6-2

「とにかく、今すぐ引き返せ!!」


 キザシの怒声が車内に響き渡る。このまま突っ切る手段もなくはないが、トンネルの向こうで待ち伏せをしている可能性が非常に高い。

 運転手がギアを急いでバックに入れると、勢いよく車は後退し始めた。だが、キザシの目論見は、襲撃者たちも想定していた。


『こちら3-D! 背後から不審な大型トラックが接近してきます!』


 キザシたちの後方に位置する車両から無線通信が入る。予想の範疇ではあったが、襲撃者たちは綿密な計画と、シミュレーションに基づいた鮮やかな手際で、キザシたちの退路を断ちにきた。


『奴らに道路を塞がせるな! 全員、銃器の使用を許可する。場合によっては相手の生死は問わん!』


 無線に向かって声を張り上げたキザシは、スーツのジャケットの中にしまってあるホルスターへと手を伸ばした。キザシが取り出したのは自衛用の九ミリ拳銃だった。急いで遊底スライドを引き、チェンバー内に実弾が装填されたことを確認すると、安全装置セーフティを解除した。


「主任! 前から、コンテナを乗せたトレーラーが!」


 志帆が注意を促す。キザシがトンネルの前方を確認すると、炎上する車の吐き出す黒煙の中にヘッドライトの明かりを視認した。それがこちらに向かって逆走してくる大型トレーラーのものであるとすぐにわかった。


『こちら3-D! ……駄目です! トラックに道路を塞ぐような形で横付けされました』


「くそっ! 囲まれたか」


 目まぐるしく変化する状況に、キザシたちは後手を踏んでいた。このままでは、埒が明かない。そう判断したキザシは、襲撃者たちの囲いを突破することを捨てた。


『全員車両を降りて、本部からの応援が来るまで応戦しろ! まずは車でバリケードを作れ』


 すべての警護車両がキザシたちを取り囲むように集い、中にいた隊員たちが各々武器を構え、車の影に潜んだ。


「松本、お前はミリーナを頼む」


「わかりました。主任も、お気をつけて」


 そう言ってキザシは、車の後部に向かうとトランクゲートを開けた。中には、サブマシンガンやアサルトライフルといった銃火器が積まれていた。迷いなくキザシはアサルトライフルといくつかの弾倉マガジンを掴むと、トンネル後方に向かって走っていった。


「ミリーナ様もこちらへ」


 志帆はミリーナの手を取り、車から降りるように促す。周囲の緊迫感に押されたミリーナもさすがにこの時は不安げな表情を浮かべていた。


「人間というのは大変ですね。同じ種族同士で、争いあうなんて」


「ええ、ですがこのような行動を起こすのはごく一部です。ご安心ください、あなたは必ずお守りいたします」


 いつも以上に真剣な表情で、志帆はミリーナに語りかける。ミリーナも多少は安心

したようにいつもの笑顔を向けた。


「頼もしいわ」


 戦場に咲く一輪の花。いまこの瞬間を表現するのに、ふさわしい言葉はないだろう。


『進行方向側のトレーラーから、複数の武装した人影を確認! 応戦します!』


 無線が流れた途端、少し離れた場所から銃声が鳴り響いた。どうやら本格的な戦闘が始まったようだった。キザシたちの乗っていた車両もフロントガラスに銃弾が命中したようで、クモの巣状のひびが入っていた。


「進行方向側の敵は何人だ?」


『視認できる限りでは三十人弱、どうやらトレーラのコンテナ内に潜んでいたようです。また、全員が小銃を所持しており、こちらの武装では頼りない状況です』


「SUVに積んでいる火器を使用してもいい。何としても死守するんだ!」


 キザシと隊員たちの無線のやりとりに、志帆の心拍数は上がっていった。彼女に、ここまで大規模な対人戦闘の経験はなかった。それはキザシも同じであるが、彼は的確な指示を隊員たちに飛ばし、見事な指揮役をこなしていた。

 志帆も負けじと、車のトランクからSMGと、散弾銃ショットガンを取り出すと、弾倉とショットシェルを、それぞれに装填した。


「ミリーナ様、このような状況なので、先に言っておきます」


「なんですか?」


 志帆は覚悟した様子で、車のタイヤを背に地面に座っていたミリーナに話しかける。


「……もし、戦いが長引いて、私たちが劣勢になったら、あなただけはここから逃げて幻災対策庁に向かうのです。もちろん、私たちのことは見捨ててください」


 それは、万が一の事態における最優先事項。何としても、ミリーナだけは傷つけずに、この場から脱出させなければならない。もしもミリーナが傷を負えば、世界中に点在するほかの妖精たちが黙っていないだろう。

 当然、警護に失敗したこの国は、妖精たちの攻撃に晒されることになるだろうが、他国は自業自得だとばかりに助けてはくれない。世界中の全武力をもってしても、倒しきれなかった相手だ。一国を滅ぼすことなど造作もない。それだけは絶対に避けなければならない。


「…………わかりました」


 それ以上、ミリーナは何も言わなかった。


「主任、後方のトラックの状況はどうなっていますか?」


「今のところは何も動きはない。だが……嫌な予感がする」


 そう言うと、キザシの予感は的中する。大型トラックの貨物の側面が、ゆっくりと羽を広げるように開き始めた。同時に、キザシと志帆の持っていた端末のアラームがけたたましく鳴り響く。


「幻災警報です、主任! 脅威レベルは……《四等級クラスフォー》!!」


「ああ……見ればわかる」


 キザシの目の前、大型トラックの荷台には白い毛皮をまとった獣がひしめいていた。数はおそらく……十。

 狭苦しい荷室でストレスがたまっていたのだろう、幻獣たちは勢いよく荷台から降りると、それぞれが遠吠えをする。高速道路のトンネル内に、おぞましい獣たちの合唱がこだまする。


 突如現れた幻獣たちに、隊員たちの表情は青ざめた。ここにいるのは、幻災対策庁に所属している職員ということもあり、多少は幻獣との闘い方は知っている。それでも、一度に十体の幻獣を同時に相手する経験などなかった。

 その中で、唯一顔色を変えることのなかった人物がいる。それは、神代キザシ、ただひとり。


「松本、ここは俺が出る。後方は二、三人ぐらい待機でいい、残りは進行方向側の援護に向かってくれ。あとの指揮はよろしく頼む」


 焦りのない、落ち着いた声。無線越しでもわかる彼の考え。一見、無謀とも思える提案だが、志帆はキザシを止めなかった。


「主任……了解しました。どうか、ご武運を」


 キザシは、バリケードにしていた車を飛び越えた。そして、手にしていた実弾入りののアサルトライフルを隊員に預け、拳銃はジャケットの中にしまう。そして、丸腰のまま、ゆっくりと幻獣たちの群れに向かって歩いて行った。


「いいんですか? 十体の幻獣相手に、一人で立ち向かわせて」


 遠ざかっていく、キザシの背中を見つめていた志帆に、ミリーナは問いかける。


「……心配無用。彼はこの国でトップクラスの幻闘士ファンタジスタ。〝断罪者パニッシャー〟、人は彼をそう呼びます」


 もう何回、あの背中を見送ったことだろうか。志帆の心に迷いはなかった。

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