第23.5話 二十四年の先駆者


『拝啓 グランフォート皇国第一皇子ヴァテア・G・グランフォート殿


 私は、ギュンドラ王国六英雄の一人、閃夜のユーゴという。


 突然の事で申し訳ないが、頼みがある。この国、そして国王ギュンドラの事だ。


 現在、北の山脈より現れた他世界の神の軍勢が王国に侵攻している。北の国々は既に陥落し、併合された。国力ではまだ勝っているが、王国に侵入した敵の幹部は強力で、予断を許さない状況となっている。


 王国は、国王ギュンドラが転生者達の安住の地として作り上げた。


 ここが落ちれば、この世界に転生した者達は前世と乖離した環境に順応できず、不遇の生と死を迎えるしかない。


 私達は、それを許容できない。


 生まれ直した事自体が不幸となるなど、何の為の転生なのか。


 貴殿は、転生者に対して理解があり、同時に寛容であるとギュンドラから聞いた。不躾ではあるが、次の王国の建国にご助力願いたい。


 全ての鍵はギュンドラだ。


 ギュンドラがいれば、王国はいくらでも作れる。ギュンドラさえいれば、転生者はこの世界でもやっていける。


 だから、ギュンドラを頼みたい。


 私達の救いであり、希望を託したい。


 アイツは、国を捨てる事をきっと拒むだろう。私達を捨てられないだろう。


 だが、これは恩返しでもある。


 大鎌の勇者アンダルは、転生で手に入れた死の力により孤独だった。


 鍛冶神官カミカワは、前世の知識を基にした鍛冶技術で命を狙われた。


 黒百合のミュウは、エルフやダークエルフから神童と扱われ、対等に付き合えるものがいなかった。


 聖天アーカンソーは、人と竜の違いに馴染めず、眠りの中でしか安寧を保てなかった。


 私は……吸血鬼でありながら、吸血衝動を認められなかった。


 皆、皆がアイツに救われた。王国で生まれた千二十一人の転生者全てが、アイツの我儘で命を、尊厳を、心を拾われた。


 今が、それを返す時だ。


 重ねて勝手な事だが、アイツを頼みたい。


 私とアーカンソーが、敵の幹部を足止めする。おそらく、私は生きていられないだろう。一度目の邂逅でそう理解できた。


 アレは、この世界のどんな存在とも違う。


 人間でも魔獣でもない。幻獣でも悪魔でも神でもない。


 名は、しなずち、というらしい。


 不死で、血液を操り、蛇を模している。


 心臓と頭を吹き飛ばしても死なず、王蛇の毒で身体が固まる所を見ると、血液系の毒が効果があるようだ。


 ただ、それだけではない。


 勇者ソフィアが、奴の配下となっている。


 巫女、という聞きなれない名称が関係していると思われる。詳細は不明で、見当もつかない。


 私が持つ情報はこれだけだ。


 少しでも、助けになればと思う。


 すまないが、よろしく頼む』



「ギュンドラが異世界の侵略軍と戦争か。貿易交渉が始まらないわけだ」



 読み終わった手紙を胸ポケットに畳んで入れ、白銀の園となった湖を見渡す。


 ギュンドラ王国と、南のグランフォート皇国を隔てる巨大湖リアテネラ。年間を通して温かく、冬でも凍る事が無い湖が今は凍っていた。


 いや、正確には凍らせたというべきか。



「ご助力、感謝致します。ヴァテア殿下」



 手紙を持ってきたヴァンパイアの青年が首を垂れる。


 人間を見下すようなことはせず、貴族然とした所作は一つ一つが美しい。舞踏会に出れば、すぐ相手が見つかって食事に困る事はないだろう。


 さすがは閃夜のユーゴの氏族だ。


 彼の血を継ぐ者達は、高潔で洗練されたヴァンパイアばかりだと聞く。強く、聡明で、思慮深く、心根が優しい。


 ただ、手紙の内容からするとひどく臆病だ。


 何故、自分で守ろうとしない?


 何故、他人の力を当てにする?


 どうしようもない相手であれば、何もかもかなぐり捨てて一緒に逃げるべきだろう?


 行き過ぎた守護者気質は、結局何も守れない。それを理解しようとしないから、存亡の時に力が足りないのだ。


 まあ、そちらも行き過ぎると何も守らないになりかねないが……。



「別にいいって。ギュンドラにはロザリアを預かってもらってる借りがある。このくらいならお安い御用だ」


「四十キロ先の対岸にいる船団を、湖ごと凍らせるのは安い事でしょうか……?」


「普通なら大変だ。俺は普通じゃないから」



 凍った湖面を踵で叩き、十分な硬度があることを確認する。


 厚さは十分。融け始めまで五日、流氷状になるのに十日、完全融解まで二週間はかかる。その間、南からの侵略軍は足止めを食い、事前に配しておいたゲリラ部隊がじわじわじわじわ喰らい尽す。


 十年がかりの国家総動員訓練は伊達じゃない。


 父上の崩御に合わせて攻めてきやがって。国民全員の実戦経験になりやがれ、クソ共がっ。



「だ、大丈夫ですか……?」



 ヴァンパイアの青年が、俺の表情を窺いながら控えめに問うてきた。


 いつの間にか顔に出ていたらしい。心中の激情を心底に沈め、深呼吸して落ち着かせる。


 ………………うん。大丈夫だ。


 努めて明るい笑顔を浮かべ、気にしないよう伝える。


 本国の件は、彼にもギュンドラにも関係ない。


 俺達がどうにかすべき事で、その為に必要な事は全て済ませてある。問題は、事が済むまで暇だという事くらいか。


 何か暇を潰せる物は――――あっ。



「しなずち。しなずち、か」



 ミズチでも、ノヅチでも、ナズチでもなく、しなずち。


 確か、不死信仰者の血液で構成されていて、名が近い蛟から蛇龍と水属性、妖怪のノヅチから地属性、『しなず』の言霊から不死性等々、たった四文字でこれでもかと色々詰め込んだ贅沢オリジナル妖怪だった筈。


 転生して二十四年経ち、前世の事は統魔以外すっかり忘れていた。


 思い出すこと自体少なかったから、こうして思い出せたのも奇跡に近いだろう。だが、思い出してしまったら無視できない。


 無限と言える世界の連なりの中でも、この四字の言霊はアイツ以外に紡げる筈がない。


 双子の兄を亡くし、死後の合流を約束し、生ある中で死を望み、俺と共にあの飛行機事故で死んだ親友のブラコン野郎。


 皐月 圭。



「君」


「はい、いかがなさいましたでしょうか?」


「北のしなずちに会って来ようと思う。ギュンドラにそう伝えてくれ」


「え?」



 答えを聞く前に、俺は地を蹴った。


 足に魔力を篭め、筋肉の躍動に合わせて魔力を流動させる。身体を押し出す爪先の力が何倍にも増幅され、カタパルトのように体が宙に撃ち出された。


 空を飛ぶ? 天を駆ける? そんなチープな表現では生温い。


 数秒で領一つを越え、十秒で二つ越え、十五秒程度でギュンドラ王城に差し掛かって、南に向かう途中の聖竜と目が合い―――。



『どこに行くつもりだ?』



 進行先に置かれた尻尾に衝突し、中空に留まったと思ったら叩き落された。


 下に向かう強烈な力に、周囲の空気を重くして抵抗を強め、強制的に減速をかける。迫る大地に若干の恐怖心が芽生え、幸い減速が間に合って少し強めの着地を果たす。


 やった本人は軽く撫でたつもりだろうが、最初の衝突で普通は死ぬし、叩き落とした打撃も普通に死ねる。


 直前に魔力障壁を張らなかったら、いくら普通じゃない俺でも危なかったろう。ちょっとムカついて、俺は聖竜の頭上まで跳んで魔力流を叩きつけた。


 本当に軽く、並みのドラゴンなら内臓が口から飛び出して即死する程度の威力だ。千年を生きる聖竜様にはあまり効いていないらしく、五体満足で地に落ちて、すぐに反撃のレーザーブレスを吐きかけてくる。


 魔王クラスであっても直撃は危ない威力に、何てもんを出してくるのだと俺は脳内で抗議する。


 仕方なく、ブレスの魔力を掌握して巻き取り、バスケットボール大の球体に収束させた。


 災害クラスの光の奔流が手元に収まり、さらに圧縮して錠剤レベルにまで小型化する。後は奔流を純粋な魔力に変換し、勢いを抑制し、結晶に仕上げて無力化は完了だ。


 俺は聖竜の目の前に降り立ち、結晶を口に入れて噛み砕いた。



「十年ぶりだな、アーカンソー」


『貴様も相変わらずだな、ヴァテア。グランフォートが落ちたとギュンドラから聞いたぞ。これから救援に向かう所だというのに、肝心の貴様はどこに行くつもりだ?』


「いや、なに。閃夜のユーゴから手紙をもらってな。ギュンドラ王の事を頼むって。だから敵の幹部のしなずちに会って、ギュンドラの安全を確約させに行こうかと」


『それだけではないだろう? 一体何を企んでいる?』



 いつでも爪を振るえるように、アーカンソーは後ろ脚に重心を傾けて前傾姿勢をとる。


 だから、人間大の生物相手に本気モードになるなって。


 お前が本気出したら俺も本気出さないと止められないし、そうなったらこの辺一帯が荒れ地通り越して不毛の地になるぞ。


 十年前も、そうやってアングルーム大荒野が出来上がった。


 ギュンドラ王国内で同じ事はしたくない。


 あの時も周辺部族の生活圏を削り取ってしまい、彼らの生活基盤を奪い去ってしまった。数が少なかったから全員自国に迎えられはしたものの、あの時の父上の怒りっぷりはもう二度と思い出したくない。


 俺は胸ポケットから手紙を出し、広げて掲げた。


 コイツにとっては小さい文字だが、見えなくはないだろう。



「本当だって。これが証拠だ。ちゃんとユーゴの血の署名も入ってる」


『ふむ……確かにユーゴ本人の字で、署名に使われている血も奴の物だ。それで、何を企んでいる?』


「いやいやいや、本当にギュンドラの安全確保の交渉に行くんだよ。リアテネラ湖を凍らせて、ダルバス軍の王国侵攻を遅らせたから当面は問題ない」


『真実を並べて核心を語らないのが貴様だ。だからこそ、私の問いに答えを返さない。『企んでいるか』の問いを否定しない』



 ああ、やりにくい。何でよりによってコイツに捕まるかな……。


 実際の所、この堅物トカゲの言い分は正しい。


 交渉ついでに圭との旧交を深めて、こちら側に引き込みたいと思っている。幾ら転生していたとしても親友だからな。よほど変わっていなければ可能だと思う。


 問題は、戦争中のコイツらがそれを納得するか?


 絶対無理だ。ユーゴの手紙の内容からして、既に相当な被害が出ている。政治的な判断でごり押すにしても、相応の材料が必要になる。


 それも探さないといけない。双方とも納得できるだけの十分な材料を。



『―――む? ヴァテア、少し待て。逃げるなよ』



 唐突に、アーカンソーが構えを解いた。


 ギュンドラとの念話か。何を話しているのかはわからないが、実にタイミングが良い。


 俺は自分の姿と重なるように実体のある幻影を生み出し、自分自身は透明な魔力体に変換した。逃げる準備はしているが、まだ逃げていないからセーフ。こっちを向いたら適当に気を引かせて、地中に潜って幻影解除で逃亡完了だ。


 本当に、五百年も千年も生きてる連中は石頭で困る。


 アイシュラとまではいかなくても、もう少し不確定要素を楽しむ余裕は持てない物か。全てを管理しきるのが施政者と言っても、そればかりでは人間らしさというものが失われていくというのに。


 もう少し、この国を引っ掻き回すか?


 前回転生前のギュンドラと娼婦との孫が、祖母を孕ませて捨てた祖父への復讐に、今の王の子を産んで王にしたいと言っていた。


 真相は娼婦が身を引いただけのただの勘違いだが、良い感じに混沌とした修羅場に仕上がりそうだ。正室のクラリス王妃は独占欲が強め。側室の二人だけは認めているらしいけど、旦那と血縁関係の三人目はどうなる?


 あぁ……なんかすごく面白そうだ。


 帰ったらすぐ準備しよう。管理遊戯はうちの国まで及ばないから、こっちに来た時のお忍び中にそれとなくあてがうのが良いか。日程調整も危険日に合わせて、一発目での的中を目指す。


 戦争なんて不毛な事より、こっちの方がずっと楽しい。準備と手引きだけして痴情をもつれさせ、かき回して手を入れてハッピーエンドに仕立て上げる。


 敵国だったドーラン竜帝国も、この方法でこちら側に引き込めた。


 第一王女のラフィエナをヴァニクに倒させて屈服させ、女を経験させるついでに身柄を貰い受けて、とても友好になってもらった。第二王女と第三王女もそろそろ良い歳で、優しいお姉ちゃんを奪い去ったヴァニクに恨みを向けてるから、ちょっと小突けば簡単に暴走するだろう。


 後は同じように倒させて屈服させて身柄を貰って、うちと竜帝国にもっともっと仲良くなってもらうとしよう。


 全く、やりたいことだらけで休む暇もない。


 エイレスも来年で十五歳だから、元服の儀の準備もしないとだ。


 出来るだけ華々しく大規模に。


 あの世の父上が見られるように。


 ――――本当なら、生きてる内に見せたかったなぁ……。



『…………ヴァテア。ギュンドラの安全確保にしなずちと交渉する。偽りはないな?』



 口の端から光を漏らしつつ、アーカンソーが念を押してくる。



「偽りはないし、冗談でもない」


『なら、王城へ行ってギュンドラと合流しろ。近日、北の勢力との休戦交渉が行われる。貴様も同行して、交渉ついでにギュンドラも守れ。その間、南は私が対処する』



 ちょっと待て、なんだそれは?



「休戦って、本気か?」


『近く、向こうから打診があると管理遊戯が感知した。丁度良かったではないか。貴様の思惑が何であれ、悪いようにはならんだろう?』



 愉快そうな嘲笑が向けられ、不愉快さから幻影と魔力体化を解いて天を仰いだ。


 何てタイミングの悪さだ。これじゃあ、俺と圭の関係性がギュンドラ側に知られてしまう。裏で暗躍する手が使いにくくなって、全然楽しくなくなるじゃないか。


 こうなったら、交渉に積極的に関わって、うちの利益をたっぷり貰ってやる。


 国を立て直す資金と資材は多い方が良い。貰える所からしっかり取り立ててやるからな?



「ちくしょう……わかった。すぐ王城に着くから紅茶とスコーンを用意しておけって伝えとけ。あ、紅茶はストレートだからな? 砂糖もジャムもミルクも、少しでも入れたら絶対残すから絶対入れんなよ?」


『伝えておく。ああ、それと、しなずちのせいでミュウが若返ってギュンドラを性的に襲っているから、もしフォローが出来たら頼む』


「は? なんだそれ?」


『言ったままの意味だ。直接確認しろ。ではな』



 言うだけ言って、白い巨体が暴風を伴い飛翔する。


 相変わらずの余波で、砂埃が酷い。砂と空気の質量を重くして巻き上がりを鈍らせ、南に向かう後姿を見送る。


 面倒ばかり押し付けやがって。


 そういうのは前世で十分経験したんだから、こっちでは好きなようにやらせろっての。今の俺が面倒を見れるのは、可愛い妹と二人の弟、守るべき国民達だけだ。


 それ以外は、知った事か。



「全く、面倒だな…………」



 俺は、今度は跳ばずに歩き始めた。


 王城はもう見える位置にあるから、大した時間の差はない。ただ、少し考えをまとめる必要がある。


 交渉もそうだが、これからのプランについても。


 ――――ま、思う存分、盛大にやってやるさ。

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