第6話:城下街にて三人で

「わ、なんですかあのお店。行ってみましょうよ二人とも!」


 こちらの返事を待つことなくも人混みを器用にすり抜けながら行ってしまうイーファの後ろ姿を眺めながらエンナは嘆息した。


 キウォールの中心街は今日もいつも通りの賑わいを見せている。


「特訓はどうした。特訓は」


 誰に言うでもなくエンナはひとりごちた。


「はは、いつになく楽しそうだなイーファのやつ」


 その隣でアンガス自身も楽しげな様子でいる。


(こいつはいつも気楽そうにしてるな……)


 これが本当に死を覚悟した者の態度だろうかと思ってしまう。


「なんだ? どうかしたか?」


「いや、なんでもない。イーファもお前も随分と楽しそうだなと思っただけだ」


「そりゃな。旅ばかりしてきたが、極力人混みは避けてきたからな。こういうのは本当に久々だ」


 人混みを避けてきた。それをヒトとの繋がりを避けてきたのだとエンナは解釈する。


「ヒトは汚いからな」


 エンナの心情を察してか、おどけた様子でアンガスが言う。


「汚いものには触れたくないってか。とんだ温室育ちだな」


「仕方ないだろ。ヒトの醜い部分に触れて、悪の心が暴走してもつまらねぇ。その点、イーファといると気が楽だぜ。なんたって正義の生き物だからな。悪なる俺も浄化される気分だよ」


「ならずっとそうしていればいいだろう。どうして今になってヒトと関わろうとする?」


 同じ歩幅で歩くアンガスを、エンナは横目に見やる。と、アンガスはふと口元を緩めた。それはいつもの意地の悪いものではない、時折見せる寂しさを湛えた笑みだった。


「イーファはもっと誰かと繋がりを持つべきだと思った。ずっと俺と二人だけでいても構わないとあいつは言うが、そういうわけにもいかないだろ? 現におまえといるあいつはいつにも増して楽しげだ」


 屋台の前で店主と楽しげに談笑するイーファを、アンガスは目を細めて眺めている。普段の抜け目ない雰囲気との差にエンナは毒気を抜かれた。


「俺はおまえがよく分からん」


「理解されたいとも思わんがな」


 そう言ってアンガスはくつくつと笑う。


 エンナはそんなアンガスの本心を探ぐろうとするが、アンガスはそれを容易に見せようとはしない。なんだかもどかしい気持ちになって小さく吐息した。


「エンナ!」


 イーファが両手に包みを持って駆け寄ってくる。


「はいどうぞ」

 

先ほどの屋台で買ったであろう菓子を差し出してくれる。からっと揚げた小ぶりなパンに蜜をかけた菓子で、キウォールでは子供たちに人気の菓子だった。


 礼を言って差し出された包みを受け取ると、イーファはどういたしましてと微笑んだ。次いで隣にいたアンガスにも同じものを手渡す。


「アンガスもどうぞ」


「どうも。というか、おまえ随分とエンナに懐いてるな。真っ先に俺以外の男に駆け寄っていくとか、お兄ちゃんちょっと寂しかったぞ」


「そういうことはもう少し真面目な顔して言ってくださいよ。からかってるようにしか聞こえません」


「からかってるからな」


 僅かに頬を染めるイーファとそれをからかうアンガスの姿は、ほんとうに仲のよい兄妹のものだった。


「アンガスだってエンナと仲良く話してたじゃないですか」


 あんたにはあれが仲良く見えたのかとエンナは突っ込んでやりたくなる。


「そりゃあ俺とエンナの仲だからな。なあ、エンナ?」


 アンガスが、渋い顔をするエンナの肩に馴れ馴れしく腕を回す。


「そうだな」


 エンナは貰った菓子をかじりながら、回された腕を無下に払う。


 アンガスはそれを何とも思わぬように菓子を頬張ると、咀嚼しながら苦笑した。


「甘ぇなあ」


「ああ」


 さくさくとしたパンに絡んで口の中に広がる蜜の甘みは嫌なものではない。


 柄にもなく頬が緩むのをエンナは感じた。


「おいしいですねぇ」


 イーファが幸せそうに菓子をかじる。


 麗らかな陽光の差す街並みを三人並んで歩くのに、なんとも穏やかな気持ちになった。人々の喧噪のなかにあって、互いの声だけを共有していることが嬉しくなる。


「そうだエンナ、私またアイオンに会いたいです。アイオンは普段どこにいるんですか?」


 ふいにイーファがそんなことを口にする。


「天駆の天狼たちが普段生活している草地があってな、あいつもそこにいる」


「そこに行ってみたいです!」


「構わないが、国の外縁まで行くことになるぞ?」


「外縁というと、入国したターミナルの辺りですか?」


「そうだ」


 キウォールの上空は防御用のいくつもの陣で覆われており、国を出るにはターミナルを使うしかない。だから天駆が出陣する際、すぐに相棒である天狼と合流するために天狼達は常にターミナル付近に控えている。


 なるべくアイオンと一緒にいたいと思うエンナとしては不便で仕方ない。いちいち会いに行くのが面倒になってアイオンを城まで連れて行ったこともあるが、その度にフィオナに叱られている。突然街中に現れた獣に人々がパニック状態に陥ったことを考えれば、当然の報いと諦めたが、反省はしていなかった。エンナとの離れ際に寂しそうに喉を鳴らすアイオンを前にして非情になることなどできるわけがない。


「ターミナルまではバスが出ているから、それで行こう」


 緊急時には天駆たちが街の上空に陣を張って疾走していくのだが、今そこまでする必要もないだろう。時間はたっぷりある。


 そう思い、バス停に向かおうとするエンナだったが突然後方に引かれてつんのめった。


 振り返るとイーファがエンナの手を取っている。滑らかで少しひんやりとした感触だ。それに浸る間もなく、イーファが楽しげに言う。

「バスも悪くないですけど、それはまた今度にしましょうよ。飛んで行った方が早いですよ?」


「そんなに焦ることもないだろう」


「何言ってるんですか、私たちの時間には限りがあるんですよ? 無駄にしてはいけません」


「昨夜は心にゆとりを持つべきとかのたまってたよな」


「まったりと流れる時間と、ただ無為に流れる時間を同じにしてはいけませんよ? 要は気分次第ですけど」


 もっともらしい発言であるが、エンナには分かるようで分からない考えだった。


「そういうもんか」


「そういうものです」


 どうも腑に落ちないエンナをよそに、イーファは満足げに頷く。


「というわけで競争ですねエンナ! はい、スタート!」


 言うが否や地を蹴って浮遊するイーファを、行き交う人々がぎょっとして見る。


 こちらを一瞥してにこりと微笑んだイーファは、背を向けるとそのまま飛んでいってしまう。


「おまえの妹、お転婆すぎるだろ……」


「飽きなくていいだろ?」


 呆れ果てるエンナの隣で、今度はアンガスまでもその身を浮かせる。手にしていた菓子を一口に頬張ると、包みを丸めて手近にあったゴミ箱に放る。そしてエンナを横目に見た。


「先に行くぜ。お前も気取ってないでとっとと来いよ?」


 言い捨てると、そのまま凄い勢いでアンガスは空に消えていく。


 ひとり残されてしまったエンナに通行人たちの視線が集まった。いたたまれない気持ちになった。もはや選択肢など残されてはいない。


「まったく……」


 盛大にため息をつきながらも指輪型の魔導具と呼応石に光が灯り、空へとつながる陣がいくつも生まれて、エンナはゆっくりとそれを登り始める。


 段々と駆ける速度を上げていきながら、まあこんなのも悪くないかとは心の何処かで思えた。

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