第78話 捲れたポスター
なんだか、物足りないなあ。
ん?ああ、ちょっとね。
ほら、怖い話のオムニバスドラマのテレビ番組とかでさ、たまに怖いけどいい話だった、みたいなのが挟まれることがあるでしょ?
実は良い話でした、とか、怖いけど最後はほっこりした、みたいなさ。
僕ね、ああいうの、あんまり好きじゃないんだ。
別に嫌いじゃないし、たまにはそういうのがあってもいいとは思うんだけどさ。なに怖い話でほっこりさせてるんだ、って感じちゃうんだよね。
怪異なんて、得体の知れないモノなのにさ。
はは、ごめんごめん。ちょっと腑抜けた話が続いたから、そう思っちゃったんだ。
じゃあ、凄くとは言わないまでも、ちょっと怖い話をしようか。
—捲れたポスター—
映画が好きな人から聞いた話。
その人は映画が好きで、同時にグッズ収集の趣味もあった。
好きな映画のグッズを、部屋に飾ってコレクションしているんだそうだ。専用の棚まで買ってしまうくらい。
集め出したらキリが無いんですけど、それでも好みの映画に出会うと、集めずにはいられないんですよね、って笑ってたよ。
それじゃあ、ポスターなんかも集めてるんですか?って僕が聞くと、急にその人は苦い顔をした。
ええ、集めてますよ。飾ることはないんですけど。
その言い方が引っかかって、僕は聞いた。
飾らないって、もう部屋の中に貼るスペースがないってことですか?
いや、違いますよ。貼れなくなってしまったんです。訳があって。
その人はぽつぽつと、その訳を話してくれた。
ある時、仕事の都合で引っ越すことになった。
いわゆる転勤だった。その人は独身だったから身軽だったけど、さあ大変となったのは大量のコレクションだ。
ネットで調べて、評判のいい引っ越し業者を探した。連絡を取って、念入りに打ち合わせをしながら、プランを決めた。
大事なコレクションを破損されたり、紛失されたりしたら大変だ。不安でしょうがなかった。業者には何度も、どうか丁寧にお願いしますと頼みこんだ。
そして引っ越し当日。恐ろしいほど何事も無く、丁寧に引っ越しは終わった。
コレクションをひとつずつ確認していったけど、全部無傷だ。ポスター類も潰れたりしていなかった。
良かった良かったと、荷物を整理していった。棚を組んで、ああでもないこうでもないと考えながら配置を決めて、空いた壁にはたくさんのポスターを貼り付けていった。
ようやく終わって一息つくと、そこには新しい自分の根城が出来上がっていた。映画グッズに囲まれた、自分だけの部屋。
いざ、新生活のスタートだ。
新しい職場で、今までと違う業務をこなしながら、新しい街で生活していった。全部が順調に進んで、何の問題も無かった。
そんなある日の事、部屋でくつろいでいると、部屋の中のポスターが一枚、剥がれかけていることに気が付いた。
並べて貼ってあるポスターの中のひとつの、左上がペラリと捲れていた。
ポスターは、壁に傷を入れたくなかったから、壁紙に跡が残らないテープで貼ってあった。
貼りたてだというのに、なんでだろう。粘着力が弱かったんだろうか。
不思議に思いながら、そのまま壁に押し付けて貼り直した。
ところが、何分か経つと、またそこだけ捲れている。
まったく、と思いながら、テープを新しく貼って貼り付けた。
ところが、次の日の朝起きると、やっぱりそこだけ捲れている。
何だというんだ。そこだけ壁紙が悪いのか。
イライラしたけど、仕事に行かなければならない。とりあえず、また壁に押し付けるだけ押し付けて、仕事に出掛けた。
その日の夜、帰ってくると、やっぱりポスターは捲れている。
こうなれば、テープをたくさん貼り付けてやろう。
そう考えて、テープを探していると、ふと背筋が冷たくなった。
なんだ、急に?
振り返ると、捲れたポスターから、だらりと腕が垂れていた。
—————え?
思わず、目をこすった。
捲れたポスターと壁の間から、だらりと腕が覗いている。まるで、手品のように。
うわあっ!
悲鳴を上げると、腕はスウッと引っ込んだ。
震えながら、恐る恐るポスターに近付くと、当然のように何もなかった。誰もいないし、壁に人が忍び込める空間があるわけでもない。穴も何もない、まっさらな壁だ。
見間違いだったんだ。疲れて、幻覚でも見たんだろう。
そう結論付けて、ポスターを貼り直した。念の為に、ピンも刺しておいた。穴が開くのは嫌だったけど、怖くて気にしてはいられなかった。
それからしばらく経ったある日の夜。真夜中に、ふと目が覚めた。
普段はこんな時間に目覚めたりしないのに、どうしたんだろう。
時計に目をやっていると、壁に違和感を感じた。
ポスターが一枚、捲れている。あの何度も捲れていたポスターだ。その左上が、またペラリと捲れていた。
そして、そこから、顔が覗いていた。血の気のない、女の顔だった。長い髪を垂らして、無表情でこちらを見つめている。
身体が硬直した。目が合ったまま、動けないでいると、顔の横からニュウッと両腕が伸びた。捲れたポスターにしがみつくようにして、まるで物陰から覗き込むように、こっちを見てくる。
恐怖のあまり、息ができないでいると、突然その女が右の方を見た。そして、何かを確認したのか、またゆっくりと向き直った。
その瞬間、ずっと無表情だった女が、嬉しそうに笑ったそうだ。
心底嬉しそうな笑顔を浮かべながら、女は壁とポスターの間に引っ込んだ。
次の瞬間、ずらっと並べて貼ってあったポスターが、メリメリと剥がれだした。完全に剥がれることはなくて、貼り付けてある四方のどこかがどんどん捲れていく。
呆然とそれを見ていると、凄まじい恐怖に襲われた。
次々に捲れていくポスターが、右へ右へ移動していたんだ。あの女が見遣った方向に。
そう、まるで、あの女が移動しているみたいに。
ということは・・・。
一瞬で次に起こることを理解して、飛び起きた。
このままじゃ死ぬ。
そう思って、転がるように外に飛び出した。財布も携帯も持たずに、着の身着のままで。
そのまま、朝まで近所のコンビニでやり過ごしたんだそうだ。
このままじゃ死ぬって、一体何が起きると思ったんですか?って僕が聞くとね。その人、こう言うんだよ。
そのポスターが捲れていった先にはね、お気に入りの映画の、かなり大きなサイズのポスターが一枚、貼ってあったんですよ。縦が1メートルくらいあるようなものがね。
あの時、直感で分かったんですよ。
捲れていたのは、A3用紙くらいのサイズの小さなポスターだった。
だから、腕と顔だけで済んだ。覗くくらいでね。
でも、もし大きなポスターが捲れたら、あの女の全身が出て来れるんじゃないかと思ったんです。
だから、必死に逃げました。
その人は力なく笑ってた。
ちなみに、今でもその部屋に住んでいるそうだ。部屋中のポスターを剥がしたら、何も起きなくなったらしい。
ただ、今でも、壁に服やカレンダーなんかは掛けないんだそうだ。壁掛け時計すら、外してしまったんだって。
怖いんですよね。壁に何か掛けたら、またあの女が出てくるんじゃないかと思うと。
僕は、すぐに引っ越せばいいのに、って思ったよ。勇気のある人だよ、まったく。
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