第80話 しなずち式開拓
「ふ~もうなだ~いちでいっきるっため~、きょ~うもかいたくはっじめるぞ~。はんえいはぐくむわったしったち~、みんなのえがおでがんばれる!」
前世で大好きだった、地球を守る戦士達の歌を歌詞だけ変えて口ずさむ。
本来は絶望の中で自他を鼓舞する為の歌だが、つい歌ってしまう程に今の私は気分が良かった。ヴァテアから魔神封印の解除術式を聞き出せたのもあるが、勇国侵攻の拠点にしている古代遺跡の周りが非常に良い土質をしていて、開拓のし甲斐で溢れているのだ。
魔脈には乏しいものの、水脈、地脈、気脈が良い。おそらく、すぐ近くにある大きな山から雪解け水や雨水が安定して供給され、一帯を覆う程の森を育て上げたのだろう。運ばれて来た栄養は土中に大量に残っていて、畑だけでなく家の建築にも有用だ。
地面に手を着き、遺跡を中心に半径数キロを同化して、八区画七百世帯分の土地を広めに均等に割り振る。
太陽の角度を見て家と畑の位置を決定したら、生えている樹木を家の位置に移動させ、急激に成長させる。外側は丈夫に、内側は広めの隙間というか空間が出来るように、意図的に生育を偏らせて歪な樹形を作って見せた。
まるで、人間サイズの鳥の棲み処。
それを七百本用意したら、適当な場所に穴を開けて木製のドアと窓を取り付けた。出入りと換気が出来るようになり、これでとりあえずの家の形は完成だ。
あぁ、いや。内装も少しくらいやった方が良いな。
内側の底面を水平になるよう削り、削りカスに私の血を混ぜて敷き詰める。平らに均すと数分で固まり、フローリング状の床になった。そして、端から壁や天井を侵食して、木繊維の凸凹を全て綺麗に平らげる。
屋敷の大広間と大差ない、広すぎるワンルームの出来上がり。
天井も高いから二階と三階も作れそうで、プライベートを分ける個別の部屋も作りたい所。しかし、レイアウトは住まう者達の好みがあるから、ひとまずはここまでで止めておこう。
さて、次だ。
森の半分程度を間引いて八か所に積み、残りも配置を変えて街路樹の様に並べた。
樹と樹の間の土をレンガの様に固くすれば道となり、人や物資が行きかう動脈となる。端には溝を掘って用水路に仕立て、各家々にも延ばし繋げる。
町の外れに高台と用水地を作って、水を引けば下水になる。マチュピチュ遺跡を参考にしたのだが、これって上水はどう確保すれば良いんだ?
木材はたくさんあるから、桁を組んで別に作るか。
で、次は畑――――。
「しなずち様、少し止めてくれ。魔獣の群れが現れ始めた。肉と毛皮と骨を収穫しておきたい」
「分かった。やっておく」
「おい」
暇だからやらせろ、というシムナの希望を黙殺し、街の外縁に現れた魔獣の一団に意識を向ける。
確か、キングシープという大型の羊の魔獣だ。元は家畜だったのが脱走して野生化し、他の魔獣に対抗する為に大きく強靭に進化したという。
もこもこの毛皮が衣服や寝具の素材に適していて、肉は独特の臭みがあるが香辛料で十分消せる。眠る羊亭でもトマト煮込みとして出されていて、やや塩辛く美味だった。スレイプニルのシチューと並ぶ鉄板メニューという事で、この街でもなるように仕向けたい。
現れた数十頭を大型の触手で捕獲し、シハイノツルギの力で敵対心と反抗心を奪う。町の外縁に柵とスペースを用意して、先祖と同じ家畜の生に戻ってもらう。
あっ。これって、他の魔獣も同じようにすれば家畜や守護獣に出来るのでは?
「シムナ。この辺りの魔獣ってどんなのがいる?」
「一番多いのはキングシープで、他はスレイプニル、コカトリス、ジャイアントラビット、キラーベア、ミニチュアウルフ、エンペラーイーグルって所だ。一番強力なのはエンペラーイーグルだな。数は少ないが、キングシープの巨体を掴んで難なく飛べる上に、知能が高くて手が付けられん。討伐に向かっても延々と逃げ続けられて、昔は散々手を焼かされた」
「それって、アレ?」
「ん? アレ――っ!?」
指差した空を飛ぶ巨大な鳥影に、シムナは目を見開いた。
金と銀の羽根がマーブル模様に混ざった、途方もなく大きな翼。今しがた作った家々より全高は高く思え、羽を広げれば確かに空の帝王と形容もしたくなる巨大な鷲だ。
ふと目があった気がして、手を振った。
帝王はこちらを意に介さず、山に向かって飛び去ってしまった。
脅威とみなしていないのか、ただの偵察か。もし家畜のキングシープを狙ってくるようであれば、その時はペットとして堕ちてもらおう。
結構可愛いし。
「アイツ、生きていたのかっ!?」
「知り合い?」
「勇国と帝国の空を縄張りにする厄介者だっ。金と銀の模様羽根は奴しかいない。国境沿いの町への襲撃が続いて、クソ陛下が討伐した筈なのに……」
「ふ~ん……」
厄介者、ねぇ?
見た所凄く理知的で、王者の風格というか余裕というかを纏わせていた。理由がなければ襲ってくる様子はなく、瞳の中に乱暴者の気質は見られない。
もし同一個体なら、その二面性は獣らしくない。
誰かしらの賢しい意図が感じられる。それがどんなものかまではわからないものの、きっと何かしらの思惑が在る筈だ。
――――まさか、勇王が飼い慣らした?
「少し急いだ方が良いか。――シムナ。先に眠る羊亭に戻って、皆に仮の住まいが出来上がったって伝えて。私は上水道網と町々への街道を敷設してから戻る」
「了解した。ベッドで待っているから、あまり待たせるなよ?」
「先に寝てて良いよ。勝手に注ぐから」
「ぬかせ」
冗談を言い合い、笑顔のシムナは矢よりも速く跳び出した。
見送る後姿はすぐ見えなくなり、私は前を向き直る。仕上がりつつある街並みとこれから作っていく細かい所。それらを頭の中で重ね合わせて、完成型を視界の中に幻視する。
そして、もしここが戦場になったらどうなるのか。
あの帝王が勇王の手先だとしたら、ここは一体どうなる?
「…………ミカとグアレスだけじゃ足りないか」
私はため息をついて、森の奥深くへと身体を伸ばした。
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