77.5話 ドクターとLEチルドレン4 ~延命の代償~

「いいか、くまなく探せ! 病気が拡散したら都市中がパニックになるぞ!!」


 ガスマスクを付けた兵士が、土足のまま施設へ踏み込んでいく。

 子供達は危険を察知しうまく隠れていたが、この狭い施設内で見つかるのは時間の問題だ。

 しかし、ギルフォードには子供達の隠れている場所に心当たりがあった。

 かくれんぼの際にニアが見つけた2階の角部屋の床下。

 兵士達に気付かれずにそこへ辿り着き、外へ連れ出そうと考えた。


 兵士達がまだ1階を探している内に、ギルフォードは角部屋に急ぎ、床にしゃがみ込み、小声で話しかけた。


「(みんな、急いで屋敷から出るんだ!)」


「(外の怖いおじさん達は誰?)」


「(話は後! とにかく今はs)」


「メガネでも落としたのか? ドクター……」


 大佐はギルフォードの後を付けて来ていたのだ。

 焦っていたギルフォードは、2階へ上ってくる彼の足音に全く注意出来ていなかった。


「もういいよな……。感染者を匿っていたとあれば重罪だ。それはお前もよくわかっているだろう……」


 大佐は寂しげに、しかし力強く訴えかけた。


「はい……ですが! 病気の進行は、遅らせることが出来る! もう少しで治療法も見付かりそうなんです!」


「いい加減にしろ!!」


 怒号と共に、ギルフォードの胸倉を掴む。


「遅らせるのは研究だけでたくさんだ! お前がSTARS計画を遅らせた分、戦争の犠牲者が増えるんだ! 救える命が減っていくんだ!」


 大佐の大声で兵士達が部屋に集まってくる。


「ここに認証タブレットがある。STARS計画に必要な人数5人……隠れているガキの中から選べ……」


 大佐は、目に薄っすらと涙を溜めながら言った。

 静かに言い放たれた言葉の意味を理解する事に精一杯で、ギルフォードにはその涙の真意は分からなかった。


 1ヶ月以上先延ばしにしてきた計画の対象者選定のつけが、最悪のタイミングで払われた。

 現段階の技術では、高度なAIを手に入れる代わりに、対象者は確実に死ぬとされていた。

 そんな重い選択を、彼が選べるわけがなかった。

 1ヶ月……いや、技術を発見した段階から、ギルフォードは苦しみ続けていたのだ。


「大佐……それだけは……どうか……」


 軍は全てお見通しだった。

 自分がどんなに情けない顔をしながら懇願したか、ギルフォードには分からない。

 けれど大佐の後方の兵士達が、思わず構えていた銃を下ろす程だった。



「ドクターをいじめるな!!!」


 床から子供達が飛び出し、ギルフォードの胸倉を掴んだままの大佐に飛び掛かっていく。

 しかし、所詮は子供の攻撃。

 ギルフォードの身長より30センチも大きい大佐にとって、犬がじゃれているのと同程度だった。


 子供達は始めこそ必死になって叩いたり噛みついたりしていたが、ギルフォードのぐしゃぐしゃの顔を見て、一人……また一人と力なく座り込んでいく。

 そして釣られるようにすすり泣く。

 大人達の話はよく分からなかったが、子供達はきっと怖いことが起きていると実感していた。





 子供達とギルフォードのすすり泣く声を、タブレットの承認が完了した音が止めた。






「これでいいんでしょ。さぁ、ドクターを離して」






「ニア……?」






 ギルフォードの視界は涙で見えていなかったが、優しい声の持ち主が誰だか一瞬で分かった。






「先越されちまったな……ニア、そいつをよこしな」






 そして狭い部屋に響くタブレットの承認音。



「やめ……やめてくれ……! 君達それが何なのか分かってるのか!!??」


 怒り、悲しみ、自分の無力さ……。

 ギルフォードの頭の中はもう色々な感情でごちゃごちゃだった。






「ドクターが笑ってくれるなら、それでいいよ」





 つづいて3回分の承認音。






 胸倉を掴んでいた大佐の拳が、そっと開かれた。




「これで5人分……だな。明日の10時にまた来る。邪魔したな」



 ドアを開け放し、すすり泣く声に背を向けながら、大佐達は施設を後にした。






―――――――――――――――――――――――――――

もう少しだけお付き合いください。

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