最終章

その日、空はどこまでも青く澄み渡っていた。


わずかな雲は、綿菓子のように点在し、


のどかな、そして優しさを感じさせる秋の訪れを予見させた。




東海・関東大震災の復興は進んでいる。


政府は国家プロジェクト並みの特別予算を立て、被害地域への支援を急いだ。


多数の犠牲者を出しながらも、この国は、その傷跡を癒しながらも


一歩一歩、着実に未来へと向かっていた・・・。




林田郁美は集中治療室から一般病棟に移されていた。


依然、こん睡状態に陥った原因は不明だったが、

体が示すあらゆる数値が


正常になり、安定したためだ。




郁美の病室には彼女の両親の他、速見藤吾と浅川雄一の姿があった。




郁美は自分がこん睡状態にあった間、日本を襲った大災害に驚愕していた。


以前から予測されたたいたとはいえ、本当に南海トラフを起因とする巨大地震が


起こったとは信じられなかった。


その一方で、自分がこん睡状態の時に体験した


『夢』のことのほうが、現実感を帯びていた。




後で両親に聞かされたのだが、うわ言のように、不可解な言語で


何かをつぶやいていたこと。そして江野に対して、『光を取り戻して』


と懇願していたこと。


記憶にはなかったが、天使と共に空を飛んでいたあの不思議な夢のリアルさを


考えれば、自分の中で、何かが起こったことに何かを教えられえた。


そして、これから自分が何をすべきなのか・・・揺ぎ無い確信を覚えていた。




「オレのとこは耐震設計のマンションだったから壁にヒビが入る程度で何とか


 なったけど、浅川ン家は大変だったんだよなあ」


速見が深刻そうに言った。




「ああ、オレんとこは一軒屋だし、それに築30年以上だったから


 半壊っつーか」


浅川が頭を掻きながら答える。




「でも、浅川君の家族は無事だったんでしょ?」


ベッドの中の郁美が問いかける。




「うん、お袋も親父も弟も無事だった。まあ不幸中の幸いってとこかな」


浅川は照れ隠しのような表情で微笑んだ。




「それにしても、あの噂、信じられねえよな」


速見が言う『あの噂』は、東海・関東大震災の1ヶ月後もなお、


インターネット上で騒がれていた。


『あの噂』・・・・・・大地震発生直後、関東地方上空に現れた巨大な


竜巻のことだ。


 ただ竜巻が発生しただけでは、これほどに騒がれはしなかったかもしれない。


その巨大竜巻の中に、3人の人影を見たという人々がいたのだ。


それも、その3人の人影には翼があったとか証言する者もいた。


しかし、ある人はその光景をスマホで撮影したらしいが、


その画像をどんなに解析しても、そんな人影のようなものは


見つからなかったということだ。




「まあ、都市伝説みたいなもんだろ。あんな状況だったんだ。幻覚を見ても


 おかしくないよ」


浅川の冷静な意見に、速見もうなづく。




でも・・・・・・と郁美は思う。


その中に江野先生がいたような気がしてならなかった。


もちろん、そんなことはあり得ない。そう頭で否定しながらも、あの夢のように


現実感が拭いきれないでいた。





江野生人の姿が、郁美の入院しいている総合病院の正面玄関の前にあった。


黒いレザーのパンツに、同じ黒皮で、無数の鋲の打ち込まれたジャケット。


履いている黒いブーツにも、銀の鋲が打ち込まれていた。


アンダーには、黒いロングシャツを身に着けている。


そして彼の右手には、大きな花束が握られていた。




総合病院の中に歩を進める。江野は何の迷いも無く、郁美の病室に向かった。




A棟の307号室。そこが郁美の病室だ。


江野は彼女の病室の扉の前に立った。


その扉の窓ガラス越しに、彼女の両親や、速見と浅川と楽しそうに


談笑している姿を見た。




「あの、この病室の患者さんに御用が?」


江野の背後から女性の声が問いかけてきた。振り向くと、


病院食をカーゴに乗せた看護師の姿があった。




「これを林田郁美さんに」


江野はその病院食の隣に花束を置く。少し不思議そうに、その看護師は


江野の去っていく後姿を見つめた。




総合病院を出ると、江野は真っ青な空を見上げた。


まぶしく輝く陽の光が、まわりの全てに惜しみなく降り注いでいる。




「光は素晴らしい・・・・・・」


そう、独り言のようにつぶやくと江野は足元にできた、


自分の影に視線を落とす。そしてまた、つぶやいた。




「光は、こんなにも黒い闇を造ってくれる・・・・・・」




江野の姿は、行き交う人ごみの中に消えた。


その姿はまるで陽炎に浮かぶ幻影のようだった―――。

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DはDevilのD  D is the devil's D. kasyグループ/金土豊 @kanedoyutaka

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