142話 拡散スル災厄
「スヴァローグ、お前も一緒に来ないか?」
俺がそう問いかけると、スヴァローグの表情がぱっと明るくなった。
けれど、徐々に淋しげな表情へと変わっていく。
「ありがとう少年……とても、とても嬉しいよ。だがな……」
「皆には俺から説明する。きっと分かってくれるよ」
「違うんだ少年……そういう事ではないんだ。私はこれから、しなければならない事があるんだよ」
「それは俺達にも手伝えることか? 皆で分担して出来る事なら、その方が早く済むだろ?」
「まったく君ってやつは……。気持ちだけありがたく受け取っておくよ。残念だが、これは私にしか出来ない事なんだ。まぁ、君への説明は直接見せた方が早いだろう」
スヴァローグはそう言うと、どこからか取り出した黒い小さなカプセルを、焚き火に放り込んだ。
そして何かが弾けた音がしたかと思うと、焚き火の中からズモズモと、黒い金属が現れた。
金属は燃え続けながら膨張し、スヴァローグの3倍程の大きさにまでなっていく。
なんかあれだな、小さい頃に遊んだ地味な花火に似てるな。
「モノリスは、私の研究史上トップ3に入る代物でね。熱を喰らい膨張し、初めに覚えた遺伝子情報を元に、その生物に擬態しようとするんだ」
「覚えた遺伝子……?」
「形状記憶合金というものを聞いたことはないか? あれと似たようなものさ。私はそれを生物に利用したのだよ」
スヴァローグの説明と共に、火に焚べられたカプセルだったものは膨張を続け、やがて鳥のような姿となっていった。
「これは……カラス……?」
「さよう。この個体はレベル2の、ベースに鳥類カラス科―ハシボソガラスを採用したモデルさ」
個体ごとに記憶出来るベースは基本的に一つしかなく、レベル毎に大きさが比例し、レベルは最大で16段階まであるそうだ。
カラス型のモノリスは身体の膨張が止むと、火の粉を散らしながら上昇し、自身の動きを確認するかのように空中で旋回した後、スヴァローグの隣に静止した。
生きたカラスに、光沢のある黒い液体をかけたような、近くでまじまじと観察しなければ本物と見間違うほどの造形だ。
機械が駆動する際のモーターのような音もしないし、動く様が妙に生々しい……。
もはやこれは、骨や筋肉、羽等が金属で出来ているだけの生き物と言っても過言ではない。
「生物がそうであるように、モノリス達は自立し、自律し、時には侍立する。同じベースでも、個体によって差があるところが実に興味深くてな。形を再現しただけで満足する者や、この個体のように、意味もないのに羽繕いをする者もいるんだ」
スヴァローグは、モノリスがいかに素晴らしい開発かを語る。
個体とコピー元の生物には相性があるらしく、相性がいい組み合わせ程、見た目や仕草が本物と似ていたり等、元の生物に近い完成度になるのだとか。
逆にそうでない場合は、元の生物と相違する点が出てくるらしい。
例えば、本来おとなしい性格の動物が凶暴化していたり、ひどい場合は角のない生物に角があったりもする。
以前俺達を襲ってきたスヴァローグ型のモノリスのレベルは6。
レベルが高ければ必ずしも身体が大きいというわけではなく、その過剰分は戦闘力へ回すことも出来るらしい。
というか、あの強さでレベル6ってやばすぎるだろ。
スヴァローグが作ったモノリスは、確かにすごい。
それこそ、俺の星に持ち帰りでもして、それが明るみに出たら、ニュースは一年中モノリスで持ち切りなはずだ。
いや、それは言い過ぎたか。
しかし、これとスヴァローグの抱えてる問題の関係性が未だ見えてこない。
「お前の発明がすごいのは分かったよ。その有用性と危険性も。で、そのモノリスとお前がこれからやるべきことに何の関係が?」
「私が作成したモノリスは、トレースを終えていない者も含めると500機程。それらは各地の私の9つの研究所に分散保存しているのだが、数日前から研究所との通信が途絶えたままなのだよ」
「それって、もしかして……他の黒い機械達の……」
「おそらくな。裏切りの報復として、研究所は破壊されたと考えるのが妥当だろう。まぁ、きちんと壊してくれてるならまだいいんだが、そうでない場合が問題でな……」
スヴァローグは妙に冷静に話す。
膨大な時間をかけた研究がないがしろにされたら、もっと怒るだろ、普通。
使えるかどうかは分からないけど、すごい発明がもっとあったかも知れないのに、というか絶対あるだろうに。
「中途半端に壊されてたら、何がマズいんだ……?」
「オフィサー達の破壊のやり口は、適当に爆薬を撒いて終わらせる事が多い。そして、さっき君が見たように、モノリスを制御してるカプセルは、火に焚べるだけで破裂する」
「あ……」
「疑似る前のモノリスは、中心の核に磁力を持った粉末なんだ。熱を求めて風に乗り、数百キロ移動することもあった」
「あ……」
「つまりは少年、研究所にいたモノリス達が星中に拡散したかもしれないのだ」
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