第83話 廃墟の人形

 開かずの間、鏡、ときたから、今度は人形の怖い話をしようか。

 人形って、怖い話の題材によく挙げられるよね。髪の毛が伸びる人形とか、勝手に動く人形とか。

 人を模して作られているから、怨念が籠りやすいとか、そういう風に言われるけど、どうなんだろうね。曲がりなりにも人の形をしていたら、魂が宿るものなのかな?

 人形に魂・・・、ああ、こんな話があったね。人形の怖い話はたくさん知っているけど、この話をしようかな。


 —廃墟の人形—


 かなり最初の方に、廃墟マニアの知り合いがいるって話をしたよね。この話も、そいつから聞いたんだ。

 そいつには、廃墟巡りの、いわゆる師匠的存在の人がいた。

 ネットで知り合って仲良くなって、それから色々と廃墟巡りのイロハを叩きこまれたらしい。こんな格好で探索しろとか、不測の事態に備えてこんな物を持っておけとか。

 年上だからか、すごく厳しく言われるんだけど、不思議と説得力があってさ。だから、勝手に師匠って言って、一緒に廃墟探索に行ったりしてたんだ。職場の上司より慕ってたよ。

 そいつは懐かしそうに話し出した。

 所詮、自分たちのやっていることは犯罪スレスレのグレーゾーンな趣味に過ぎないが、だからといって絶対に一線を越えるな。それが師匠の口癖だった。

 要は、土地の管理者に迷惑をかけないとか、廃墟の物を持ち出さないとか、そういうことだよ。どう足掻いたって、人様の土地に侵入することになるわけだからな。だから、師匠はもう誰が管理してるのか分からなくなってるような、本物の廃墟にしか行かない。入っても誰の迷惑にもならない、世間から忘れ去られたような廃墟にしか。

 あの時もそうだった。師匠に連れられて行ったのは、もう半分以上が山の一部に侵食されてしまった廃村だった。

 来るのは師匠も初めてだったらしくて、結構テンション上げてたよ。ネットの口コミで探し当てたって言ってたっけ。

 俺もテンションが上がって、写真を撮りまくった。かやぶき屋根が山の斜面みたいになってる家とか、中の畳が雑草の苗床になってる家とか、土間が野生動物の巣みたいになってる家とかをな。そういうのを見ると、ウズウズするんだ。マニアにとっちゃたまらなかったよ、その廃村は。

 それで、家という家に入って写真撮ってたら、オイって師匠から呼ばれた。何ですか、って出ていくと、師匠は竹藪を指差してた。

 凄い家があるぞ。

 言われて気付いたけど、鬱蒼とした薄暗い竹藪の中に、家があったんだ。よく見なきゃ分かんないほど、竹藪に隠れてた。溶け込んでたって言った方がいいな、あれは。

 顔を見合わせたら、師匠はすげえ笑顔だったよ。俺も笑顔だったと思う。あんな凄いのは久しぶりだったからな。

 遠目から見ても分かったよ。家が竹に貫かれてるのが。家が竹藪と化してたんだ。

 行くっきゃない。示し合わせたように二人で竹藪に入っていった。地面は笹だらけでブワブワだったけど、近くに行くと硬くなった。多分、石が敷き詰められてたんだろう。

 目の前まで来ると、そりゃもう凄かった。家の中は竹だらけだったよ。床から出た竹が天井と屋根を貫いてて、柱みたいになってたんだ。この家、竹で支えられてるんじゃないかってくらい。

 それでも歩ける程度に開けてたから、懐中電灯片手に中に入った。床板も畳もほとんど朽ちてたから、床の骨組みを跨いで進んでいくと、奥に和室があった。

 不思議だったよ。そこだけ、竹が無かったんだ。土間も居間も竹だらけだったのに、そこだけ竹が生えてなかった。畳も腐ってはいたけど、踏み抜かない程度にはしっかりしてた。

 壁には人物画が飾ってあった。写真じゃなくて、手書きのな。別に珍しいことじゃ無い。写真が無い時代はそうやってたんだろう。その横に神棚があって、奥には仏壇があった。どっちもボロボロだったけどな。

 ここまでは、よく見る日本家屋の廃墟の和室の風景だった。

 でも、あんなのは今まで見たことがなかった。

 床の間に、ガラスケースが飾ってあったんだ。何だと思って照らしたら、中に子供がいた。

 ビビッて懐中電灯落としたよ。慌てるなって師匠に言われてよく見たら、それは人形だった。

 三歳くらいの子供を模した人形だったよ。等身大で、ちゃんと着物を着てた。

 でも、なんというか、妙に生々しかった。肌は元々白かったんだろうけど、それがくすんでるせいか黄ばんでて、本物みたいに思えて。それに・・・、髪がやけにリアルなんだ。艶っぽいというか。

 何ですかね、あれ。

 そう言ったら、師匠がケースに近付いていった。

 ・・・これは、多分、

 そう呟いたと思ったら、突然師匠がブルブル震えだした。

 師匠?師匠、どうしたんですかっ。

 呼びかけるけど、師匠は肩をガクガク震わせるだけで、答えてくれない。

 あ、これって、ヤバいやつかもしれない。

 直感でそう思った瞬間、師匠の手首からパラパラッと何かが散らばった。

 息を呑んだ。

 師匠が常に身に着けていた数珠だった。それが切れて、畳の上に散らばっていた。

 ほら、廃墟って何がいるか分かんないだろ?だから、こういうものを身に着けておいた方がいい。

 いつか、師匠がそう言っていたのを思い出した。

 師匠!師匠!しっかりしてくださいっ!

 肩を抱えて揺さぶると、師匠が突然泡を吹いて跪いた。そして、急に何事も無かったかのようにピタリと大人しくなってしまった。

 ・・・師匠?大丈夫ですか?

 ・・・ああ。

 あ、あの、数珠が・・・。

 ・・・もう、出よう。

 真っ青な顔の師匠と一緒に家を出ると、すぐに車に乗り込んで帰った。

 廃墟巡りの跡はラーメン屋に行く恒例行事があったから、いつものように立ち寄った。テーブルに着いて、セルフのお冷を持って行くと、師匠はそれを一気飲みした後、ポツリポツリと語りだした。

 ・・・あれは、死んだ子供を模して作られたんだ。

 え?

 あの家の子供だ。幼くして病気で死んで、それを悲しんだ親が作ったんだ。寂しさを紛らわすために、我が子そっくりな人形を。

 な、なんで。知ってたんですか?あの人形のこと。

 ・・・教えられた。

 ・・・え?

 言われたんだ。そのせいで、今でもこれに縛り付けられてるって。

 ・・・言われたって、誰に・・・。

 それっきり、師匠は黙り込んでしまった。しばらくしたらラーメンが来たけど、まったく味を感じられなかった。

 結局、ほとんど会話をしないまま、その日は解散した。その日を境に、師匠とは連絡が取れなくなってしまって、もう二年になるそうだ。

 師匠がよく言ってた言葉、今でも思い出すよ。

 絶対に一線を越えるな。でも、師匠は一線を越えちまったんだ。越えさせられたって言った方が正しいのかもしれねえ。

 ”そのせいで、今でもこれに縛り付けられてる”って、どういう意味なんだろうな。やっぱり、親がそっくりな人形を作ったせいで、今も魂がそこに縛り付けられてるってことなのか?

 だとしたら、浮かばれねえよな。親の愛情が、子供の魂を今も苦しめてるってことなんだから。

 そいつは、遠い目をしながら話し終えた。

 その廃墟、今でもたまにネットで話題になっているらしいけど、もう行く気にはなれないそうだ。 

 

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