第81話 菊の間

 さてと・・・。

 これで81話目か。あと20話で終わるんだねえ。

 どうしようか。話のストックはたくさんあるんだけど、あと20話しか話せないとなると、どの話をするか迷うね。

 うーん・・・。

 せっかくだから、ベタな怖い話を語っていこうか。

 ベタっていうか、怖い話の題材によく挙げられるようなヤツ。例えば、開かずの間とか、鏡とか、人形とか、そういう話。

 いや、もちろん、ベタだからって、ネットでよく見かけるような話はしないさ。目新しさに欠けるような、有名過ぎるヤツなんて、大して怖くないしね。

 僕だってオカルトマニアの端くれさ。その辺はわきまえてるよ。

 はは。まあ、怖いかどうか、決めるのは君だからね。怖がってくれたらいいんだけど。

 それじゃあ手始めに、開かずの間っぽい話でもしようか。


 —菊の間—


 その民宿は、今はもう閑散としてしまっている温泉街の一画に佇んでいる。

 和風の古めかしい造りの建屋で、内部は所々に、昔は栄華を極めたんだろうなあといった趣の写真や置物が展示されている。有名な政治家が来訪した時の記念写真や、やたらと大きな樹木を切り出して造られたテーブル、見るからに高級そうな大きい壺、触れないように飾られている価値のありそうな古い掛け軸。

 でも、今となっては、それらは埃を被るばかり。紅葉深まる観光シーズンですら、客は数えるほどしか訪れない。まともに経営できているのか、泊まる方が心配になるほど。

 でもなぜか、その民宿は、周りの旅館が次々と潰れていく中で、ひっそりと息を続けている。

 あんまり他所の人には話さないんですけどねえ。

 物腰柔らかな女将さんは、そんな風に話し始めた。

 継続は力なり、って言うでしょう?何事もね。うちも、それをやっているだけですよ。

 ほら、藤の間、鶴の間、葵の間、橘の間・・。それぞれお客様の泊まるお部屋は、この二つの宴会場を囲うような形になっているでしょう?

 この宴会場はね、昔は続き間だったんですよ。今は真ん中に間仕切りを造ってもらっていますけどね。

 そこに、菊の間があるんです。

 菊の間ですよ。もちろん、お客さんを入れることはありません。お客どころか、うちの人間も限られた者しか入りません。まあ、入りたがるような物好きはいないんですけどねえ。

 傍から見たら、ここに部屋があるかどうかも分からないでしょうねえ。何せ、壁で二重に囲ってあるんですから。扉はひとつだけ。そこも目立たない位置にありますし、いつも鍵を掛けてますから。

 お部屋といっても、菊の間は正確に言うと、お部屋ではないんです。

 四方を襖だけで囲んだ、いわゆる中の間です。 

 なんでそこにそんな間があるのか、私も先代から聞きました。とは言っても、断片的にですけどねえ。

 なんでも、先代が働き盛りの時代、この民宿が栄華を極めていた頃、菊の間は造られたらしいです。

 先代はいつも冷静な方でしたから。恐らく、予期していたのでしょうねえ。この栄華がいつまでも続くわけはないと。

 それで、一計を案じたんです。懐が潤っている内にね。この民宿がいつまでも看板を掲げられるように。

 家一軒分。新築の家が建つほどの予算だったらしいですよ。菊の間にかけた金額は。

 もちろん、間仕切り壁でそんなにかかったわけじゃありませんよ。壁はただの壁ですから。なんでも、襖は特別製らしいですけどねえ。色々と、素通りできないように籠めてあるらしいです。それも、そこらの一流品に劣らないくらい値が張るんですよ。

 まあ、一番値が張ったのは、中のあれでしょうけど。

 あれはね、口に出せないんですよ。あれだけはね。だから、”あれ”ってことにしておきますけど。

 あれは、菊の間の真ん中に置いてあります。菊の間に一番入る機会が多い私ですら、あれを直視するのは躊躇いますよ。いかに形が変わろうと、あれは籠っているモノの年季が違う。とても、外に置いておける物じゃない。

 実際に、褒められた物ではありませんからねえ。あれを作って置いたせいで、先代は周りから大分責められたと聞きます。なんてものを作ったんだとね。中には、あれのせいでこの街が廃れ始めたなんて、因縁をつけてくる人もいたとか。

 でもね、うちはあれのおかげで、こうして今も、細々とはですが、看板を掲げられているんですから。先代には感謝しかありませんよ。

 あれはね、呼び込むモノなんです。

 本来ならば、祓って然るべきモノらしいですけどねえ。あれの設置を頼んだところに言わせれば、手順を踏んで扱い方を考えれば、招き猫に化けるそうです。

 ええ、正に招き猫ですよ。定期的に人を招いてくれる。それが、どんな理由であろうとねえ。

 もちろん、手順を守って管理していれば、なんてことはありません。ただの部屋ですから。掃除するのと同じです。

 まあ・・・、掃除する度に毎度気を削がれるのは大変ですけどねえ。中に入ったら、まともに息もできませんし。

 あれはね、定期的に外に出るんです。決まって、新月か三十日月の晩にね。

 それに合わせて、前日の夕方に菊の間に入ります。そして、四方の襖の内、周期によって、どれかひとつを開いておくのです。今日は東口、今度は南口、といった風にね。あれが出ていけるように。

 もちろん、お客さんに迷惑をかけるわけにはいきませんから、あれの通り道になる部屋はその都度、予約の段階で避けておくんです。でないと、大変なことになりますから。

 先代の時代に一度、酔っぱらったお客さんが部屋を間違えて入ったまま寝入ってしまって、その部屋が運悪くあれの通り道になったことがあったらしいですけどねえ。

 一命は取り留めたらしいですよ。まともに読み書きが出来なくなってしまったと聞きましたが。それ以来、あれの管理周期が短くなったとも言っていました。

 先代はそれを悔み、教訓として、何があったとしても、続けるように言い聞かせたそうです。菊の間の管理をね。例え災害が起ころうと、死人が出ようと、あれを必ず正しく管理し続けて、ここの看板を守るんだと。

 ですから、継続は力なり、なんです。私は今も先代の言葉を忘れず、決して怠ることなく、菊の間を管理しているんです。あれが出る晩は、部屋を空けるのは当然の事、二人以上寝ずの番を設けて、二度とお客さんに迷惑が掛からないようにしています。

 その甲斐もあってか、うちは周りが廃れ切った今でも、客足が途絶えたことはないんですよ。細々とはですがねえ。

 後継は今のところ居ませんが、最早、後悔などしておりませんよ。先代が立ち上げたこの民宿を、この時代まで守ることができたのですから。

 いつか、代償を払う時が来るのでしょう。もちろん、覚悟はしていますよ。先代もそうでしたが、恐らく私も畳の上では死ねないのでしょう。

 女将さんの顔は、終始穏やかなものだった。

 その民宿は、今も細々と続いているよ。

 

 

 

 

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