第15話 難癖、決闘、孤独飯の女の子
昼になりアベルは騎士団本部まで行くと、野外に裁判会場のようなものがあった。
椅子と机が並べられているだけのものだったが。
なぜか知らないが、カチェというハイワンド一族の少女も後からやってきた。
習い事が終わって暇なのかもしれない。
裁判長的な位置にロペスが座っている。
右隣にモーンケ。
それから騎士団の幹部たちに儀典長騎士スタルフォンもいた。
イースも末席に用意されていた椅子に座る。
喧嘩をした騎士イル・ハイドンもいて、彼は何ともつまらなそうにしていた。
それもそのはずで、実際のところ強盗事件では死体の片づけ程度のことしかしていない。
証言するようなことなどほとんど何もないのだった。
形式的な出席であろうと思われる。
アベルの椅子はないから、端っこの方で立っていることにした。
騎士や従者の見物人が二百人ぐらい集まっている。
好奇心で来たらしく、どことなく浮かれた雰囲気だ。
やがて捕まえた四人の賊が連行されてくる。
みんな拷問でもされたのか、顔が変形して赤黒くボコボコになっていた。
鼻血などで顔面が汚れている。
狼人の男は深手を負っているから、よろめきながら歩くのが精一杯の様子。
アベルはむしろ、よくあれで歩けるなと感心する。
準備が整い、ロペスが野太い大声で宣言をした。
「これより裁判を行う。領主のバース・ハイワンド伯爵様ならびに嫡男ベルル様はご不在により、このロペス・ハイワンドが代行する」
アベルが見たところ裁判と言っても弁護士はいない。
自供の内容を犯罪捜索隊長のポワレット・ワイズという初老の騎士が読み上げる。
ゴルドという見るからに殺伐とした凶悪な面相をした男が強盗団の頭だった。
三十歳の彼は、これまで憶えているだけで十三件の押し込み強盗をハイワンド領内で実行したと自白した。
さらに六人の人間を殺害している。
ゴルドの口ぶりでは、他にも十人以上を殺しているようだ。
他にも誘拐して奴隷業者に売った数は、五人。
盗んだ金額は金貨で約二十枚分。
十分すぎるほどの悪党だった。
従犯の人間族も人殺しをしていた。
意外なのは狼人のほうで、彼は今度の強盗が初仕事だったという。
人は殺したこともなく、飢えて仕方なく強盗一味に加わったと供述した。
無罪の証拠はないのだが、かといって被害の確認もできなかった。
ゴルドは狼人を口汚く罵っている。
いわく、あいつが負けたから俺達が捕まることになった……という理屈である。
裁判は淡々と続けられる。
従犯たちの名前と出身地が読み上げられた。
手続きが済むと、速やかにロペスが判決を下した。
「ゴルド以下、人間族の三名は死刑。狼人は奴隷刑とする」
呆気ないほどの死刑判決。
そして二審制でも三審制でもなく、このたった一回で確定だ。
判決を下したと言っても、記録騎士が過去の判例から似たものを調べ、なぞっただけらしい。
ゴルドが慌てて必死に叫んだ。
「まてっ! 俺は捕まるとき、おとなしくすれば死刑にならないと言われた! 騎士のくせに嘘をつくなっ! 約束を守れっ!」
ロペスが眉を顰める。
「イース! そんなことを言ったのか?」
「諭したのは我が従者アベルです。彼が死刑にならないかも、と説得したのは事実です。しかし、死刑にならない、とは言っていません。適切な対応でした」
ロペスとモーンケは何やら小声で相談している。
意外と長い。
アベルが目を凝らして観察していると、モーンケの狡賢そうな顔が邪悪な笑顔で歪んだ。
何度かロペスが頷いた。
それからアベルの方を見て威圧的な口調で言った。
「従者アベル。ここに来い」
――げっ!
俺か……なんだよ……?
内心、かなり不安を感じつつアベルは焦って前に出た。
「お前は騎士の心得をなんとする?」
唐突に意味の分からないことを聞かれた。
とはいえ早く答えなくてはならない。
ウォルターを思い、適当に答えるとする。
「はっ。人徳を持ち、弱きを助け、公平を持って対処することです」
幹部の騎士の何人かは頷く。
スタルフォンなどもその一人だった。
だが、ロペスは冷たい態度で言う。
「もっともな答えだが、なお問う。ならば、なぜ犯罪者に対して死刑に処せぬかも、などと言う。騎士は武断の存在である。小言で物事を解決するものではない。あやふやな約束を結ぶなど公正な態度でもない」
「はい。ロペス様。それは、その場に人質がいたためです。被害を出さないよう穏便に事を運ぼうとしました」
「騎士とは行動である」
「あの。僕は従者ですけれど」
「お前は従者とは言え騎士に恥ずる行いをした。言い訳を重ねるならこの俺が根性を叩き直してやるぞ!」
アベルには意味不明なのだが、ロペスは後半やたらとボルテージを上げてきた。
犯罪者よりもよほど恐ろしいロペスの剣幕に圧倒されて黙るしかない。
この怪力が本気で殴ってきたら大怪我どころではない。
もしかしたら殺されてしまう……。
カチェの件もそうだが、ハイワンド一族は手加減というものを知らなすぎる本気で狂った貴族どもだ。
「よって、ここに咎人ゴルドと従者アベルは決闘せよ」
――なんか斜め上の超展開なんすけど?
イースの声がした。
「ロペス・ハイワンド副団長。騎士イース・アークからお願いの儀があります」
「なんだ」
「従者アベルの失態は私の失態。どうか私にその命令を実行させていただきたい」
「ならぬ。従者は従者の責がある。しかもアベルは城雇いの者だ。決定権はこちらにある。さあ、準備をせよ」
周りの騎士や従者は「ザワッ、ザワッ」という感じだった。
アベルが表情を一瞥してみると明らかに面白がっている者もいれば、不審な顔をしている者もいる。
――まぁイジメだよな。これって。
猛烈にイラつきが込み上げてきた。
キレる寸前って感じがする。
いくら含むものがあるといっても、なんでこんな犯罪者と勝負しなくてはならないのだ。
アベルはロペスに言わざるを得ない。
「ロペス様。決闘は了解しました。しかし、咎人と私が対等の勝負をするのは間尺に合いません。まともに相手をする価値もない犯罪者です。武装はその何某とかいう男には許さないでいただきたい」
「何度言わせる! 騎士はいかなる時も武をもって断ぜよ。相手の武装など気にするなっ!」
ゴルドとかいう強盗犯の縄が解かれた。
思ってもみなかった展開に凶悪な笑みを浮かべていた。
モーンケが命じると、ゴルドの前に両手剣が放り出される。
素早くそれを拾い上げた。
そして、激しい憎悪の念を滾らせアベルを睨みつける。
即座にロペスが宣言。
「決闘、はじめい!」
鋭いカチェの声が聞こえてきた。
「アベル! そんな罪人に負けるなっ!」
追い詰められた獣が最後の反撃を強烈に行うように、ゴルドが剣を振り、雄叫びを上げて突っ込んできた。
「おあぁああぁぁぁ!」
殺意と怒りでアベルの頭が炎のようにカッと熱くなる。
アベルは水魔術「氷槍」のイメージを強く持つ。
すぐ目の前。大きさが前腕ほどの鋭い氷の槍が発生する。
次いで射出。
ゴルドの腹、ど真ん中に氷槍が突き刺さった。
「ぶっふ……」
走ってきたゴルドがよろよろと、ふらつく。
氷の槍から鮮血が滴った。
アベルは刀を抜いて駆け寄り、迷わず大上段から振り下ろした。
攻刀流、直下斬り。
刃筋が曲がらないように敵の体に対して直角に立てて斬り下す。
ただ、それだけだが、それが威力を生む。
ビシャ、という水を撒いたような音。
肩から刃が入って、片腕を切断。そのまま胴の半ばまで斬り裂く。
見る者を凍らせる見事な斬撃だった。
絶命した体が崩れ落ちた。
「おおっ」
という大勢の声が上がる。
興奮状態のアベルは肩で荒い息をする。
イースは席を立つと死刑判決を受け、縛られたままの罪人の首を鮮やかに刎ねた。
宙を舞う首。
血飛沫が霧となる。
儀典長騎士スタルフォンが「従者アベル。武断、見事なり!」と叫べば、拍手が上がった。
裁判は終わった。
~~~~~~~~
死体は従者たちによって素早く片付けられる。
板の上に乗せられて、どこかへ運ばれて行った。
嫌がらせというにも余りある差配を仕掛けてきたロペスとモーンケは何も言わず、さっさと立ち去っていく。
カチェはまだその場に居たがっていたが、むりやり本城へ連れて行かれる。
アベルは、ちょっと気になるものを見た。
瀕死の狼人が小さな箱に無理やり押し込められているのだった。
数人の男たちが、まさに荷物のようにそれを運び出そうとしていた。
「あの~、すみません」
「なんだ。あ、さっきの従者さんか」
「その狼人。どうするんですか」
「こいつは俺様。奴隷商人のボンズが買い取ったのさ」
太った四十歳ぐらいの髭面が得意そうに言う。
奴隷商人といっても見た目は普通の商人だった。
「そいつ。死にかけですよね」
「おおよ。だからな、こういうのは値切って買うのさ。銅貨九十枚だ」
「そのあとは?」
「毛皮さ」
奴隷商人は事もなげにそう言った。
「えっと、ちょっといいかな。商人さん。その狼男は死刑ではないのですよね。でも、それって実質は死刑ってこと?」
そこで初めて中年男は奴隷商人らしい悪そうな笑みを浮かべた。
これが本性だろうと察する。
「まあ、そういうことだ。たかが咎持ちの亜人風情。当然だろう」
「……では銀貨二枚で、そいつを僕に売りませんか?」
銀貨二枚は銅貨二百枚に相当する。倍値だった。
ボンズは顎鬚を捻り、考える。
「銀貨五枚ですな」
迷わずアベルは懐から銀貨五枚を取り出した。
それを無言で渡す。
物好きですなぁ、奴隷商人ボンズはそう言って瀕死の狼人を置いていった。
アベルは白く光る掌を、狼人の傷口に当てる。
見る見るうちに鎖骨まで切断されている傷が塞がった。
けむくじゃらの狼人が目を覚ます。
「な、なんでおらっちを助けてくださるんで?」
狼男は訛りの強い言葉で聞いてくる。
「証拠もないのに、事実上の死刑は重すぎる。それより、お前の話が嘘だったらおれが今度こそ殺すぞ?」
「い、いや。嘘じゃねえ。おらっち、ほんとに最初の悪さだ! めしを食わせてもらったで、断れなかっただよ」
「イース様。これでいいよね」
「良いか悪いか、そんなことは自分で決めろ」
「……それもそうか」
いつもは冷然とした表情しか見せないイースが、どことなく優し気に話しかけてくるのだった。
「アベル。お前は意外と優しいのだな。もっと冷酷な人間かと思っていた」
「別に……僕は善人じゃないですよ。ウォルターって父上の名前なんですけれど、一度だけ会ったことありますよね。あの父上の影響かも」
「そうか。そうだな。子にとって親は大きいものだな。それで、その奴隷の狼人をこれからどうするのだ?」
「どうするって、どういうことですか」
「お前の所有物だろう」
狼人は罪で奴隷刑になった。
所有者はいまアベルだから、あとはどうしようとアベルの勝手なのだった。
アベルは狼人に素っ気なく言う。
「おまえ、もう行っていいよ」
「そういうわけにはいかねえずら! 恩は返すずら」
狼人の目が、なんだか忠誠に満ちた円らな瞳に見えて来るから困る。
「僕、もう本当に今日はちょっと疲れているからさ……決闘したり勉強したり。何なんだよ、いったい……。イース様。今日はこのあとどうしますか?」
「特に予定はない」
「じゃあ部屋で休んでいいですか」
イースは静かに頷く。
さっそくアベルは日当たりの悪い建物の部屋に戻る。
イースのベッドに潜り込んだ。
やたらと良い匂いがした。
女の子の甘い残り香……。
――どうなってんだ?
従者になってから、本当に疲れる。
ブラックだ。
また過労死だ。
イースは、ぐっすり眠り込むアベルを見守る。
その紅い瞳はいつになく穏やかで……。
~~~~~~~~
城に戻ったカチェは体を浴室で洗ってから夕食のために食卓へ着いた。
大きな、二十人ほどは座れるテーブルにカチェ一人。
父も祖父も不在。
二人の兄はいつも共にいて、カチェとはほとんど一緒に食事を摂らない。
兄たちとは母親が違うせいか、関係はよくなかった。
だいたい年齢も離れているため話題など全く合わない。
一人で豪華な晩餐を食べても、あまり美味しくなかった。
やけに思い出すのはアベルのことだ。
どことなく陰がある男の子だった。
顔の造作は悪くないのに暗さが漂っている印象。
丁寧な態度ではあるが、こちらを見透かしているような気配だ。
カチェは思いつく。
子供らしくない。
そうだ。
子供とは思えない。
これはよほどの教育を受けたんだ。
父親はウォルター・レイといったか。
誰だ?
気になる。
だいたい、まだ十歳らしいが、あの強さは何だ?
年上の自分が負けるなどあってはならない。
そうだ。
明日また、稽古に誘おう!
そう思いつくとカチェはたった一人のテーブルで満面の笑みを浮かべた。
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