36話 げいげき

 N2の右腕は、白色に鈍く輝くナイフに変形した。

 刀身はN2自身と同じくらい。

 不格好に見えるが、動く事に関しての支障はなさそうだ。


 右腕にできたナイフを眺めながら、ふむ……なかなか、とN2。

 そしてN2が、近くに落ちていた金属片をナイフで触れると、その刀身はずぶずぶと金属に埋もれていった。

 まるでケーキにナイフを入れるかのように金属に切り込みが入っていく。

 一体どれほどの切れ味があれば、金属をあの様に扱えるのか……。


 N2はデカN2を再び操作し、先程飛ばして無くなった左腕の素材の金属を、磁石が吸い付くように周囲から集めた。

 地面に散らばった金属片達が、デカN2の左腕にみるみる集まっていく。

 その金属片と一緒に、N2自身も左腕の一部として取り込まれてしまった。


 デカN2の左腕の先端部分には、白く輝くナイフが見えている。

 いや、お前が武器になるのかよ……。


「これで対等だ! 覚悟しろ!」


 腕の中で喋っているから、若干声が籠っている。

 これでは、やつも覚悟しづらいんじゃないか、N2。


 黒い生命体とデカN2が同時に駆け出す。

 が、デカN2は黒い生命体とは少しずれた方向へ走っていく。

 そして何もない空間に、ナイフである自分自身を突き出した。

 ダメだあいつ……腕に埋まって外が見えてない……。


 俺とN2の距離は遠く、声さえ聞こえないが、突き出した後の、やったか? みたいなリアクションはなんとも言えない虚しさがあった。


 黒い生命体がその間を見過ごすはずもなく、デカN2の左腕は再び切り落とされてしまった。

 もう一度言おう。

 真面目にやってくれ……。


 切り落とされた左腕は、チップの磁力が作用せず、バラバラの金属片に戻ってしまった。

 その金属片の山から、ぷはぁ、と這い出てきたN2。

 間髪入れずに、黒い生命体がN2に追い打ちをかける。


 黒い生命体の持つ刀も特別性らしく、強度はN2の白いナイフと同じくらい。

 しかし、ナイフと刀では当然リーチの差が大きい。

 かろうじて2本の刀による攻撃をナイフでいなしてはいるが、防戦一方で反撃する余地がない。

 デカN2を操作する余裕もなさそうだ……。

 まずい……なんとかしないと……。


「んん……。レイ様……?」


 手のひらの上で休ませていたピノが目を覚ました。


「ピノ……よかった……。体の様子はどう?」


 雨水での冷却が効いたのかな。


「すみません、暑さで気を失ってしまって……。今のところ状態は良いみたいです!むしろどことなく力が漲っているような気がします! それと、かけて頂いたこの水……ただの水じゃないですよね?」


 ピノは腕をぶんぶん振って、我復活せり、とでもいうようなアピールをして見せた。

 よかった、元気になったみたいだ。


「それはN2が船から持って来た雨水なんだけど……。ごめん、ピノ。今それどころじゃないんだ」


 燃え盛る景色の中に、互いの剣を交える黒い生命体とN2の姿をピノに見せる。


 ピノはコク、と頷くと、


「友の……ピンチですね」


 と言い、手のひらからするりと下りた。


 地面に降り立ったピノの両腕が、淡く緑色に輝きだす。


「レイ様をお守りして」


 そう言うと、ピノの腕から輝く粉がふわっと舞い、地面を這うように散布されていく。

 粉がすうっと地面に吸収されたかと思うと、そこからもこもこと植物の芽が生えだした。

 小さな芽達はみるみる成長し、5つ程の芽が一つの束となり触手のような蔓を形成した。

 俺の身長と同じくらいの高さの蔓が10本、周囲を取り囲む。

 その蔓達は近くにある燃えた植物をなぎ倒し、燃えた地面を掘り起こし、周囲を鎮火した。


「レイ様はここにいてください。ピノはN2のところへ」


「い、いってらっしゃい。気を付けてね……」


 ピノは、うねうねと動く蔓達を残し、N2のもとへと向かう。

 リアクションを取る暇もなかった。

 ピノに雨水のあげ過ぎは良くないと、ひそかに思った。

 火に弱かったり、水をあげると元気になったり、ピノは植物の特徴を色濃く受けているのかもしれない。

 作ったやつの考えは分からないが、必要な機能なのだろうか……。



 戦いに加わったピノは、さっきと同じ要領で地面から蔓を生やし、黒い生命体の動きを止めようとしている。

 しかし、黒い生命体の動きは早く、生えては切り落とされを繰り返している。

 ピノも一定距離を保って攻撃を受けないようにしてはいるが、やはり心配だ……。

 あの奇麗な緑色のボディを傷つけられたくないし、そんなことされたら俺自身冷静を保っていられるかどうか……。

 そう思うといてもたってもいられず、近くにあった金属片を拾い黒い生命体に投げつけた。


「この、ゴキブリ野郎!!!」


 手から放たれた金属は、カーンという音と共に黒い生命体の頭部を直撃した。

 直撃したというと威力がありそうだから、小突いた、程度にしておこう。

 とにかく、金属片は生命体の頭部を小突いた。


 黒い生命体は一瞬動きを止め、ふとこちらを一瞥したかと思うと、猛スピードで接近してきた。

 あいつさっきから、ちょっかいに対する抵抗が低すぎるぞ!

 ゴキブリが気にくわなかったのかな……そこは謝ろう。

 この件に関して、ゴキブリはなにも悪くない。



「レイ様に!!! 近付くなああああ!!!」


 怒りを体現したような聞いたこともないピノの声が、突進してくる黒い生命体の後方から聞こえてくる。

 直後地面からおぞましい程の大量の植物が芽を出し、黒い生命体の後を追う。

 大量の芽は何本かの蔓となり伸びてくるが、黒い生命体には追い付かない。


 周りに生えていた内の一本の蔓が、俺の胴体にくるりと巻き付いて後ろに追いやり、そのほかの9本の蔓が迎撃態勢に入った。

 しかし相手は金属をも切断する刀を持った機械。

 当然分が悪く、守ってくれている蔓は次々に切り落とされていってしまう。


 残り3本になろうというところで、後ろから伸びてきていた大量の蔓達が追いついた。

 猛威を振るう刀を絡め取り、右足、左足、と拘束していく。


 最後のあがきの一太刀が俺の頬をかすめたのを最後に、黒い生命体はついには全身を絡み取られ宙に浮いた。

 身動きが取れないまま持ち上げられた黒い生命体は、鞭のようにしなる蔓に勢いよく振り下ろされ、地面に叩きつけられた。

 目の前で黒い生命体が上がったり下がったりしている。

 これ……ピノが命令してるんだよな……。


 幾度か叩きつけられた後、黒い生命体は数か所からバチバチと火花を散らしていた。

 そして蔓により、すうっと空高く持ち上げられる。


「お前の一番の罪は、私の相棒を傷つけたことだ、黒いの」


 右腕をバレルに変形させたN2がいつの間にか足元にいた。


「これは、燃やされた植物の分」


 N2の白色のバレルからエネルギー弾が発射され、黒い生命体の右胸辺りを貫いた。


「これは、切られたデカN2の分」


 エネルギー弾が、黒い生命体の左胸辺りを貫いた。


「そして、これは……お前が付けたレイの頬の傷の分だ!!」


 先程よりも多くチャージされたエネルギー弾が、黒い生命体の中心部を貫き、空中で生命体は爆散した。

 かすめたと思っていた刀の攻撃は、頬に切り傷を作っていた。

 体に巻き付いた蔓が身を引いてくれていなかったら、致命傷になっていたかもしれない。

 というか、俺の傷の分ずいぶん重いな……。


 それだけ、私も怒っている! と、N2。


「あ、ガソリンの分を忘れていた……」

 と、爆散した黒い生命体の破片を軽く踏みつけた。


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