第40話 ジジイの引き際

 やあ、おいらです。


 四月二日。東京ドームで行われた、ジャイアンツ対タイガースの一回戦において、長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督がスタンドに姿を現し、ファンはもちろんのこと、グラウンド上の原監督をはじめとするジャイアンツの一同、そしてたぶん、タイガースの一同も、笑顔で長嶋氏を迎え入れ、ドームは大きな歓声に包まれた……美談ですね。


 ええ、もちろんおいらは違う感情を抱きましたよ。長嶋茂雄。ある意味では天皇陛下についで、国民が敬意を表している、戦後、すなわち昭和から平成にかけて、プロ野球選手、および監督として絶大な人気を誇る、国民的スターであります。でも、何かがおかしい。選手としても、監督としても、彼の成績よりも上の人がたくさんいるんだよね。ノムさんがぼやくのも理解できる。ただ、彼は当時プロ野球より人気のあった東京六大学野球の大スターでもあった。立教大学の三塁手として、投手の杉浦忠とともにチームをひっぱり、当時の本塁打記録八本(!)を樹立するのである。スタンドは熱狂した。ところで、ここに隠れたエピソードがあるのです。当時の南海ホークスは長嶋茂雄、杉浦忠を獲得するため(その頃、ドラフト会議はありませんでした。いわゆる自由獲得競争の時代です)、立教大OBの大沢啓二(親分ね)を通じて、「栄養費」という名目で金銭を授受していました。長嶋も、杉浦もホークス入団を内諾し、実際に杉浦はホークスに入るのですが、長嶋は土壇場で裏切って、ジャイアンツに入っちゃうの。もし、ホークスに入団していたら、長嶋茂雄は国民的スターになったでしょうか? 国民栄誉賞を受賞できたでしょうか? そうはならなかったでしょうね。ターニングポイントってやつだ。


 ああ、おいらが感じたのはそんなことではありませんでした。足はおぼつかず、右手はもう絶望的に動かず、口が半開きのミスター。観ていて、正直、辛かった。それに三奈さんはいるのに、なんで一茂はいないんだ! 野球のセンスはなかったくせに、親のネームバリューとバカな言動で、バラエティのホームラン王になりやがってよ。正直、お前がTVに映るとおいらはチャンネルを変えるぞ。大嫌いだよ。今の一茂。もし、あの時のドラフトで古葉監督がお前を引き当てていたら、おいらの感情も変わっていただろうけどな。


 昔、落語の名人、八代目桂文楽は高座の最中にセリフを忘れるという痛恨のミスをすると「勉強をし直してまいります」と言って高座を下り、二度とおもてに出ませんでした。おいらはこちらの方がかっこいいと思います。ほら、女優の原節子だって、引退した後は一切、出てこなかったじゃないですか。なんか、潔くて好きだわ。


 長嶋さんの行動が、長嶋さん自身の考えならいいんですけど、ナベツネあたりが考えた、ジャイアンツへのカンフル剤だったら、許せない。

 個人的には長嶋さんには、ひっそりと生きて欲しいんですけど。こりゃ賛否の別れるところですかね。

 では。

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