第48話 やりたい放題


「ごめんなさい」



 床に額を擦り付ける程、膝を着いて深く深く頭を下げる。


 ベッドの上には古傷だらけの美女とリタが座っていた。二人とも薄布で乳房と秘部を隠し、私の劣情を抑えようと努めている。


 返って扇情的になっていて逆効果だが、私が抑え込めば良いだけの話。


 少なくとも、話が終わるまでは襲ったりしないと心に決める。



「はぁ……坊やは一体何者だい? 一晩館を貸し切りたいなんて言うかと思えば、私を見るなりスライムみたいに身体を変えて襲ってきたり、別の女?の名前を呼んだかと思えば正気に戻って土下座までして……」


「ごめんなさい…………」


「謝るだけじゃわからん! こんな両足欠損で傷痕だらけの筋肉女に理性を飛ばすような変態だって事はよ~くわかった! 言える範囲で良いから説明しろ! 割と嬉しかったから、内容次第なら十発くらいで許してやる!」


「姐さん、私もやります。組み敷かれてこれからって時に寸止めとか、ふざけるにも程があるわ。カラッカラに搾り取ってやるんだから」



 襲った時の睨みはプレイの一環らしく、中途半端に終わった事で二人の怒りは燃え滾っていた。


 怒りを解くには正直に話すしかない。が、その前に確認しないとならない事がある。


 私にとってはとても、とてもとても大事な事だ。



「……お姉さんは、勇者ソフィアの親類ですか?」


「ソフィア? 従姉妹で、あの娘の槍の師匠だ。知り合い……いや、アイツが返り討ちにあったマヌエル山脈の魔物は、女を侍らし犯す不死の肉塊って聞いた。まさか……?」


「私は女神軍第四軍団長しなずち。ソフィアは私との契約で名を捨て、今はシムナと名乗っています。お姉さんがシムナに似ててつい欲情しちゃって、シムナに似ててつい止めちゃいました」



 私の告白に、美女は纏っていた薄布を丸めて投げつけた。


 質量操作の魔術をかけたのか、まるで岩が当たったような衝撃で首が変な方向に曲がってしまう。


 身体構造を再構築して正しく向きを戻すと、リタは気持ち悪そうに「うわぁ……」という声を上げた。対して、美女は私に跳びかかり、顔を真っ赤にして押し倒し跨る。


 鍛え抜かれた強靭な太腿が胴を締め、ねじ切られそうなのに気持ちよく心地良い。


 上体の動きに合わせて揺れる魅惑の塊も酷く美味しそう。襲わずの決心が激しく揺さぶられ、目の前のそれと一緒に大きく大きく大きくぶれる。



「欲情しといて止めるって、それ結構傷付くからな!? ソフィアとやりまくってんなら私をモノにするくらいどうってことないだろ!?」


「まだやってません。キスしたり抱き合ったりはしてるけど、最後まではしてないです」


「このヘタレ! 女をモノにしたならしっかり証を刻め! ちょっと組み敷いて貫いて吐き出すだけだろうが! そんな簡単な事も出来ない粗末な――――ん?」



 唐突に、美女の視線がそっぽを向いた。


 じっとどこかを見て腕を動かし、少しすると獲物を前にした肉食獣の如く舌なめずりを一つする。



「なぁ、しなずちの坊や。ソフィアをモノにする気はあるか?」


「絶対添い遂げる」


「そうかそうか。なら練習しようか。私をソフィアと思って抱け。ソフィアにぶつけたい劣情と欲情を吐き出して見せろ。犯して犯して染め上げろ」



 美しい顔が至近に近づき、首筋を舐め上げる。


 やばい。すごくやばい。


 良い匂いと良い香りと良い感触がひび割れた理性を攻め立てて来た。最初に仕掛けたのはこっちだけど、それ以上にあっちのアプローチは熱烈で苛烈に過ぎる。


 指や掌、舌などの末端部位はおろか、全身の肌と肉を総動員して私をその気にさせようと這いずり蠢く。


 性感が素直になれと脳裏に囁いた。


 だが待って欲しい。今優先すべきはキュエレの兄弟達の救出だ。その手駒を手に入れようとこの娼館に入ったのだろう?


 決してシムナに手を出せていない不満を解消する為ではなく、大事な信徒の為に私は彼女達に手を下す必要がある。


 あれ? でも、結局は同じなのか?


 彼女を手に入れれば娼館もモノにできるし、嬢達も全員一緒に食べてしまえば良い。見た所だと軍事訓練を受けているようでもあるし、ユーリカ達のように全員巫女にしまえば良いのではないのか?


 心底の私がまた囁く。


 『素直になれよ』と。



「……君の名は?」


「アンジェラ――――っ!?」



 アンジェラを抱き寄せて唇を奪う。


 シムナの感じる場所からシムカの感じる場所までを刺激し、途中で神経が跳ねたピンポイントを嬲る様に攻め続ける。急な攻勢から逃れようと二本の腕が私の身体を押し、それ以上の力で彼女の顔と体を締めて留めた。


 たっぷり十分そうやって、私の上に生の美に溢れた身体が力なく横たわる。


 瞳は虚ろで口端から涎を垂らし、紅潮した肌は汗ばんでいる。


 私はリタに声をかけ、他の嬢達を全員呼ばせた。これから始まる儀式は、証人と観客がいた方がきっと楽しい。終わった時、アンジェラも蕩けた心で喜んでくれるだろう。


 呆けた顔を両手で撫ぜ、頬から首、首から鎖骨、鎖骨から胸、胸から脇を過ぎ腰で止める。


 それじゃ、いただきます。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 翌朝、私はアンジェラの小脇に抱えられ、二つ目の壁の内側に来ていた。


 横にはリタもいて、二人とも巫女の証である血の羽衣を纏っている。ただ、他の巫女達とは羽衣の形が大きく違い、私の目と欲を刺激的に楽しませていた。


 例えるなら、光と闇。


 シムナやユーリカ達は全身を薄く、体のラインを強調するように覆って女を魅せる形をしている。隠すからこそ引き立つ、扇情的な闇の装いと言えるだろう。


 これに対し、アンジェラ達の羽衣は露出に富む光の装いだ。


 下着よりは少し多く、服よりは圧倒的に少ない。隠す所だけは隠して逆に際立たせ、隠喩を含んだ細かな装飾で見る者の目を釘付けにして離さない。近寄れば思わず手が伸びる、幻想的な美を孕んでいる。


 しかし、そんな彼女達を見て寄ってくる男は一人もいない。


 理由は二つ。


 一つは、ココは一つ目の壁を超えた混沌のるつぼではなく、二つ目の壁を超えた謀略の海だから。


 力と金で全てが解決せず、知略と謀でいくらでも覆す。そんな自らを弁えた者達が居を構えている。


 これ見よがしに歩く美女に白昼堂々声をかけ、失態を見せる愚は犯さない。


 もう一つは、アンジェラとリタの身体。


 欠損していた四肢を、彼女達に注いだ血を成型して失う前と同じ形に作っていた。


 色は彼女達の薄黒く焼けた小麦の肌ではなく、赤黒い血を固めたような異様な脚であり、腕だ。常人の神経なら薄気味悪く思え、声をかけられる勇士はココにはいない。


 それ以上の美貌が共にあると言うのに。


 男の物がちゃんとついてるのか? 実に腑抜けだ。



「この街の男は大丈夫なのか? 二人を見る目が女を見る目じゃない」


「当然だよ。脚無しのアンジェラと腕無しのリタが五体満足でやって来たんだ。抗争でも起こすんじゃないかって気が気じゃないんだろ」


「しなずち様に体を補ってもらう前でも、私達って結構強かったからね。傭兵崩れに騎士崩れ、不名誉除隊の問題児とか訳ありばっかだけど、姐さんの為ならいくらでも無理しようって連中ばっかりだから」


「ちゃんとした相手を見つけてさっさと出てって欲しいんだがね、私は」



 アンジェラはつまらなそうな顔をして、太腿のホルダーからキセルを取り出した。


 煙草は前もって詰めてあって、無詠唱魔術で火を点けると軽く吸い、紫色の煙を細く吐き出す。


 興味なさげに見えて、目の泳ぎ方が本心でない事を語っている。


 さりげなく、ほんの一瞬ではあるが、黒目が横に大きく振れた。自分自身を偽ろうとするお人好し特有の癖のようなものだ。


 私はリタを見て、ほんの少し笑って見せた。


 彼女も笑顔を返し、この事実が共有された事を確認する。そんな私達を見た嘘つき娘は明後日の方を向き、意地っ張りに煙を吹いて話を続けるんじゃないと態度で示す。


 それは無理な注文だ。



「アンジェラも皆と一緒に私に貰われたんだから、娼婦はもうおしまいだよ?」


「わかってるよ。私達はテイラ以外、全員が坊やの女だ。テイラも今頃、あの小鼠とよろしくやりまくってんだろ。一晩どころか一生を貸し切り。ちゃんと満足させないと承知しないよ?」


「じゃあ今夜はお腹がぽっこりするまでやろうか。二重の意味で」


「やってみろってんだ。その前に気をやらせてやるさ」


「はいはい、二人とも。当初の目的を忘れちゃだめ。さ、早く行こ」



 リタは軽やかにステップを踏んで先を行く。


 舗装された石畳が脚運びに合わせて軽い音を鳴らした。そよ風で揺れる街路樹の囀りがリズムを合わせ、昨夜より凹凸に富んだ踊り子を昼の舞台で舞わせ踊らせる。


 長身で細身の彼女には、今のショートヘアよりロングの方が似合うと思う。


 扇を持って宵闇に立ち、火と月の明りに汗を煌めかせて激しく激しく――――。



「坊や」



 考えを遮るように、無遠慮な言葉が降ってきた。



「何、アンジェラ?」


「何って、着いたんだよ。ご所望の奴隷商人の元締めの屋敷に」



 言われて顔を上げると、立派な造りの門があった。


 門衛はおらず、代わりに魔術が施されたガーゴイル像が四基鎮座している。許可が無ければ襲ってくるとか、そんなありきたりの雑な警備態勢か。


 奥に目を凝らし、追加がないかも確かめる。


 三階建ての大きな屋敷と、庭に並んだ大小様々なゴーレム像が見えた。用途は敷地内の守護か、脱走奴隷の処分か、はたまた両方がそれ以外か。


 いずれにせよ、ここの主人の性格が透けて見えるようだ。


 他人を信用できなくて、命じれば命じた通りに動くゴーレムだけを用意する。裏切られる心配がなく、見捨てられる心配もない、思い通りの兵隊で身の回りを固めて守る。


 奴隷の売買をやっていて、人間不信にでもなったかな?



「で、どうするんだい?」


「全部貰う」



 私はそう言うとアンジェラの腕から降り、ほんの少しの血を門前に撒いた。

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