第79話 二人死んだ部屋
さっきの話の人もそうだけど、幽霊がでるって分かってるのに、その部屋に住み続ける人っているよね。
まったく、気が知れないよ。僕だったらすぐに引っ越すね。一番安心できる場所に幽霊がいるなんて、たまったもんじゃないよ。
でも、意外といるんだよね。そういう人って。幽霊を信じる信じないにかかわらず。
この話も、そんな人から聞いたんだ。
—二人死んだ部屋—
その人が引っ越したのは、いわゆる事故物件だった。
とある街の、何の変哲もない五階建てのマンションの一室。なぜか、その部屋だけ家賃がやたらと安かったのが決め手だった。
奨学金を返済する為に、とにかく仕事に追われていたんです。不気味だとか怖いだとか、そんなことを考える余裕も無くて、内見の後、即決めました。
その人は粛々と話してくれた。
もちろん、不動産屋には、きちんと説明してもらっていた。その部屋でかつて、何が起きていたのか。
二人。その部屋では二人の死者が出ていた。
一人は、自殺。
一人は、病死。
どこでどんな風に死んだのかは聞かなかった。オカルトなことなんて、信じていなかったけど、だからといって気持ちのいいものじゃない。具体的にどんな死に方をしたのか、なんてことは詳しく聞かないまま、その部屋に引っ越した。
部屋の中は別になんてことなかった。どこそこに染みがあるとか、異臭が染みついているとか、そんなことは全くなかった。
気にしなければ、なんてことはない。
そんな風に考えて、生活を始めた矢先のこと。部屋で過ごしていると、どうにも落ち着かなくなった。
部屋の中の何もない空間に、背中を向けられないんだ。どうにも、何かがいるような気がしてならない。
そして、視界の隅に何かが映ることがある。それが何かは分からない。何か動くような気配があって、そっちに目を向けると何もいない。
気のせいだろう。仕事が大変だし、疲れているんだ。
そう自分に言い聞かせて、毎日を送っていた。
そんなある日のこと。実家から、弟が泊まりに来ることになった。なんでも、追いかけているアイドルグループのライブが近くであるから、一晩だけ宿代わりに使いたいと。
快く承諾して、当日。弟が部屋に来ると同時に職場から連絡があって、急遽出勤しなければならなくなった。弟に鍵を渡して、入れ違いで部屋を出ると職場に向かった。
どうやら、片付けたと思っていた案件が手違いでゴタゴタになっていたようだった。あちこち駆けずり回って、頭を下げて、なんとか解決した頃には、もう夜になっていた。
くたくたに疲れて部屋に戻ると、弟が真っ青な顔をして震えていた。
何、どうしたの。
姉ちゃん、ここ、ヤバいよ・・・。
弟は、恐る恐る語りだした。
あれから、部屋で一人で過ごしていたら、なぜだか落ち着かなかった。ずっと、誰かから見られているような気がしてならない。
気味が悪かったから、ずっとテレビをつけて過ごすことにした。やがて昼になって、コンビニに昼食を買いに出掛けた。部屋に帰って食べ終わった後、横になっていたらウトウトしてしまった。
そのまま寝てしまって、気が付いたら金縛りにあっていた。
あれ?真っ昼間から金縛り?
仰向けの状態のまま、不思議に思っていると、目の前を足が横切った。
え?
右から、左から、右から、左から。だらんとした足が目の前を横切っていく。
あ、これ、宙ぶらりんの人がブランコみたいに揺れてて、それを真下から見てるのか。
そう理解した瞬間、今度は右の耳元で、
ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね、ねえねえ私の方だよね。
まったく同じ音程で囁かれた。
恐ろしくなって咄嗟に左に顔を背けると、そこには首が直角に折れ曲がった女が口を開けていて、
ゲゲッグゲゴゲエェェエ。
カエルのような声を発した。その瞬間、気絶して、目覚めたら夜になっていたそうだ。
ここ、絶対ヤバいよ。事故物件か何かじゃないの。
そうだよ。
なんで言わないんだよ。
しこたま怒られた。結局、弟は近くの漫画喫茶で夜を明かすといって、出て行ってしまった。
その後、しばらく経ってから、同じ階に住んでるおばさんと仲良くなって、それとなく聞いてみた。
あのう、私の部屋って、過去に何かあったんですよね。一体どんなことが起きたんですか?
すると、おばさんは目を丸くしながら、
あんた、何も知らずに住んでたのかい?
と驚かれた。それから、その部屋で何が起きたのか教えてくれた。
なんでも、ずっと前に住んでいた男がホストをしていて、職業柄なのか、女性とのトラブルが絶えなかったらしい。
近所迷惑だなあと思っていると、ある日、半分ストーカー化していた女性客の一人が、部屋で首を括った。合鍵を勝手に作られて侵入され、事に及んだんだと。
ところが、驚くべきことに、そのホスト、また別の女性と半同棲を始めたっていうんだよ。その部屋で。
すると、半年も経たない内に、その女性が病気で突然死した。
そのホストも流石に周りの目を気にしたのか、部屋を引き払って出ていった。その後の消息は誰も知らないらしい。
だから、ほら、この階って、女しかいないでしょう。
え?
言われてみれば、確かにその階には女性の住人しかいなかった。他の階には学生さんや家族連れもいるけど、この階は女性の一人暮らしばかりで男性がいない。
この階に男がいると、でるらしいのよ。不動産屋から言われなかった?男を連れ込まないで、とか。私の時は説明があったわよ。
おばさんは遠い目をしながらため息をついた。
多分ですけど、弟は勘違いされたんですかねえ。
その人は無表情で話し終わったよ。今もその部屋に住んでますって言うから、何でですかって聞くとね。
だって、男がいない限りは、少々落ち着かない家ってだけで、なんともないですから。ずっと仕事が忙しいから、彼氏なんて作る暇もありませんし。それに、家賃も立地もいいですからね。
無表情でそんなこと言うんだよ。
僕は話も怖かったけど、その人のことも十分怖かったね。平気な顔して事故物件に住み続けるなんてさ。
それにしても、男子禁制の階なんて、奇妙なものだよね。逆に、女の人が住んでる方が、嫉妬とかされそうなものだけどさ。幽霊の気持ちは分からないよ、ホント。
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