第89話 小さな人間

 そういえば、怖い話の定番とは言えないかもしれないけど、小人の話って一時期流行ったよねえ。

 小人っていうか、小さいおじさんって言った方がいいかな?

 掌に乗るような小さな人間が、物陰から現れるとか、家のどこかに住み着いているとかさ。

 しかし、なんであんなのが流行ったんだろうね。よく、落ち目になったアイドルとかが、いかにも作り話っぽく話してたイメージだけど、小さいおじさんって、そんなに怖いものかなあ。いや、そりゃ怖いけどさ。怪異っていうよりは、ゴキブリの延長線上の恐怖って感じで、めちゃくちゃ怖くはないような気がするんだけど。

 ・・・ああ。でも、これからする話は、怖いかもしれないねえ。


 —小さな人間—


 最初は、単なる見間違いか、精神的なものかと思ったんです。

 その人は淡々と語りだした。

 普段生活していると、視界の隅に、ふと人影が現れるんです。それは、とても小さくて、まるで小人のようだった。小人と言っても、子供のような感じではなく、どちらかといえば大人の頭身で、・・・そう、正に、小さな人間と言った方がいいでしょう。

 その小さな人間の出現する場所や時間帯は、いつも不規則でした。部屋で過ごしていると、本棚の空きスペースに佇んでいる。ゴミ箱の影から、こちらを見つめている。外にいても同じです。電柱の根元に佇んでいたり、横断歩道の向こう側にいたり。

 サッと目を向けると、消えてしまう。なので、ピントはいつもぼやけて見えるんですが、その姿は確実に、男なんです。年齢までは分かりませんが、とにかく、大人の男です。服装からしても。その小さな人間は、いつも白いポロシャツと青いジーンズを着ているように見えましたから。

 別に、見えるからといって、何も支障は無いんですよ。災いを運んでくるような風でもないし、襲ってくる訳でもない。ただ、気味が悪いというだけで。

 それを、私はたまに友人などに話していました。嘘か本当か知りませんが、小さな人間を見た、という経験をしている人は意外と多くて、ああ、私もそんな人間の中の一人なのだろうと思いました。

 でも・・・、ある時、この話を母にしたのです。

 何の気なしに話したつもりでした。しかし、母は私の話を聞き終えると、真っ青になっていました。一体どうしたの、と訊くと、母は、

 ・・・それが見えるようになったのは、いつ頃から?

 と、訊いてきました。

 そういえば、いつ頃から見えていただろうかと思い返すと、確か高校生の頃からでした。家で受験勉強をしている時に、部屋の隅に佇んでいたのを見た時が、一番最初だったかなと。

 素直にそう告げると、母はさらに顔を青くして、

 ・・・それはお父さんかもしれない、

 と、言いました。

 ・・・え?

 どういうことかと訊くと、母はこう言いました。

 あの人は、遠くから見ることしか出来なかったから、きっとそうやって現れているのかもしれない、と。

 両親は、私が幼い頃に離婚しているのですが、その理由は、父の家庭内暴力でした。父は外向きの顔は良かったのですが、内を向くとなると、とても同じ人間とは思えないほど暴力的な人間だったらしくて。

 それに耐えかねた母が、まだ三つに満たない私を抱えて家を出たらしいです。

 母の身体に残された痣を証拠に、離婚調停は滞りなく進み、母は私の親権を得て、幼い私と心機一転、新しい生活を始めたらしいのですが・・・。

 それを、父が遠くから見ていることがあったそうです。

 母の勤め先に現れたり、保育所に私を迎えに行くと、通りの向こうに居たり。

 当然、母からしたら気持ちの良いものではありませんでした。警察に相談したり、知り合いに頼んだりして、父を遠ざけようとしたらしいです。

 それが功を奏したのか、父は現れなくなりました。でも・・・、ふと、街中を歩いている時に視線を感じたりすると、遠くに父らしき人影が見えることが、度々あったそうです。

 そんな父ですが、私が高校生の時に亡くなったそうです。私には父の記憶が無いし、多感な時期だったこともあって、母は黙っておくことにしたそうです。父の死因は教えてくれませんでしたが、母は何かを知っているような感じでした。

 あの人が死んでから、外で視線を気にすることがなくなった。でも、まさか、死んだらあなたに纏わりつくようになるなんて・・・。

 遠い目をしながら涙ぐむ母に、私は何も言えませんでした。

 言われてみれば、確かにその小さな人間は、ただ佇んでいるだけなんですよ。何をするでもなく、ただボーッと突っ立っているだけで。

 そう、まるで、遠くから、私を見つめているような・・・。

 視界の隅に映るのは、そういうことなのでしょうか。私には父の記憶がありませんし、はっきりとその姿を見たことがない。それに、縮尺がおかしいのは、いつも私のことを遠くから見ていたから、その遠景の姿がそのまま、視界に映っているせいなのかもしれません。

 それからというもの、私はその小さな人間のことが、憎くなりました。

 なぜ、今頃になって私の前に現れるのか、腹立たしくてしょうがないです。だからといって、どうすることも出来ないのですが、視界の隅に現れると、舌打ちをするようになりました。

 何を未練がましく見ているのか。さっさと消え失せてほしいですよ。

 その人は忌々し気に話し終えた。

 今も見えることがあるんですか?

 そう訊くと、

 ええ、でも、最近はあまり見かけなくなりましたねえ、

 って言ってたよ。その時、その人の背後、ファミレスのソファーの影に、何かがいたような気がしたんだけど、多分、僕の気のせいだと思う。

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