第88話 火葬場の絵

 さっき、階段の話をする前に、学校の七不思議によく挙げられがちって言ったけど、同じように挙げられがちなのがあったね。

 絵だよ、絵。

 美術室に飾られているモナリザの絵が真夜中になると動き出すとかさ。そういうの、よく聞くでしょ?

 でも、絵の怖い話って、日本よりは海外に多いような気がするね。持ち主が次々と火事に見舞われる呪いの絵とか、血で描かれた呪いの絵とかさ。

 そうそう、この間ネットで、何回見たら死ぬとされている絵を、その枚数だけ貼り付けた、”見たら死ぬ絵早見表”なんて画像を見つけてさ。思わず笑っちゃったよ。

 はは、話が反れたね。じゃあ、怖い絵の話をしようか。


 —火葬場の絵—


 その絵は、とある火葬場に飾られている。

 朝焼けの白い海辺を背景に、白い服を着た髪の長い女性が、じっとこちらを見つめている絵。

 普通、火葬場に絵なんか飾らない。飾るとしても、なんてことのないような風景画を選びそうなものだ。

 それでも、その絵は随分長いこと飾られているらしい。

 一刻も早く、私はあれをどけてしまいたいんですよ。

 そう話してくれたのは、その火葬場の副支配人を名乗る人だった。

 信じられないでしょうが、私がここに来た時には、あれは火葬炉のある炉前ホールに飾られていたんですよ。それは驚きました。故人と遺族の方々が、最後のお別れをする場に、人間の絵を飾るなんて。

 だって、気味が悪いでしょう。炉前ホールは厳かな場です。そんな場所に、他人の眼があってはならない。例え、それが絵であろうと。

 当然、指摘しました。これはやめた方がいいと。

 しかし、私の要望はあっけなく却下されました。支配人によって。

 後から聞かされましたが、あの絵は元々、支配人が持ち込んだ物らしいです。なんでも、先立たれた奥様が描かれたものだとか。

 大切にしているものだから、仕方がない。自分たちも、最初は反対したが、頑として譲らなかったんだ。

 火葬場の先人たちから、そんな説明を受けましたが、私は納得できませんでした。その絵が、なんだか不気味に思えたのも相まって。

 一見はなんてことのない絵なのですよ。油絵具で丁寧に描かれていて、タッチが独特な訳ではない。むしろ絵としては端正なもので、しかし、見れば見るほど、魅力が増していくような、そんな絵です。

 でも・・・、私は不気味に思えてなりませんでした。特に、女性の顔が。

 最初は、無表情に見えるのですよ。でも、ずっと見ていると、微笑しているようにも見える。唇や眼、眉、頬が、まるで喜んでいるような・・・、そんな風に見えてくるのです。

 最初は気のせいだと思いました。油絵ですから、表面には微妙に凹凸がありますし、それで見る角度によっては、印象が違ってくるのではないか。そう思っていました。

 しかし・・・、勤めている内に、気が付きました。

 あの絵は、人が焼かれているのを見るのが楽しみなんですよ。

 絵は丁度、火葬炉がずらりと並ぶ反対側の壁に飾られていました。そう、まるで、火葬炉を見つめるかのように。

 もちろん、気のせいかもしれません。でも、私にはそう思えてなりませんでした。火葬炉を稼働させることが多い日に限って、あの絵の中の女性は、なんだか嬉しそうに見えるのです。

 一度、この火葬場では珍しく、七度ほど火葬炉を稼働させる日がありました。あの時の絵の変貌ぶりを、私は忘れられません。

 朝見た時とは、確実に表情が違っていた。満面の笑みと言ってもいいかもしれない。絵の中の女性が、にこやかに笑っていたのです。フフフと声が聴こえてきそうなほどに。

 そんなはずないと何度も見直すのですが、やはりそう思えてならない。絵の中の女性は笑っている。無表情だというのに、笑っている。

 次の日、私は絵を撤去させてくれないかと、支配人に掛け合いました。支配人はやはり頑として譲りませんでしたが、あまりにも私がしつこく迫ったからか、とうとう折れて、移動させようということになりました。

 私は息をつきましたが、結果として、あまり状況は変わりませんでした。

 絵は火葬炉の前から、炉前ホールの手前の廊下に移動しただけでした。

 火葬炉の目の前からは消え失せましたが、廊下からは斜めに望める。結局、あの絵は人が焼かれるのを見つめることができる位置に収まったのです。

 そして今日に至ります。私は不気味でしょうがない。年々、あの絵は人間味を増していっているような気がするのです。

 いつの日か、あの絵は命を得て、人間そのものになってしまうのではないか・・・、私には、そう思えてなりません。ですから、支配人がこの火葬場からいなくなった瞬間、私はあの絵を葬ろうと考えているのです。

 その人はそう話し終えると、仕事がありますからと去ってしまった。

 僕は支配人に興味があって、近くにいたスタッフの人に訊いたんだ。

 あの、支配人に会わせてくれませんか?少々、お話を伺いたいのですが・・・。

 すると、スタッフの人はこんなことを言ってきた。

 あの、先程お話しをされていた者が支配人ですが・・・。

 ・・・えっ?

 僕は、すぐに火葬場を出たよ。廊下に飾られていた絵をもう一度見に行こうと思っていたけど、怖くてそれどころじゃなかった。

 だから、真相は闇の中。話をしてくれた支配人が、絵について本当の事を語ったのかも分からない。

 でも・・・、僕は本当の事だと思うんだよね。あの絵を見る限りは。

 だって、炉前ホールに入った時と、出る時で、どこか、表情が変わっているような気がしたからさ。

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