第8話:対 ウォルス隊

 促されるままにターミナルに移動している。アイオンとウォルス達の天狼含めた、六人と四頭が並んで外縁部に立った。足を踏み外せば空へ真っ逆さまという、まさしく国の最端である。


「ひとまず、ものは試しだ。いきなり上手くはいかないとは思うが、チーム戦がどういうものか体験してみるんだな」


 ウォルスが淡々と言う。その肩にはいつのまにか天羽と呼ばれる鳥が泰然と留まっている。小さな身体ながら、羽根のある生き物の中でも最速を誇る種だった。落ち着いたクラウドグレイの羽根をしていて、鋭い爪と嘴を有する猛禽の風情漂う天羽でだが、性格は極めて温厚にして忠実で、国同士の手紙のやりとりに主に遣われている。


「こいつはキウォールで一番の天羽だ。こいつに、俺たちから逃げるよう指示する。それを先に捕まえた方の勝利だ」


 ウォルスが簡潔に訓練内容を説明しながら、懐から取り出した脚輪を天羽の脚にくくりつけている。魔力で光を発する発光石だ。途端に発光石が金色の光を放つ。


 空の中で天羽を見つけやすくするためだろう。


「妨害はありだよな?」


 アンガスが訊ねた。


「もちろんだ。それも含めた連携の訓練だからな。ただし今回は武器型の魔具の使用は禁止する。あくまでチームで協力して天羽を捕らえる訓練だ」


「俺としては武器を使ってもらってもいいんだが、まあ了解だ」


「エンナとイーファもいいな?」


  二人して頷く。フィスとリオンもすでに臨戦態勢にあるようで、それぞれの天狼に跨がって開始を待っている。


「ゆけ!」


 ウォルスのかけ声に反応して天羽が飛び立つ。あっという間に天羽の姿が点となっていき、金色の光が遙か遠くに見えるのみとなった。


「スリーカウントの後にスタートだ。ーー3、2、1……始め!」


 一斉に駆けだした。


 三頭の天狼が力強く羽ばたきながら飛翔に備え、アイオンが外縁の外に陣の道を展開する。それに負けぬ凄まじい勢いでイーファとアンガスが並走している。


 アイオンが一番に外縁を踏み抜いて大空に飛び出した。その背の上で、エンナはうなじが泡立つのを感じた。無限の開放感と、それに同居する自由への恐怖。大空に出るといつも感覚させられるものだった。


 次いでアンガス、イーファ、ウォルス隊の天狼達が続く。


 全員が一直線に金色の軌跡を辿り、競争となる。最初こそ出遅れた天狼だが、やはり空では彼らに地の利がある。見る間に速度を上げている。


「さて、どーするよ隊長?」


 アイオンの左隣に並んだアンガスが試すように問う。


「このまま素直に競争してたら、どう考えても先生達が有利だな。お前は本気出す気ないみたいだし」


 アンガスの速さがこんなものではないことは先刻の競争で分かっている。じとりと咎めるような視線をエンナが向けるが、アンガスは飄々としている。


「言ったろ? 俺はあくまでゲストで、おまえとイーファがメインだ」


「食えない奴だよほんとに。……だそうだ、イーファ。こいつを当てにするな。基本二人でやるぞ」


「はい!」


 アンガスとは反対側の右隣にいるイーファに言うと、イーファは朗らかに応えた。その調子はいかにも楽しげで、同時にうずうずとしているようだった。


「とりあえず妨害しておくか。アイオン、頼む」


 首元を一撫でしてやると、アイオンは前を見据えたまま頷く。


 エンナは鞍の上で、背後を向いて片膝立ちした。アイオンはエンナが落下しないよう、慎重に走り続ける。それでも速度はほとんど落ちていない。


 ウォルス隊の三人が視界に見える。隊の絆を象徴するローズレッドの呼応石の輝きが美しかった。三頭の天狼は絶妙な距離間を保ちながら、常に互いを補佐し合えるように飛んでいる。


 それだけのことなのに美事に思わされた。隊のあるべき姿をまざまざと見せつけられた気分だった。


「どれだけ効果があるか……」


 左の掌を突き出す。小指に嵌めた魔導具がアースブルーの光を灯す。


 瞬きすら許さぬ早さで、突如として陣が張り巡らされた。無数の小さな陣がウォルス達の行く先を阻むように現れている。


 無秩序に並んだそれらの陣を高速移動の中で躱すのは困難を極めるはずだった。


 しかしウォルス達を乗せる天狼は難なくそれを成した。


 突然の障害物に一切戸惑うことなく、そして躊躇することなく速度はそのままに飛翔している。陣にぶつかるすれすれの所で身をよじるようにして軌道を変えながら進む姿は、陣を避けると言うよりもすり抜けると表現すべきだった。


 さらに驚愕するべきはその連携だった。互いを害さぬ最短距離をそれぞれがまっすぐに来る。それを可能にしているのが呼応石による意思疎通であり、隊としての信頼関係だった。


 胸の内で羨望がうずくのを感じながらも、エンナは次の手を思考する。現状を続ければ、追いつかれてしまうのは時間の問題だ。


「イーファ、先に行け! 俺とアンガスで足止めする!」


「わかりました!」


 急停止したアイオンとエンナを置いてイーファが天羽を追っていく。


 アイオンに少し遅れてアンガスもゆったりと制止し、エンナの後ろで滞空した。


「一人くらいは止めといてやる」


 アンガスが楽しげに言った。


「期待しとくよ」


 エンナは振り向かずに応える。すでにウォルス達が迫って来ていた。


 固まっていた三頭がふいにばらけた。距離の離れていく三人の呼応石が、三人の心を近づけるべく更なる輝きを放った。


 エンナはすぐさま決断した。


(一番やっかいな先生を止める)


 アイオンに指示を出し、まっすぐにウォルスに向かった。


 それを見たアンガスがリオンに向かって行くのを視界の端に捕らえた。すぐに向き直り、ウォルスと相対する。


 アイオンとウォルスの天狼がぶつかろうと肉薄したときだった。ウォルスの腕輪が光り、アイオンの足下にローズレッドの陣が展開された。そこにウォルスが降り立つ。手を伸ばせば届くほどの距離にいた。


 ウォルスが勢いを殺さぬまま前傾に身体を沈める。その背後で天狼が高度を上げてエンナたちの上空を抜け出ようとしていた。それに気を取られたのはほんの一瞬だ。


「よそ見をするな」


 ウォルスの声が聞こえた。


 ウォルスはアイオンの頭に手を置くと、アイオンの進行方向をずらすように力ずくでその頭を沈ませる。そうしながら自身はその脇をくぐり抜けようとしている。


「くそっ……!」


 ウォルスを捕らえようとエンナは手を伸ばすが、指先が衣服をかすめるに留まる。抜き去ったウォルスはそのまま新たな陣を展開して駆け出す。


 このまま天狼と合流されてしまっては追いつくのが困難になる。考える間もなくエンナもアイオンの背から飛び降りた。師匠のつくった陣の道と並べて自らも陣を張る。


 ローズレッドとアースブルーの道が大空に展開され、ふたりの天駆の競争が始まった。


 単純な速度で言えば、わずかにエンナの方が速い。


(天狼に乗られる前に追いついてやる)


 魔力の奔流が全身を駆ける。魔力による身体強化で速度を上げていた。


 踏み抜かれた陣の破片が光りの残滓となって宙に溶ける。それが尾を引いてウォルスの背に向かっている。


 ちらりとウォルスがこちらを見た。口の端をつり上げたのが見えた。妙に嬉しげだった。


「やはり、速いな」


 呟きが聞こえたと思った瞬間、ウォルスは歩幅を大きく取って急激に制動をかけるや、振り向きざまに逆走を初めてとエンナと向き合った。エンナもそのままウォルスに向かって突き進む。


「久しぶりに稽古をつけてやろう」


「お手柔らかに願いますよ、先生」


 エンナが右掌を突き出す。アースブルーの光が灯る。


 しかし陣が張られるより先に、ウォルスがエンナの手首を掴んだ。そのまま背後に向かって引き込こまれ、投げ飛ばされる。


 それに逆らうことなく、むしろ自ら跳んだエンナは、空中で一回転した直後の足下に陣張って着地する。


 ウォルスの予想する場所とは異なる場所に着地したのだが、それすら見越した動きをウォルスが見せた。自らの眼前に壁のようにして張った陣を蹴り返し、身を翻すようにしてウォルスが跳んだ。そのままエンナに向かって回し蹴りを放っている。


(さすが先生……っ!)


 後ろに目がついているかのような的確な動作だった。


 腕で蹴りを防ぐ。その足首を掴む。


 そこにするりとウォルスのもう片方の脚が割り込んできた。器用にエンナの腕を絡め取り、関節を取ろうとする。そうされる前に、腕の周りにアースブルーの小さな陣を展開し、関節を固定することで逃れた。


 腕の陣が消えた瞬間に離脱する。着地したウォルスが追いすがる。後退するエンナに対し踏み込んで前進するウォルス。エンナにとっては防戦必死の体勢だった。


 伸びてきた拳を防ごうとするが間に合わず、肩に鈍痛が走った。


「——ぐッ!」


 息が漏れる。それでも次の攻撃に備える。


 痛みに片目をぎゅっとつむりながらも、追撃に移行しているウォルスをなんとか観察する。


 最善と思われる回避行動をとる。足下の陣を消して落下することで離脱を試みた。


 ウォルスも心得たもので、すぐさま陣を飛び降りて追ってくる。


 落下の中での戦闘が始まる。


 相手の動き、陣の発動、そして落下限界に注意を払いながら幾度も拳を交えた。一方が放てば他方が防ぎ、すぐさま反撃する。更には陣を攻防両方に交える。


 空の静けさの中に戦闘音がこだましていた。


(限界だな)


 落下限界に達しつつあるのを察したエンナが落下軌道に陣を張って着地しようとする。その瞬間こそ警戒しなければならなかった。ウォルスはまだ足場となる陣を張る素振りを見せない。エンナの着地時に生じる隙を狙っているに違いなかった。


 しかしこの状況で何ができるというのだろうか。エンナには並行落下している相手が着地した瞬間を狙う攻撃など思いつかない。


 だが相手は師であるウォルスだ。いつでもエンナの思いも及ばない術を見せつけ、道を示してくれる師が今度は何を見せてくれるのだろう。


 戦闘中にもかかわらず胸高鳴っていた。


 その時が訪れる。エンナが自ら用意した陣に着地する。全身をばねのように用いて勢いを殺した結果、当然ながら隙ができる。果たしてウォルスはどう動くのだろう。エンナは瞬きすら忘れてそれを見守った。


 しかしウォルスが取った行動は至極単純だった。


 空中で身をひねると、落下の力を重ねた回し蹴りを放ってくる。


 こんなものが通用するとはウォルス自身も思っていないはずだ。エンナは不思議に思いながらも素直に防御の態勢に入る。


 打撃。何の変哲もない蹴り降ろしに腕のしびれを感じながら、それでもエンナは警戒を解いていない。ウォルスの次なる一手に備える。


 ウォルスがおもむろに掌を突き出した。指の魔導具にローズレッドの光が灯りる。


 一瞬、陣を張るのだと思われたが、どうも違うようだった。その掌はエンナの足下の陣に向けられている。


 得体の知れぬ行動に戸惑っていると、にわかには信じられぬことが起こった。


「なっ……!?」


 陣に浮かび上がる光の演算式は、その陣を形づくり、そして特性づけるものであり、魔技師たちが魔導具に組み込んだものだ。天駆は魔導具に魔力を込め、この演算式を具現化する。複雑な演算組み込んだ魔導具を扱うには当然、相応の実力が必要となる。


 陣の色は魔技師によって異なり、エンナの魔導具はすべて同じ魔技師によってつくられおり、アースブルーの光を灯すのだった。


 今、エンナの足場となっている陣も当然ながらアースブルーだ。しかし、なんとその一部に変化が現れていた。


 演算式の一文字が滲み始めたかと思うと、文字そのものが別の文字へと形を変え、同時にローズレッドの輝きを見せ始めた。


 破砕音が響いた。


 演算の破綻したエンナの陣が砕けた音だった。


(陣の書き換えか……!)


 並大抵の技術ではない。陣の演算式に精通し、陣に込められた魔力を上回り、さらにウォルスはそれを戦闘の中で成した。まさに驚愕に値した。


 体勢を崩して落下を始めるエンナをウォルスは見逃さない。まず自分の足下に陣を張って着地する。次いでエンナに向かって掌を突き出したと思ったときには、陣の発動は始まっていた。


 エンナを取り囲むように、ローズレッドの光が陣を形作ろうとしている。体勢を崩されたエンナは再度足下の陣を張るが間に合わなかった。


 アースブルーの陣に着地したときには、すでにいつくものローズレッドの陣に囲まれてしまっていた。陣の檻さながらだった。


「しばらくは消えない。そこで大人しくしているんだな」


 淡々と言ったものだった。逸脱した技術をいとも簡単にやってのけたくせに、優越じみたものを微塵も窺わせない。


(かっこいいなぁ)


 一杯食わされたというのに、エンナは純粋な羨望を抱いている。


 だがいつまでも呆けているわけにもいかない。陣の檻から脱出するべく、ウォルスと同じことをしようと試みる。


 陣の書き換えを行うために、ウォルスの張った陣の演算を分析しようと目を凝らす。


「これは……」


 理解できなかった。特性としては単純な陣のはずなのに、冗長に複雑な演算で編んだ陣だった。


「書き換えはできんよ。いくらおまえでも、それを一瞬で解析するのは不可能だ」


 言い捨てるように背中を見せたウォルスを、エンナは陣で捕らえようと思ったがすぐにその考えを捨てた。苦し紛れの攻撃が通じる人ではなかった。


 去って行くウォルスをただ見送るしかなかった。それでも悔しさよりも、目指すべき人がいることへの喜びの方が強かった。知らずのうちに表情が緩む。


「情けない姿だな、おい。しかも何だそのツラは」


 いつのまにか陣の檻の外側にアンガスがいた。わざとらしい呆れ顔とともに、みよがしに溜め息を吐く。


「リオンさんは?」


「逃げた。約束通り、多少は足止めしてやったぜ?」


「そうか」


「で、おまえは?」


「見ての通りだ」


「だな」


 アンガスが楽しげに笑う。エンナは仏頂面でそっぽを向いた。


「このままにしとくのも面白いが、あまり遅れるとイーファの奴がすねるからな。さっさとそこから出ろエンナ」


 アンガスが檻を成す陣のひとつに向けて手を伸ばす。そのまま人差し指で軽く陣を弾いた。


 途端に陣に亀裂が走る。


「もろいな」


「でたらめなやつめ……」


 行くぞとばかりに、アンガスは小さく首を振って顎でイーファたちのいるであろう方向を指す。


 エンナは嘆息しながらひびの入った陣を足裏で蹴りつけた。


「今更行ったところで、もう勝てねぇよ」


 ローズレッドの陣は、たやすく砕け散った。


「……おまえ、覚悟しとけよ。そろそろイーファが怒る頃合いだぞ」


 憐れむような声音で放たれたアンガスの言葉の意味がわからず、エンナは首を傾げながら陣の檻から脱出したのだった。

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