第19章

目の前に天宮務がいた。両手を郁美の頭を挟み込むようにして、

じっと彼女の瞳を見つめている。


ここはどこだろう?その状況下にあって、郁美の心は不思議と冷静だった。

白いもやがかかった世界ともいうべきだろうか?周りには何も無い、

永遠のようなそれでいて有限のような空間の中に自分はいる。

地面に立っている感覚すらなかった。地上というものが欠落しているようだ。

手ごたえというか、脚応えが無い。まるで夢の世界にさまよいこんだ様だった。


でも意識ははっきりしている。聡明なくらい。

この日常とはかけはなれた状況でさえ、郁美の気持ちは落ち着いていた。

その様子を見つめていた天宮がさぞ不思議そうに微笑む。


「さすがだな。さすが彼女の生まれ変わりだ。天の者の私でさえ、感服するよ」


天宮が手を差し伸べる。


「さあ、私の力になるのだ」


林田郁美の光の魂は急速に消えていった―――。


八王子市にあるある総合病院の

集中治療室に林田郁美の姿はあった。

ただ、彼女はベッドに寝かされ、様々な医療機器に囲まれている。

その一室には郁美の両親と速見と浅川の姿もあった。


速見は医者と郁美の両親に、覚えている限りのことを

語った。新聞部の部室に突然、松田玲子教諭が現れたこと。

そして彼女に暴行されて、浅川と共に気を失ったこと。

気がついたら、郁美の姿は無く、二人で必死に探したこと。

すると美術室に郁美が倒れていて、携帯電話で救急車を呼んだこと・・・。


病院に緊急搬送された郁美は、呼吸が浅く心拍数もその命を保つには心もとない数値だ。

現在も昏睡状態で、医者たちの尽力で何とか命を繋ぎとめている状況だった。


郁美の両親は彼女のすぐそばの椅子に座り、手を取り合って一人娘の姿を

見守っている。

郁美の母親は泣き崩れて、その夫がやっと支えている。


一応に医者たちは、郁美の状態に首を傾げた。彼女の身体には、

どこにも以上が無いのだ。

それなのに瀕死の状態である。突発性の心不全としか、

カルテに書けないでいる。

担当の主治医は、郁美の両親にこう告げた。


「すべての手は尽くしました。ただ、申し上げにくいのですが

 覚悟だけはしておいてください」


その言葉を聞いて、郁美の母親は気を失った・・・・・・。




「審判の時まで、あと数分だ」

ガブリエルは不敵な笑みを浮かべ、天を仰いだ。


「キミはおとなしく、ハルマゲドンの序章を見ていろ」


ガブリエルはその巨大な翼を大きく広げた。その身体が地面を離れて、

浮遊しはしめる。見る間にガブリエルは飛翔した。

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