれた。

 血の臭いが充満していく。

 見張りに声を上げさせず、殺すことができた。


 アベルたちは、さらに接近する。

 焚火は四つ。それぞれ適度に間隔があいていた。

 一度にすべてを襲うことはできない。

 イースが目を凝らす。


「あの焚火の集団に攫われた人はいない」


 指し示すのは、十人ぐらいの寝ている者たちだ。


「アベル。好機だぜ。人質を盾にされると強力な魔法は使えねぇ。あいつ等をここで纏めて殺しておく。頼む」


 アベルは頷いた。

 体内に存在する魔力、目に見えない質量を持ったものを活性化させた。

 さらに加速させるイメージ。

 魔力が高まったところで、「炎弾」を意識する。

 一つではない。数は五つである。

 同時に五つの炎弾を発現させることのできる魔術師は騎士団もでも僅からしい。

 本当はもっと出現させられる。しかし、五つで充分と判断した。


 寝ている集団に炎弾の群れが飛び込む。

 爆発。

 耳をつんざく衝撃。

 手足がバラバラになって吹き飛ぶ。

 奇襲は成功。攻撃を受けた十人は死ぬか瀕死だ。

 再攻撃の必要はない。


 アベルたちは別の集団に駆け寄る。

 当たり前だが、飛び起きた賊たちは大騒ぎをしていた。


「敵だぁぁ!」


 男の叫び声。

 ガトゥが小刀を投げる。

 叫んでいる見張りの目に突き刺さった。

 暗奇術の使い手であるガトゥは、癖技での攻撃を得意としている。


 先頭を進むイースが大剣を振る。

 立ち上がりかけた賊の顔面が、熟れた果実のように割れた。

 次いで流れるような突きが別の賊の胸に入る。

 精緻を極めた連続攻撃だ。


 両手剣を抜いた賊。

 上段斬りを仕掛けてきたが、イースは軽やかな動作で剣を弾く。

 そのままイースは巧みに敵の得物を絡めとるや、跳ね上げた。

 瞬間、両手剣が宙に飛んで行く。

 信じられないという顔をした賊。

 状況を理解しない表情のまま、男の肩と胸がイースの大剣で切断された。


 ワルトの素早さも並ではない。

 狼人特有の異様な動き。

 両手を地に着け、四足獣のごとく低く走り、足元から短剣で攻撃する。

 あるいは人間離れしたトリッキーな動きで蹴り、殴る。


 アベルは「氷槍」をイメージした。

 氷を硬質化したものだから鉄を貫通することはできないが、剥き出しの顔面や太腿などを狙えばよい。


「氷槍」


 射出された氷槍が賊の太腿に命中。

 戦闘など出来る傷ではない。治療しなければ死ぬほどの傷だ。


 いちいち数えていないが十人以上は殺した。

 さっきのと合わせて敵の半分を殺したことになるだろうか。


 アベルたちが原野を駆けると賊どもが攫った人たちを集めていた。

 皆、縄で連環状に繋がれているから一目でわかった。

 残った賊たちは二十人ほどだろうか。


「お前ら、なにもんだぁ!」


 賊の一人が叫ぶ。

 焚火の光に浮かぶ姿は、荒れくれた三十歳ぐらいの男。

 刀を掲げている。

 鎧も装着した戦士風だ。

 おそらく、頭目ではない。


 ガトゥが凄い大声で叫ぶ。

 威圧感があってアベルは何度経験しても聞くたびに驚かされる。


「ハイワンド騎士団。てめぇらを討伐に来た!」

「人質がいるぞっ! こいつら殺されてぇのかあ!」

「奴隷にされて亜人界で死ぬまで働くより、ここでケリをつけた方がそいつらも本望だろうよ。あとな、もし殺すんだったら覚悟決めろよ! 

 こちらもただの殺し方じゃあ済まねぇ。お前ら、ゆっくり切り刻んで、殺す!」


 声の質も相まって、脅迫以上の迫力があった。

 しばし沈黙。

 機を見てガトゥが叫ぶ。


「人質を離せ。もう二度とハイワンドに来ないと誓えば見逃してやる!」


 敵の戦士風の男が、背後で目立たず隠れていたローブの男に話しかけたのをアベルは見逃さない。

 あれが敵の首領の魔法使いだ。

 短い相談。

 戦士が頷いた。合図する。


 繋がれた人質たちの綱が切られた。

 怯えた人質たちが走って逃げて来る。その数十五人ほど。


「あっちへ走れ。とにかく走り続けろ」


 ガトゥが指示する。

 敵の人数をアベルは数えておく。

 十八人だ。


「さてと……」


 対峙は続く。

 怒りを含んだガトゥの声。


「おれぁな、約束ってのは人間とだけするんだ。魔獣と同じおめぇらと、いま何か取り引きをしたかぁ?」


 ガトゥは下品に笑った。

 賊たちが粗野な殺気を放つ。

 一気に横へ広がり出す。包囲を狙ってきた。


 こういう場合の対応もアベルたちは訓練してある。

 敵の右翼か左翼のどちらかに全員で移動して、一気に片をつける。

 素早さが全てだ。

 

 賊の左翼にイースが真っ先に攻撃を仕掛けた。

 広い盾を構えた賊。

 盾など無いかのように大剣を振り抜く。

 

 頑丈な盾がひしゃげ、斬撃に耐えられない賊は仰向けに転がる。

 再度、振られた大剣で冑ごと頭が割れた。

 いかにイースの斬撃が強力であるのか分かろうというものだ。


 ワルトは短剣を持つ。

 敵の両手剣を短剣でいなして、もう一方の腕でぶん殴る。

 

 アベルは敵の魔法使いに集中した。

 魔力の動きを探り、敵の手を読むのだ。


 この察知能力はアベルが常に意識して鍛えていることでもあった。

 魔力の動静に極めて鋭敏な感覚が、氷槍を使う気配を読み取った。


 アベルは火魔術第四階梯「火炎暴壁」を即座にイメージ。

 敵の魔法使いが二本の氷槍を連続射出してきた。

 火炎暴壁の魔法名を唱えて、発動。

 幅五メル、高さ二メルほどの炎の壁が突如、現れる。


 氷の槍が蒸発する。

 炎の壁を維持したまま、気象魔術第四階梯「極暴風」を発生させて炎と共に賊たちに浴びせかけた。

 首領の魔法使いが慌てて、中和を試みる。

 水壁を発生させた。

 しかし、守れたのは自分も含めて直ぐ傍の五人だけ。

 残りの十人以上は激しい熱風と炎の塊を浴び、動揺して伏せたり悶えたりした。


 ガトゥが駆けた。

 彼は片手に斧。片手に両刃剣。

 走りながら跳躍して全身をバネのように運動させ斧を投げた。

 回転した斧は、正確に敵の首領に飛んでいく。

 腹のあたりに命中した。

 ローブを着た男が倒れる。


 果敢にガトゥは残った無傷の敵へと突っ込んでいく。

 空いた手で、クナイに似た刃物を懐から取り出すと、やはり投げた。

 戦士風の敵の太腿に命中。短い悲鳴。

 致命的な隙だった。

 逃すはずもなくガトゥの突きが喉元に突き立った。


 アベルは魔術師である首領から目を離さない。

 まだ死んでないかもしれない。

 やはり魔力が蠢く気配があった。


――何をする気だ?


 土槍屹立だ。地面に魔力発動の兆候がある。

 アベルは魔術「土石変形」で敵の魔法に干渉する。

 土槍は形を取らず、魔法は発動しなかった。

 干渉の場合、注ぎ込んだ魔力量の多い方が勝つ。


 ローブに半ば隠れた魔術師の顔、口を戦慄かせて驚愕に歪む。

 ガトゥの蹴りがローブで隠れた顔に炸裂した。

 勝てないと理解した賊たち、一転して逃走を始めた。

 散り散りに逃げていく。


 逃すつもりはない。

 アベルは炎弾を発生させて、逃げる背中に命中させる。

 ワルトは俊足で駆け寄って蹴りを食らわせ、倒れたところで刺殺していった。


 そうして、おそらく全員を討ち取った。

 暗いから、もしかしたら逃げ切った奴がいるかもしれないが……。

 血の滴る大剣を手にしたイースが言う。


「静かにしてくれ」


 イースとワルトも耳を澄ませた。

 しばらくして頷いた。


「敵の音がない。終わりだな」


 呻き悶える首領の腹に斧がめり込んでいた。

 このままでは死んでしまうので、アベルは治癒魔法をかけてやる。

 生きたまま連れ帰って、仔細を聞き出し裁判にかける。


 賊の首領は右腕が手首から無い。

 以前から無かったようだ。

 ガトゥがいう。


「王道国の法律で、罪を犯した者の腕を斬り落とすというものがある」

「じゃあ、もとから犯罪者だったとことですか?」

「たぶんな。単に戦闘とかで無くなったのかもしれんが」

「やっぱり失った腕は再生できないのですかね」

「おそらく第十階梯などの治癒魔術師でやっとどうにか、だろう。そういう治療師は極めて貴重で、妙な奴が近寄ってこないように普通は隠れている。ましてや罪人のことなど治しはしないものさ。アベルでも治せないか」

「全然無理ですよ。半年ぐらい前に戦闘で片足を失った従者に試してみましたが、できませんでした」

「そうか……」


 火魔術のせいで原野に燻ぶりが発生したので、アベルは水魔法で徹底的に消しておく。

 山火事にでもなったら大変だ。


 賊の死体から首を切断する。

 意味がある。

 死体は魔素が濃いところに放置しておくと「歩く屍」に変異することがある。

「歩く屍」にあるのは食欲だけである。

 人間だろうと家畜だろうと、貪るために襲い掛かってくる。

 しかし、首を切断しておくと「歩く屍」には変異しない。


 ただし、首を落としても稀に「首なし死鬼」に変異することもある。

 それを防ぐには火葬なのだが、骨だけの「骸骨戦士」への変異もあり得る。

 もっとも、そうした変異を起こすのは、よほど魔素の濃い地域や森に限る。


 今の理由は、成果を見せるために証拠として首を持って帰るためだ。

 アベルは戦国時代の武士と同じだなと思う。

 異世界と言えども、人間は人間。

 状況が似ているから、やることも同じなのだろう。


 首領は魔法が使えないように舌を切断しておくことにした。

 完全な無詠唱、つまりイメージだけで魔法が使える特殊な者には無意味なのだが、ほとんどの者は詠唱を短縮したとしても魔法名だけは唱えなければ魔法が発動しない。

 アベルにしても完全無詠唱で使える魔法は治癒魔法だけであった。


 ちなみに舌を切断しても、長期間訓練をしたら不明瞭な呻き声でも魔法は発動するらしい。

 けれども切断した直後に使える者は、ほぼ居ないということだ。

 長い経験による魔法使い捕縛の術みたいなものだった。


 ガトゥが木の棒で口を無理やり抉じ開けて、ヤットコで舌を掴み、引き摺り出す。

 一瞬にしてイースが短刀で舌を切断。

 素早くアベルが治癒魔法で傷口だけ塞ぐ。

 四十歳ぐらいの痩せた男の魔法使いは泣いていた。


「泣くぐらいだったら人攫いなんかやるんじゃねぇよ! 何人殺しやがった!」


 ガトゥが、岩の塊みたいなデカい拳でぶん殴った。

 尋問は筆談でおこなうことになる。

 それは城でやることだった。


 アベルは刎ねた首を集めてきた。

 頬に切れ込みを入れて、丈夫な草などを輪にして通す。

 それを棒に結んで天秤のような感じでぶら下げて肩に担ぐ。

 こうでもしないと重たい首をいくつも運ぶのは苦労するというものだ……。


 さすがに全てを持ち帰るのは無理だったので、装備の良い凶状持ちと思われる者を優先した。

 その数、十。

 冬ならそのまま持っていくが、夏は腐ってしまうから塩漬けにしたり、茹でて骨だけ持っていく……ということもある。

 あるいは魔法使いが氷を作って、冷やして運ぶ。

 それは大将首などでやる特別待遇なのだが。


 泣くような嗚咽を上げる魔法使いを蹴飛ばしながら馬を繋いだ場所へ戻る。

 姿を隠す必要がないのでアベルは魔光を出した。

 すると暗い原野から助け出した村人たちが姿を現した。


「騎士さまぁ! ありがとうございますっ!」


 狂喜しながら若い男女が駆け寄ってきた。

 中には一二、三歳ぐらいの少女もいた。


 彼らは付近の二つの村から集められた人たちだった。

 村に戻ると、彼らは悲しむことになってしまった。

 肉親や隣人が殺されているところを見る破目になったからだ……。


 嘆き悲しむ彼らを、アベルは正視できない。

 自分だってアイラやウォルターを殺されたら同じ姿になるだろう。


 怒り狂った彼らが生け捕りにした首領の魔法使いを殺そうと、武器を持って集まって来る。

 それをガトゥが制止した。


「堪えてくれ。必ずこいつには償いをさせるぜ。どうしても我慢できなければ一発ぶん殴ってもいい。でも、殺さないでくれ……」


 結果、魔法使いの顔面は下手糞な粘土細工のように、どこが目鼻なの分からなくなるほど殴られ、鼻など完全に潰れていた。

 歯もほとんど折られてしまう。


 別に同情心は湧かない。

 故意に人を襲って、復讐されるのは当然なのであった。


 アベルは少し憂鬱になる。

 明らかに巨大な戦乱の余波を感じた。

 ハイワンドの領内を通過していく皇帝国の軍団、手足を失い帰還する兵士たち……。

 そして、奇妙にも頻発する賊の活動。

 なにか酷く不穏な気配が日々膨らんでいるのだった。


 幸運なことに今はイースという師がいる。

 イースとは一緒にいて苦痛にならない。 

 むしろ不思議な心地良さまで感じるときがあった。


「では、イース様。城に戻りましょう」 


 一瞬だけ、イースが微笑に近いものを美しい唇に浮かべたような気がした。





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