第85話 アカイさん

 ベタな怖い話の題材ねえ・・・。

 ああ、御札の話って、してたっけ?してなかったかな?

 まあ、いいや。じゃあ、御札の話をしようか。

 御札こそ、ベタな題材だよねえ。題材っていうか、よく出てくる要素だ。

 ホテルに泊まったら、掛けてある絵の裏とか、ベッドの下に御札が貼ってあった、なんてのはよく聞く話だ。事故物件の押し入れに貼ってあったとか、襖を剥いだら御札が出てきたとかね。

 今からする話も、結局はそんな感じの話なんだけど。


 —アカイさん—


 ホテルに勤めていた人から聞いた話。

 勤めていた、といっても、その人は短期間、ホテルスタッフとしてアルバイトをしただけだった。

 大学を出てすぐに就職した会社が完全にブラックで、半年も経たない内に辞めたんです。それで、次の就職先を探している間、どうにか金を稼がなきゃと思って、あんまり深く考えずに応募したんですけど。

 その人は俯きながら話し出した。

 ホテルスタッフっていっても、フロントに立ったことはほとんどありません。自分がやっていたのは、主に客室係ですね。要は清掃ですよ。客が出ていった後、掃除をしたり、ベッドメイクをしたり。

 寂れたビジネスホテルだったから、業務は楽な方だったんじゃないですかね。部屋が狭いから、物を置く位置も覚えやすかったですし。客もほとんど、地方に出張に来させられたって感じの会社員っぽい連中ばっかりでしたから、大して荷物を部屋に置かないんで、気を遣わなくて済みました。クレームがあったことはほとんど無いですね。アメニティの歯ブラシを使ってたら折れたから届けに来いとか、それくらいだったかな。

 でも・・・、ある時、フロントの裏の待機所で作業をやってたら、リンってベルが鳴ったんですよ。呼び出しのベルが。

 何度も慣らされたから、渋々出て行ったら、フロントには誰もいなくて。フロントスタッフの人がたまたま席を外してたんです。

 仕方なく、どうされましたって訊くと、いかにも中年サラリーマンって感じの客がいて、怪訝な顔でこう言ってきたんですよ。

 あの、部屋のカーペットの下に、御札が貼ってあったんですけど。

 ・・・御札?

 初耳だった。バイトを始めて三カ月くらい経っていたけれど、そんなことは聞かされていなかった。

 どうしようと狼狽えていると、フロントスタッフの人が戻って来て、応対を代わってくれた。すごすごと裏に戻ると、しばらくしたらフロントスタッフの人が入って来た。

 さっきの人、どうしたんですか?

 ん?ああ、部屋を変えてくれって言ってたから、変えてあげたよ。

 あの、・・・御札って。

 ああ、○○君、知らなかったっけ?

 フロントスタッフの人は、何の気なしといった感じで教えてくれた。

 五階のフロアはね。角の508号室以外、全部御札が貼ってあるんだよ。

 ・・・え?

 またもや初耳だった。五階は、自分が清掃を担当していたフロアだったというのに。

 まあ、知らなくて当然か。カーペットなんて、捲らないもんね。たまに、ドアを開けて入った時に足に引っ掛けて捲れちゃって、それで客に見つかることがあるんだ。その時は、他の階に移動してもらうんだよ。別に何も起きやしないんだけどねえ。

 その飄々とした話し方に恐怖心を抱いていると、それを察知したのか、フロントスタッフの人は笑いながらこう続けた。

 ハハ、怖がらなくて大丈夫だよ。御札を貼ってる部屋じゃ、何も起きないんだから。

 えっ?

 不思議に思った。普通、逆だろう。オバケが出るから、御札を貼っているんじゃないのか?

 どういうことですか。それに、508号室って・・・。

 ほら、508号室って、フロアの角、非常階段の近くにある角部屋だよ。そこ、一回も客が泊まったことないでしょ?

 ・・・あ、そういえば。

 確かに、508号室で本格的な清掃をした覚えはなかった。

 あそこはね。とても客を泊まらせられるような部屋じゃないんだよ。いや、先住民がいるって言った方がいいかな。

 先住民?

 うん。あそこにはね。アカイさんがいるんだ。

 ・・・アカイさん?

 そう。だから、508号室以外の部屋には、全部御札を貼ってあるんだよ。アカイさんが入ってこれないように。

 ど、どういうことですか?

 だから、そのまんまだよ。508号室のアカイさんが、他の部屋をうろつかないように、入り口の御札でブロックしてるってこと。

 背筋が凍った。まさか、五階がそんな怖いフロアだったとは知らなかった。

 あ、あの、アカイさんって・・・。

 だから、そんなに怖がらなくたって大丈夫だよ。アカイさんは真夜中しか出ないし、廊下じゃ何もしないらしいから。

 それだけ言うと、フロントスタッフの人はどこかに行ってしまった。

 それからしばらくして、バイトは辞めたそうだ。最後まで、怖い体験をすることはなかったらしいけど。

 ちなみに、その後、事故物件検索サイトでそのホテルを調べたら、詳細な情報は表示されずに、”飛び降りた後に部屋で焼身自殺?”っていう、なんとも不可解な文字列が出てきたらしいよ。

 アカイさんて、つまり、そういうことなんですかねえ。

 その人は最後まで俯いていた。

 今も、就職活動の真っ最中だそうだ。 

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