第86話 ある意味福音。ある意味災厄。


「お久しぶりです、ガルドーン陛下。しなずち様が粗相をしてしまったようで申し訳ございません。ですが、主神たるヴィラ様の威光を轟かす為には必要な事なのです。つきましては、王国筆頭貴族バルマーク侯爵とリンデヴルム侯爵の連名により、ラスタビア勇国の行く末をしなずち様に委ねる事をご提案致します。こちら、祖父と叔父上の血判状です。どうぞお納めください」



 ギリギリギチギチ、全身を捩じ切られそうな程の蛇体の締め付けに耐えつつ、巫女中最強の策士たる眷属娘の雄姿を見守る。


 シムカの母親の実家が、ラスタビア勇国の筆頭貴族とは知らなかった。


 従姉妹のアンジェラが貴族出身と聞いていたから予想は出来ただろうが、した所で何が変わるわけでもない。シムカとシムナとアンジェラを貰ったと事後報告するくらいが精々で、悪材料はあっても好材料にはなりえない。


 それを、シムカは覆して来た。


 私への嫌がらせの材料集めに現れた琥人に連れられ、意味不明な転移術で実家に帰省し、祖父であるバルマーク侯爵と叔父のリンデヴルム侯爵の女性問題を公表した。


 正妻と妾、愛人を一堂に会して修羅場寸前の状況に追い詰め、しかし、そのまま脅迫はしない。むしろ、私の庇護下なら推奨される事だと説いて、その場の多くから支持を集めた。


 非難ではなく、支配者からの公認と祝福が与えられる。


 悲恋を胸に秘めていた者達は我先にと恋慕の相手に駆け走った。愛人達にせがまれた二人がどう行動するかは想像に難くなく、中てられた正妻達もシムカに渡された若返りの薬をがぶ飲みして、皆で若気の至りに戻り楽しむ。


 ある意味、ハッピーエンドだ。


 だが、私のシムカがそこで終わらせるわけがない。


 一時的な興奮から覚めると、男達は息も絶え絶えに休憩を懇願した。もう出ない、勘弁して、少し休ませて等々、情けない言い訳を漏らして逃げ出し、逃げ切れずにベッドに拘束される。


 また一人、また一人と代わる代わる回され回され、瞳の光が消えかかった頃に特製の精力剤と血判状を持つシムカが現れる。


 「欲しければ、『心から』同意してくださいますよね?」と。


 何て頼もしくも怖い事をするの、この娘。



「あの二人の血判状――――ん? 何だ、この跡? 乾いててパリパリ――」


「お爺様達の涙の跡です。陛下もいかがでしょうか? 死にかけの老人ですら絶倫魔人になる、医聖アシィナ・リサイア特製の精力剤です。お后様方に対抗するどころか、城下の恋人達もまとめて愛せます」


「ゴホンッゴホンッ! マリエナ、その件についてはまた後で――」


「今の私の名はシムカです、陛下。タミアとリテュルの長屋にいる子供達、父親は誰かご存知ですか? 女の言う『大丈夫な日』は、男性にとっての『大丈夫な日』と違うって知っておりますか? 産んだ後の二人は『ごめんなさい……我儘でごめんなさい……』って言っていたんですよ? 騙されて遠慮なしに何度も何度も奥に注いで出来てしまって、今更迎えに行く度胸と覚悟はおありですか?」


「ちょっとシムカ、ストップ! それ以上は心を抉り過ぎるからストップ、ストォオオップ!」



 優しい声で淡々と紡がれる責め苦の語りに、ガルドーン勇王の身体から段々色が抜けていく。


 もう少し続ければ真っ白になって、果ては崩れて塵と消えるだろう。そうなれば、残された王妃達や愛人達、子供達はきっと悲しむ。涙の雨が降って涸れ、渇いた怨嗟が私達に向く。


 安易に敵を増やす必要はない。


 それより、彼女達を味方につけて勇王を骨抜きにする方がずっと有意義で楽しいじゃないか。


 自分以外の男が代わる代わる跨られ、回される姿は見ていて愉快だ。本来なら組み敷く側が組み敷かれ、やめてと言っても罵られて打ち付けられる。


 時折漏れる高い声で限界の接近を感じ取り、だらしなく唾液を漏らす間抜け面を前にして、たった一言こう告げるのだ。


 『諦めるのか?』と。



「しなずち様も後でケジメを付けましょう。南で百三十人も巫女を増やしたと思ったら、こちらでももう四十人近く手籠めにするなんて何を考えておられるのですか? 一晩に十人を呼んでも、私達は一ヶ月に一回しか頂けないのですよ? ご自分はやりまくりの注ぎまくりのくせに不公平とお思いにならないのですか?」


「ミ、ミィ……」


「猫真似なんてしても許しません。眷属も増やしすぎです。社に戻ったらしっかり灸を据えますのでお覚悟ください」



 完全にへそを曲げられてしまい、拘束している尾ごとブンブンブンブン振り回される。


 こうなってしまうと、満足するまで相手をしないと放してもらえない。寝ても覚めても人形のように胸に抱かれ、どこで誰と何をしていてもずっと一緒で離れない。


 愛が深いと言えば確かにそう。


 その深さに救われている面もあり、私はそれを矯正しようとは思わない。むしろどう応えるかの方が重要であり、何かないかと思案に暮れる。


 ふと、とてつもなく邪悪な笑みと目が合った。



「お困りですか~?」


「地球に帰れ」


「もう少ししたら帰るよ。その前に良い事を教えてあげる。胸のナイフに封じられた魔神は、転生前は時間に置いて行かれた領域を支配する妖だったんだ。『時忘れの牢獄』って言うんだけど、そこでは一瞬が無限の時となる。中で何百年と過ごしても現実に戻れば一秒経っているかいないか。君達不死のヤリ部屋に丁度良いんじゃない?」


「おい、なんて余計な事を――っ」



 私の胸に細く白い手が伸びる。


 咄嗟に触手で掴むと、大元であるシムカは残念そうに表情を歪めた。だが諦める気はないらしく、より強大な力が腕に篭められて少しずつ封印のナイフに指が近づく。



「何してるの、シムカっ!?」


「そこが自由に使えれば、一晩で全ての巫女達に行き渡りますっ。しかも時間と回数を気にせず貪れるなんて、普段我慢している私達へのご褒美ですっ。くださいっつ」


「ちょっ、あっ、そこは駄目っ! 力が抜けちゃうっ! 四本とかお願いやめ――ァ――――ッ!」



 シムカのもう片方の手が、どことは言わないが、強烈な刺激で私を貫いた。


 防いでいた触手がビクンッと跳ね、一瞬だけ掴む力が弱まる。その隙にナイフは奪われ、私も柔らかな谷間に首を差し込まれて頭だけを上に出す。


 垂らされた唾液で肌と肌の間が滑り、ニチャニチャと卑猥な音を立て始める。これから始めてしまう気なのか、そう思わせる程の欲と欲と欲に塗れた顔を向けられ、普段の清楚な姿からはとても想像できない淫靡さが全身を震わせた。



「琥人、シムカに何をした!?」


「君と同じだよ。抑圧された欲望を解放してあげただけ。あぁ、解放したのは彼女自身だよ? 僕はあくまで手段と考え方を教えただけで、直接何かをするように言ったわけじゃないから」


「余計な事をするなっ! こういうのは私だけに見せてくれれば良いんだ! その他大勢がいる場でやらせるなっ!」



 私は巫女の契約を呼び覚まし、シムカから意識と体の自由を奪う。


 抵抗されるかと思ったが、意外とそうはならなかった。


 崩れ落ちる彼女を触手の束で受け止め、優しく抱き上げる。その拍子に肌と羽衣の隙間から甘い香りが漂い出し、まさかと思って片手を衣の中に突っ込み触る。


 拙い。凄く拙い。



「ガルドーン勇王、すぐに王都に向かおう。今の状態のシムカが寄ったなら、王都はかなり拙い事になってるっ」


「何? どういうことだ?」


「詳細は移動しながら話す。ヴァテア、手を貸してくれ。急いで王都の全住民を解毒しないと手遅れになる」



 シムカの全身をくまなく包み、私はテラスから飛び降りて王都に向かって駆けだした。


 勇王とヴァテアがすぐに追いつき、エルディアは後方から「王都で合流する!」と言ってくる。


 だが、彼女の部隊が二次被害に巻き込まれる恐れがあった。酷ではあるが町の防衛を大声で頼み、少数精鋭で現場に急行する。


 ――――散布されたのは、少なくとも今日。


 考えたくない事だが、間に合わなかった場合は結末が酷い。そうならないように手を尽くす事は確定として、もし少しでも漏れてしまったら、被害はこの国だけで収まらない。


 そう――――



「――――最悪、この大陸が滅ぶ」

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