107.5話 アリス・イン・ワンダーワールド ~平和の代償~

「二人ともそこまでだっ」


 白衣を身にまとった優男が、アリスとロムを呼び止めた。

 セシリアから通路に人がいるという情報は無く、内心とても慌てふためいていたアリスは唐突にロボットのふりをすることにした。


「こ、コンニチハ。キョウモ、イイテンキデスネ」


「あー、いや……えーっと……僕だよ、アリス。その様子だと治療は上手くいったみたいだね」


「ギルフォード!? セシリアは、あなたは今別の場所にいるって言ってたのに……」


「うん。システム上そういうことになってはいるよ。パートナーアシストシステムをあざむけるなら十分使えそうだ」



 思わぬ人物との遭遇にたじろぐアリスに対し、白衣の男は言葉を続ける。


「ロムには僕の端末でのみ把握できるGPSがついていてね。君たちがここへ来るのは分かってたんだ。君の発案でここへ潜入しようだとか、そんなところだろう?」


 警備ロボットを下げておいて良かったよと、呆れた顔で笑いながら、ギルフォードはロムの方に体を向き直す。

 それを見たロムは小さな体を更に小さくしながら、ドクター、ごめんなさいと呟いた。


「第一声が言い訳だったら叱ろうと思ったけど……うん、許そう。よくここまでアリスを連れてきたね」


 ギルフォードは、ロムの頭を優しく撫でながらそう言った。

 次いで、アリスの現状とセシリア、パートナーアシストシステムがどこまでの事が可能なのかの報告をするようにロムに命じた。


「じゃあロム、よろしくね。アリス、君はこっちだ。アーティファクトの実験室が見たいんだろう?」


 この研究所の警備ロボット達は、本来であれば通達なしで接近する物体を無条件で制圧するようにプログラムされている。

 ギルフォードはアリス達が近づいていると分かると、セシリアの機能を図るために警備ロボの機能を停止させ、敢えて入り口を用意していた。


「もし次から来るときは連絡をよこすんだ。ダメと言えば言う程、君はここに来たがるだろう。ロムが本気を出せば多分入れてしまうのだろうけど、ハッキングされた警備ロボットを一々直すのも面倒だからね」


 ロムは研究所に来る前に、人と同じ大きさのロボットなら同時に10機は操作できると言っていた。

 ロムの能力を目にしたことがないだけに、アリスは半信半疑だったが、ギルフォードが真面目に話す様を見て、ロムの能力に確信を得た。


 アリスに残る疑問としては、ギルフォードが何故、セシリアに嘘の情報を流す必要があったのかだ。


「私達はあなたに黙って何かをする事はあっても、貴方を裏切る気はこれっぽっちもないわよ? 何よりロムは、ここに入る直前まで私を止めようとしていたわ」


「勝手に何かするのもやめて欲しいけど……。僕の位置情報を挿げ替えた理由は、君達を騙すためじゃないさ」


 最近になって、外部はもちろん、内部の人間すら怪しく見えてきてね、そのためだよ、とギルフォード。


 この数年間、ギルフォードは5体のアーティファクトを完成させるためだけに身を呈していた。

 必要な技術は人から無理矢理にでも奪ったり、他人が研究中の技術を軍の力を使って完成させてしまったり。

 戦争をいち早く終わらせるためには、手段を選んでいる暇はなかった。

しかし、ギルフォードが気付いた頃には、周りは敵だらけになっていたのだった。

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