願いが叶う三分間

機人レンジ

その三分が長く感じる

「我を呼び出したのは貴様か。さぁ、願いを三つ唱えるがいい。ただし、制限時間は三分までだ」


 骨董品屋で買った古文書の記述通りに儀式をしたら、こうしてコウモリの翼を生やした魔人が現れた。なんということだ、世の中まだまだ神秘にあふれているということか。


 なんて与太話をしている暇はない! 私はほんの好奇心で儀式をしただけに過ぎないんだ! 魔人なんてたいそうなものを呼び出すわりにはずいぶん簡単な手順だったから! 詳細は時間がないので省く!


 だいたい私は優柔不断なんだぞ! カップアイスのバニラか抹茶、どっちを買うかで二時間迷えるくらいだ! いきなり願い事を三つ言えとか無理だ! しかも時間制限付きだと!


「どうした、早く願い事を唱えろ。もう一分経過してしまったぞ」


 あぁもう、じらさないでくれ! こっちの気も知らないで!


「えーっと……じゃ、まずはお金をくれ! いくらまでなら手に入る?」


「いくらでも。望むがままだ」


「そっ、それじゃ百億円!」


「承知した」


 魔人が指を鳴らすと、私の目の前にドンっ! と大量の札束の塊が現れた。ピン札特有のインクの匂いまでする。めまいでクラクラしてしまった。


「ほっ、本当になんでも叶えられるんだな! すごい! 本当にすごい!」


「感心するのは良いが、もう二分経過だぞ。まだ二つ願いは叶えられる。どうするのだ?」


 そうだ、小躍りしている場合ではない。しかし興奮のあまり喉が渇いた。だからついつぶやいた。


「はぁ、水が欲しい」


「承知した」


「はっ? いや待てそれはちが……」


 だが時すでに遅し。魔人が指を鳴らすと、ペットボトルに入れられたミネラルウォーターがポンっ! と現れたのだった。


「あぁ! なんてことしてくれた! 貴重な願いを無駄にしやがって!」


「お前が不用意なことを言うのがいかんのだ。ところで、残り時間はあと三〇秒だ」


 昇っていた血が引いていった。もうそれだけしか猶予がないのか。しかもすでに二つ目の願いのはくだらない形で浪費してしまっている。


 次の願いが最後。何を叶えるべきか。すでに破裂寸前だった心臓がさらに鼓動し、脳の回転はジェットエンジンばりに加速した。時間が引き伸ばされ、永遠になった感じがした。


 そして、素晴らしい妙案を導き出した。


「確認させてくれ。制限時間は三分間だったな」


 私は魔人に確認する。


「そうだ。ちなみに、残り時間は二〇秒」


「そして、どんな願いも叶えられるんだったな?」


「その通りだが、一応忠告しておくと、願いを四つ叶えろはルール違反だぞ。いずれにせよ増えた願いを唱える間に制限時間を超えるがな。さぁ、残り一〇秒だ」


 私はほくそ笑んだ。ならば簡単だ。どうしてもっと早くこの願いを思いつかなかったのか。


「ならば、私が叶えてほしい最後の願いは一つ!」


 魔人が私の顔を注視した。どす黒い瞳に怖気づきそうになりながらも叫んだ。


!」


 どうだ魔人よ。時間制限があるというなら、その時間を永遠に引き伸ばしてやればいいのだ。これで好きな願い事をいくらでも、じっくり考えて叶えてもらうことができる。切羽詰まった状況で考えたにしては、天才的アイデアじゃないか。


「承知した」


 魔人は高々と笑うと、パチンと小気味よく指を鳴らし、白い煙となって消えてしまった。同時に周りの景色が揺らぎ、ふいに宇宙空間に放り出されたように足元がなくなって




「我を呼び出したのは貴様か。さぁ、願いを三つ唱えるがいい。ただし、制限時間は三分までだ」


 気がつくと、あの魔人が私の眼前にいた。不気味なデジャブを感じて周囲を見渡すと、札束の塊も、ミネラルウォーターのペットボトルもなくなっていた。


「どうしたんだ? 私はすでに三つ唱えたはずだぞ?」


「何のことだ? 我はまだ一つも願いを聞いていないぞ?」


 顔が青ざめていくのがわかった。全身から熱が奪われ、冷や汗がそこかしこから流れ始める。


「冗談はやめてくれ。確かにお前は叶えてくれたじゃないか。百億円と水を私にくれただろう?」


「何のことやらさっぱりだ。それより、残り時間二分を切ったぞ」


 わけもわからぬまま、とりあえず私は再度百億円と、今度は憧れの女優との結婚、そして病気にならない身体を望んだ。女優の肩を抱いて、活力みなぎる肉体を得た私は魔人にきいた。


「なぁ魔人。これでいいんだよな? 三つ願いを叶えたからこれでお終いだよな?」


「妙なことを聞く。これで終わりだとも。ではさらばだ」


 魔人は白い煙となって消えてしまった。同時に周りの景色が揺らぎ、ふいに宇宙空間に放り出されたように足元がなくなって




「我を呼び出したのは貴様か。さぁ、願いを三つ唱えるがいい。ただし、制限時間は三分までだ」


 私は恐怖に腰を抜かし、情けない悲鳴をあげた。


「またなのか? これで三度目だ! 一体どうなっているんだ!」


 魔人は眉をひそめ、たずねてきた。


「三度目だと? 貴様と会うのはこれが初めてだ」


「そうじゃない! そうじゃないんだ! 私はもう願いを六回唱えているはずなんだ! どうして同じことが繰り返されるんだ!」


「どうも要領を得んな。だが興味深い。我に事情を話してみるがよい」


 そして私は一切合切を、三度目に現れた魔人に説明した。すると魔人は腹がよじれるといわんばかりに笑った。


「なるほど、そういうことか! お前は愚かにも、欲を出して『三分間が永遠に続くようにしろ』と願ったのだな」


「欲を出しては余計だ。だが確かに、私はそう唱えたんだ。それなのに、実際は時間がそれ以上進んでいない。まるでループしているようだ」


「そうとも。お前は我を呼び出し、そして消えるまでの三分間をことになったのだ」


 魔人がそう言った瞬間、手足が震えて立っていられなくなり、その場にへたれこんだ。霧散しそうな意識を必死にかき集め、蚊が飛ぶような声で問いただす。


「三分間を繰り返す? 約束が違うぞ。私は制限時間をずっと引き伸ばせという意味で……」


「頼み方が悪かったな。お前は過去と未来の時間の流れから切り離されて、決められた時間の中にだけに存在するようになったのだ。それが、我が現れ消滅するまでの三分というわけだ」


「なら願いは取り消す! そうだ! 前の願いを取り消すのが、この時間での最初の願いだ!」


「それはだめだ。叶えられた願いをなかったことにするのはルール違反だ」


 突然、手が勝手に自分の首を絞め始めた。まるで他人の手に絞められているような感覚だ。息が続かなくなり、意識が遠のいていく。苦しくてたまらないのに自分の手をコントロールできない。


「おやおや、発狂して自殺しようというのだな。だが無駄だ。お前が生きようが死のうが、願いは自動的に叶えられる。望み通り、三分間は永遠に続くのだ。おっと、そろそろ三度目の三分が過ぎるぞ。ではさらばだ」


 そうして、魔人は邪悪な笑みを浮かべて消えてしまった。同時に周りの景色が揺らぎ、ふいに宇宙空間に放り出されたように足元がなくなって




「我を呼び出したのは貴様か。さぁ、願いを三つ唱えるがいい。ただし、制限時間は三分までだ」


 は永遠にこないのだなと、私はようやく悟った。


(終)

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