第46話 流れ着くもの

 さっきの話さ、幽霊は出てこなかったけど、似たような怖い話ってたくさんあるよね。

 要するに、偶然にしてはどうにも出来過ぎているって感じの話。

 いくつかそういう話を知ってるから、今度の話はその中からひとつ紹介しようかな。

 ははは、紹介って言うなって?まあ、聴いててよ。幽霊は出てこない話だからさ。


 —流れ着くもの—


 高校の同級生から聞いた話。

 そいつが小学生の頃、地域の催しで海辺の宿泊施設に三泊四日で泊まる行事があった。

 それは同じ小学生くらいの子供を集めて、地引き網漁を体験したり、キャンプファイヤーをしたりする、要は林間学校の海バージョンのような行事だったらしい。

 そいつは滅多に海に行くことが無い内陸地の出身だったから、それはそれは楽しみだった。水鉄砲を買ったり、水中ゴーグルを新調したりして、わくわくしながら待っていた。

 そして当日。友達と長い時間バスに揺られて着いたのは、海沿いに建っていた大きめの民宿のような建物だった。

 ひとつ小道を挟んだら、すぐそこは浜辺が広がっている大きな青い海。着いた瞬間にテンションはマックスだ。気持ちを抑えきれなくて、荷物を置いたらすぐに水着に着替えたそうだよ。

 浜辺に集まって引率のおじさんから、いくつかの注意事項を言われたら、さっそく海水浴だ。友達とはしゃぎながら水鉄砲で遊んだり、潜って魚を観察したり、普段しないことをしてめちゃくちゃに楽しんだ。

 お昼は民宿で食べて、昼からは地元の漁師さんに地引き網を教わったりして過ごした。そうこうしていたら、あっという間に夜になって、花火をしたり、昼に獲った魚を食べたりして、充実した初日は終了した。

 ああ、明日はキャンプファイヤーをしたり、遊覧船に乗ったりできる。楽しみだなあ。わくわくしながら八人部屋の簡素な二段ベッドで、友達たちと眠りについた。

 そして次の日の朝。起きてみると、まだ時計は六時過ぎを指していた。起き上がって部屋を見ると、皆はまだ寝静まっていた。

 あんまり楽しみにし過ぎて、早く起きてしまったんだ。目が冴えちゃって、早く遊びに行きたいけど、誰も起きてくる気配がない。みんな遊び疲れてぐっすりな様子だった。

 寝ようとしたけど、じっとしているのもつまらない。しびれを切らして、部屋を出てロビーに向かったら、入り口の扉は解放されてはいるものの、受付には誰もいなかったそうだ。

 なあんだ。つまんないの。そう思って部屋に戻ろうとしたけど、戻ったってじっとしてるだけだ。

 振り返ったら、入り口は開いたまま。勝手に出たら怒られるんだろうなあ。そう考えたけど、誘惑に負けて朝の海辺に行くことにした。

 外に出てみると、人気は驚くほどなかった。遠い向こうの方で、船着き場にちらほら人が見えるくらいで、辺りには人っ子一人いない。賑わっていた昨日とは全く違う風景にちょっと違和感を感じながら、海を見に浜辺に向かった。

 潮が引いて昨日とはちょっと違う風景の浜辺は、流木や小さなゴミや貝殻が散らばっていたそうだ。物珍しくて、変わった形の貝殻や流木を拾っていたら、変なものが目に付いた。

 最初はゴミかと思ったらけど、近付いて見てみると、それは靴だった。

 ボロボロで、海水がたっぷり滲んだスニーカー。不思議なのは、ちゃんと近くに片方が流れ着いていて、きちんと両方の足がそろっていたんだって。

 別に疑問には思わなかった。へえ、海にはこんなのが流れ着くんだなあ。それからまた浜辺を散策して、起床時間前にこっそり部屋に戻った。

 その日もたくさん遊んで、また次の日。寝慣れないところで寝ているせいなのか、楽しみにし過ぎたのか、また早い時間に一人目が覚めてしまった。

 ああ、また起きちゃったなあ。時計を眺めていたけど、針はさっぱり進まない。また、しびれを切らしてロビーに行くと、やっぱり誰もいなかった。

 昨日みたいに一人で浜辺を冒険しよう。そう思い立ってまた外に出ると、やっぱり昨日と同じで人気はない。

 潮の時間が違うせいか、またちょっと違う風景の海を見ながら浜辺を歩いていたら、また変なものが流れ着いているのに気が付いた。

 昨日、スニーカーが落ちていた辺りに、今度はボロボロのジーンズが半分埋まっているように流れ着いていたそうだ。

 ダメージジーンズではなさそうだったけど、やっぱりボロボロで、海水を含んでぐっしょり濡れている。

 なんでジーンズなんかが、海にあるんだろう。誰かが捨てたのかなあ。

 そして、その日も楽しく遊んで、とうとう最終日。

 やっぱり早くに目が覚めて、慣れたように浜辺に向かおうとしたら、その日に限って受付に人がいたそうだ。

 おはよう、もう起きたのかい?早起きだねえ。

 そう話しかけてきたのは、見覚えのないおじさんだった。あれ?こんな人この民宿にいたかなあ?不思議に思ったけど、何の気なしに、おはようございまあす、って返事をしたら、おじさんはニコニコしながらこう言った。

 外はまだ危ないからね。出ちゃいけないよ。

 優しく嗜めるように言われたから、すごすごと部屋に戻ったそうだ。でも、ちょっと引っ掛かった。

 なんで、危ないんだろう。

 別に、雨や風が強いわけでもないのに、外に出ちゃいけないなんて、変なこと言うなあ。昨日は出ていっても平気だったのに。

 結局、部屋でみんなが起きるまでだらだらと過ごして待った。最終日は昼までだったから、午前中に室内でちょっとしたレクリエーションがあるだけで、特に大きなイベントはなかった。

 最後に荷物をまとめて、お土産を買って、帰りのバスに乗り込む時、民宿の人たちが見送りで並んで手を振ってくれたけど、やっぱりその中に、あの受付のおじさんの姿はなかったそうだ。

 別のところの人だったのかなあ。そう不思議に思いながら、名残惜しくバスの窓から海辺の風景を眺めていたら、遠くの浜辺に誰かが立っていた。

 あの受付のおじさんだったそうだ。浜辺にポツンとひとりで突っ立っていたらしい。ああ、あのおじさんだ。あんなところで何してるんだろう。そう思っていたら、どんどんバスはおじさんの方に近付いていく。

 そしてちょうど横切る寸前、おじさんの姿を見たら、ハッと息を呑んだ。

 おじさんは、ボロボロの白いTシャツに、ボロボロのジーンズに、ボロボロのスニーカーを履いて、全身がぐっしょり濡れていたそうだ。

 その光景だけ見れば、別におかしくはないよね。ぱっと見は、海で濡れてしまったおじさんだ。

 それでも、なぜか無性に怖くなったそうだよ。どうして、流れ着いたものを着ているんだろう。ボロボロのスニーカーに、ジーンズ。

 もしかして今日の朝、浜辺に行ったら、あのボロボロの白いTシャツがあったのか?でも、どうしてわざわざ受付にいて、外に行くのを止めたんだろう?なにか不都合でもあったのか?

 なにより、一番怖かったのは、浜辺に突っ立っていたそのおじさん。横切る瞬間は表情が分かるくらい距離が近かったそうだけど、ものすごい笑顔だったそうだ。ボロボロの出で立ちで。

 次の年もその行事は行われたそうだけど、そいつは行かなかったそうだ。

 馬鹿みたいな話に聴こえるかもしれないけど、俺はすごく怖かったんだよ。あのおじさんの笑顔が。もう一度あそこに行って、またあのおじさんに会ってしまったら、俺は発狂する自信がある。

 そいつはいつにもない真顔でそう言ってたよ。

 何の因果関係もないし、その後も何も起きてないそうだけど、なんだか不気味な話だよね。流れ着いたものを身に着けて、笑顔で突っ立っているおじさんって。一体何がしたかったんだろう。

 傍から見ればなんてことのない、むしろおかしな光景だけど、なぜだか一つ一つの要素が不気味に感じる。やっぱり、偶然浜辺に流れ着いたものに、何かがあったのかな?

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