第48話 花投げの儀

 続けて、海に関する怖い話をしよう。

 さっきの話もそうだけど、海って昔から人間の生業の場として機能していたからか、民間伝承みたいな話が凄く多いんだよね。

 今度の話もそういう類のやつなんだ。民間伝承っていっても、お堅い感じのやつじゃなくて、なるべく分かりやすく話すからさ。どうか、聴いてみててよ。

 ははは、何を今更って?

 これでも、僕なりに気を遣ってるんだよ。


—花投げの儀—


 民俗学を教えてる教授から聞いた話。

 その教授は五十歳くらいの、人のいいおじさんって感じの人でね。生徒からの人気はそこそこだったけど、話してみると本当に面白い人で、何でも教えてくれるんだ。

 僕は例によって凝りもせずに、何か怖い話を知ってませんか?って聞きに行ったんだよ。これはその時に聞いた話。

 その教授はひとりでふらっと地方に旅行に行くのが好きらしくて、それも観光地や名物がない田舎を探訪するのが趣味なんだそうだ。

 なんでも、そういう何にもない地方の田舎にこそ知られざる民俗学の一端があるみたいで、その辺をふらふらしてるおじいちゃんやおばあちゃんに話を聴くだけでも、十分興味深い話が出てくるんだよ、って熱弁してたっけ。

 ある時、いつものようにひとりで、ふらりとなんてことのない島に旅行に出かけた。これといった観光地や名物に乏しい島で、あるのは小さな漁港と民宿、食堂くらい。

 あちこちを見て回りながら、地元の料理に舌鼓を打ったりしていたら、あっという間に夜になった。民宿にチェックインしたら、そこの女将さんやご主人に島の歴史や成り立ちを聴いたりしながら、漁港でとれた魚の料理と地酒を楽しんで、充実した一日目が終了した。

 そして次の日の朝。やけに早く目が覚めてしまって、気晴らしに早朝の散歩に出掛けたそうだ。海沿いの道を歩きながら、爽やかな潮風とカモメの鳴き声を聴いていたら、ふとあるものに気が付いた。

 岩だらけの崖、磯って言った方がいいかな。そこに、なにかを撒いてるおばあさんがいたんだって。目を凝らすと、どうやら草花らしいきものをそこら辺に振りまいている。

 教授は直感で、なにかの地元に残る風習だ!って考えたらしい。これは見逃すわけにはいかない。話を聴こうと決めて、柔らかな態度で挨拶してみた。

 すると、おばあさんはにこやかに笑いかけてきた。教授は手応えを感じて、質問した。

 あのう、いったい何をされているんですか?って。

 ああ、これは”花投げの儀”ですよ。おばあさんはすんなりと教えてくれた。

 本当は方言だったけれど、要約すると”花投げの儀”って意味の言葉。聴きなれないその言葉に、教授のテンションはマックスだ。またひとつ、知られざる民俗学の知識が得られるぞ、ってね。

 そして、近くの岩場に腰掛けて、その”花投げの儀”について詳しく教えてもらった。ここからは、その”花投げの儀”の内容をそのまま話すよ。


 ———その島には古くから伝わる後ろ暗い風習があった。

 島の外れにある磯。そこには昔から大人が入れるほどの穴が開いていて、真下には海に繋がる空洞が広がっていた。

 そして満潮が夜にやってくる日、島に暮らす女たちは時折そこに赤子を抱えて来訪した。女は、そこで夜になると獲れやすい魚を狙って網を振るった。地元に伝わる漁師歌をたった一人で歌いながら。

 一匹、二匹、明日のお菜を獲り終えた頃に振り返ると、赤子の姿が消えている。半狂乱になって探すが、泣き声は聴こえず、波の音しか聴こえない。

 ふと、足元を見ると、おんぶ紐がその磯の穴に引っ掛かって波に揺れていた。

 ああ、漁に夢中になっている間に、磯の穴に落っこちて、波にさらわれてしまったのか。

 女はがっくりと肩を落として獲れた魚を抱え、家路に着いた。それ以来、女は時折、山間に咲く花を摘んでは、弔いのために磯の穴に投げ込むことにした———。

 

 僕は教授にこう言った。

 それって、要するに間引きじゃないですか。

 教授は淡々と言ったよ。

 そうだよ、でも、それ自体は珍しいことじゃ無い。

 なんでも、間引きは昔からどの地方にもある風習なんだって。ただ、その方法に言い訳を着けて習わしにしているケースは、あまり見ないものだったそうだ。

 話しは単純だ。産んでも育てきれない子供が産まれてしまった時に、磯に出向く。夜なのにわざわざ漁をするのは、赤子の姿を見失う言い訳だ。ひとりなのに漁師歌を歌うのは、赤子の泣き声を聴きたくないからだ。放っておけば、赤子は磯の穴に落っこちる。満潮で海が満ちた穴の中に波が押し寄せると、泣く暇も与えずに赤子はさらわれていってしまう。

 おばあさんは遠くを見るような目で話してくれたらしい。

 あんまり褒められた風習ではないけれど、昔からの習わしだから、自分は今でもこれを続けていると。

 おばあさんがやっていた”花投げの儀”。それは親の身勝手な都合で死んでいった赤子たちの供養だったんだ。それを、今の時代も続けている。

 教授はおばあさんに聞いた。

 もしや、おばあさんが今でもここに来て花を投げているのって・・。

 おばあさんは海を見ながらこう言った。

 昔はそうするしかなかった。それでも、毎日花を投げこまないと、いつまで経っても気持ちが晴れやしない。それに、こうやって誰かが花を投げ続けないと、この島はその内、誰も住めなくなるだろう、って。

 つまり、おばあさんは昔・・・。

 教授はそれ以上聞けなかったらしい。

 ね、怖い話でしょう?教授はあっけからんとしてたよ。確かに怖い話だったけど、あまりにもエグくて僕はドン引きさ。

 気になって、最後に教授に聞いたんだ。

 その島って今は・・・。

 ああ、今では誰も住んでいませんよ。過疎化の末に無人島になっています。だって、その島に行ったのは、もう二十年も前の事ですからね。

 ということは、おばあさんはもう・・。誰も住んでいないってことは、おばあさんの言っていたことは・・。

 わたしは君のようにオカルトの類は信じていませんが、民俗学として見てみると、中々興味深い事柄でしょう?

 教授はニッコリ笑ってそう言った。

 僕は怖くてそれ以上何も言えなかったよ。

 酷い話だよね。身勝手な都合で実の子供を殺すのに、海のせいにするなんてさ。因果応報なんて信じてないけど、やっぱりそういう風に考えてしまうよ。

 でも、おばあさんは何でそれに気付いたんだろうね。やっぱり、死期が近くなると、そういうことが分かってくるのかな?

 

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