第49話 水の跡
似た系統の話をもうひとつだけしよう。
ははは、海の話ばっかりじゃないかって?
安心してよ。これで海に関する怖い話は最後にするからさ。まあでも、途中で思い出したら、また海の怖い話をするよ。
はは、その顔。約束が違うって?勘弁してよ。百話も話すんだ。それくらいはいいじゃない。
—水の跡—
釣りが好きな人から聞いた話。
その人は週末が来る度に海に行っては、一日中竿を垂らしてるほどの釣り好きだった。
釣りって、奥が深いんですよ。魚との騙し合いみたいなものですからね。楽しくてしょうがないんです、って熱弁されたよ。
ある日の事。魚が釣れやすい夜の時間帯に、いつものように馴染みの釣り場に行ったら、今までに見たこともないくらい先客が押し寄せていた。
夜だっていうのに、一体どうしたことだと思っていたら、どうやら近くで夏祭りをやっていたらしくて、その客が釣り場を占領していたんだ。
さすがにあんな人の多い所で竿を振り回したらトラブル一直線だ。そう考えて、仕方なく別の釣り場を探すことにした。
海沿いの道を車で走りながら、手頃な釣り場を探してみたけど、どこも同じように釣り場を追われて逃げてきた釣り人でいっぱいだった。どの釣り場も、ライトの灯りがひしめき合っていて、入る隙がなさそうだった。
しばらく探索したけど、探せど探せど中々良さげな釣り場は見つからない。そこで思い切って、新しい釣り場を求めて、未開の地に行ってみることにしたそうだ。
いつもは行かないような辺鄙な場所の、そのさらに奥。海岸沿いを車で行けるところまで走らせてみると、とうとう突き当たりの場所に出た。
そこは殺風景なコンクリート堤防と山が隣り合っている、境目の先端のような場所だった。
車から降りて海を照らして見ると、深さがあって魚がいそうな気配がする。未開拓の釣り場にワクワクしながら、早速竿を垂らして釣りに勤しんだ。
すると、すぐに一匹釣れたんだそうだ。それも中々いいサイズの魚だった。
こりゃあいいや。ここは隠れた穴場なんだな。そう思いながら車に戻って、ぼんやり灯りをつけて釣り針を外していると、不意に背後で気配がした。
ぴちゃぴちゃっ。
振り返ると、堤防の端っこが濡れて染みのようになっていた。別に珍しくもない。高波がはじけて堤防を濡らしたんだろう。向き直って、気にせずに作業を続けていたら——。
ぴちゃっぴしゃぴしゃっ。
明らかに波の音じゃなくて、水を垂らしているような音だった。振り返ると、さっきの染みが大きくなっている。
・・・波が激しかったのか?でも、ここの堤防は海面まで高さがあるはず。
一体何なんだろう。気になって目を凝らしてみるけど、別にただの染みだ。広がる気配はないし、高波がはじけている風でもない。
念のために辺りを照らしてみたけど、誰もいない。というか、そもそも辺鄙なところだから、周りに車が停まっていない時点で、他に人がいないのは明白だ。
気にし過ぎかな。気を取り直して、釣り針に餌を付け直していたら——。
びちゃびちゃびちゃっ。
振り返ったら、血の気が引いた。
背後も背後。座り込んでいた地面のすぐ真後ろまで、水の染みが迫ってきていたそうだ。まるで、堤防からびちょびちょに濡れたものを引きずってきたみたいに。
うわああっ。怖くなって、急いで竿と道具を車に放り込んで、自分も車に乗り込んだ。何かが確実に自分を狙って迫ってきている。そんな気がした。
早く逃げなきゃっ。エンジンをかけて、アクセルを踏み込んだ瞬間だった。
びしゃっ!
フロントガラスに、水風船でも叩きつけたみたいに水滴が広がった。
うわああああああああああ!
アクセルを思いきり踏み込んで、急いでその場を離れたそうだ。変な話だけど、しばらく走った後に、ワイパーを動かしてフロントガラスの水を跳ねのけたんだって。なんだか、無性に怖かったそうだ。なんてことない、ただの水が。
波でもない。雨でもない。あれは一体何だったんでしょうねえ。
その人は何の気なしって感じで話してくれたよ。ちなみに今でも釣りは好きだけど、その場所にはそれ以来二度と近寄っていないそうだ。
でも、ちょっとだけ未練があるらしくて、いつかはそこでまた釣りをしたいって言ってたよ。なかなかいいサイズの魚が釣れたことが、忘れられないそうだ。釣り人も物好きだよね、ははは。
海から上がってくる水の染み。やっぱり、海にいたモノが、上がってきたのかな?足跡を残すみたいに、水の跡を残しながら。
でも、変だよね。そのモノがもともと人間だったのなら、人の足跡を残しそうなものだけど。
引きずった跡みたいだったから、やっぱりそのモノは海から這い上がってきたのかな?それとも、そもそも人間じゃないモノだったのかな?どっちなんだろうね?
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