第十六話 国語の教科書の行方と……そして、瑞希ちゃんの涙の理由とは?
――臨場感をもって、探し続ける。
「教科書がないの。……次は国語の時間なのに」
「
そして、二人で探す。
あたしと同じくらい、まるで自分のもののように、瑞希ちゃんも臨場感をもって探してくれた。……それでも、それでも見つからなかった。
無情にも、ウエストミンスターの鐘が鳴り響いた。
頭の中は真っ白。テンパる。
「おかしいな。持って来たはずなのに……」
と、自分を疑う。
とにかく困った。……もうすぐ授業が始まる。
やだやだ!
「
――えっ? と瞬間、自分の耳を疑う。
教科書のことではなく、あたしのことを『妙ちゃん』……前兆もなく『
にも拘わらず「国語の時間終わったら、また一緒に探してあげるね」……と、それのことに触れることなく満面な笑顔をもって、瑞希ちゃんは、そう結んだ。
「ありがと、瑞希ちゃん」
……本当に、この子が天使に見えた。
そして事は連鎖するように、いつもと異なり平田先生が温厚で、それを維持し続けたまま、国語の時間も無事に終わった。……くどくてもいい。本当に、
本当に、瑞希ちゃんのおかげだ。
そして、この日のお勉強の時間も終了。そのまま掃除の時間へと流れ、
あたしはまた、瑞希ちゃんと一緒に教科書を探す。不思議なくらいに合う呼吸……
あたしたちの他にも教室に残っている児童もチラチラと……行方不明の教科書を探しているわけではなく、当然あくまで他人事。掃除という日課に括られている。
そんな中、
「おい、探しものはコレか?」
と、声をかけられる。掃除の
ポン、と投げられた。パサッと床に落ちる。……それは、まさに今、今まで瑞希ちゃんとともに探していた国語の教科書。……あたしの教科書は見つかった。
へたり込む。
「ひどい……」
と、泣きそうな声で、瑞希ちゃんは床に落ちている教科書を拾い上げた。
「ごめんね、……痛かったよね」
と、教科書を抱きしめる瑞希ちゃんの頬には、涙が伝っていた。
それは、あたしの教科書だけど、まるで自分の教科書のように、
……瑞希ちゃんは、教科書のために泣いていた。
あたしは言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。
教科書はボロボロ……意図的に刃物で傷付けられた感じだ。ページはバラバラ……床に散乱する。涙を零しながら、瑞希ちゃんは丁寧に拾い上げていく。一枚一枚……
「……大西さんがしたの?」
座って俯いたまま、泣き声で……
「だったら何だよ? お前らが先生にチクったからだろうが」
その大西さんの言葉を聞いて、瑞希ちゃんは立ち上がった。
「な、何だよ。文句あるのか?」
大西さんは机の上から降りた。
「パパが言ってたんだよ、本を粗末にしちゃ駄目だって……」
教科書を抱いたまま、瑞希ちゃんは大西さんに近づく、
大西さんの目の当たりまで、
……いつもと違う感じなの。
「『本の気持ちになって考えるんだ』って、パパはいつも言ってたの。この本を作った人たちはね、瑞希たちが知らない色んなことを教えるために、一生懸命に作ってくれた大切なものなんだよ。……その人たちの思いを粗末にしちゃいけないんだよ」
怖いほど、この様な場面が存在しても良いのかと思えるほど恐ろしく、
時計の針の音が聞えるくらいに、教室は静まり返っていた。
「それがどうした? パパ、パパって幼稚園のガキじゃあるまいし……お前もだけど、お前のパパも、ほんと鬱陶しい奴だな」
と、そんな中にあっても、大西さんの笑い声は響いた。
その直後、
パチーン! と、その音が響いた。
瑞希ちゃんは、思い切り大西さんを引っ叩いた。
大西さんは尻餅を着いた。床に……ぶつかり、机も動いた。
「何すんだよ!」
と、尻餅を着いたままの大西さんは、叩かれた頬を手の平で押さえながら、
……瑞希ちゃんを睨みつける。
「パパの悪口を言うな!」
と、瑞希ちゃんも睨みつける。大西さんを、
もの凄く怒っている。……こんな瑞希ちゃんは、初めてだ。
だけども、溢れる涙。
「パパ、ごめんね……」
と、誰に言うわけでもなく、自らに言う感じ……
瑞希ちゃんは、ポロポロ零れる涙を手で幾度も拭っている。
……辛かった。
瑞希ちゃんの悲しみの深さは、どのくらいなの?
何も言ってあげられなくて、
何もしてあげられないまま、……こんなにも優しい子なのに、何で傷つくの?
――ガラッ!
軽いはずの教室の戸……スライドドアが、重々しく開けられて、
「こら! 何してるんだ!」
との怒鳴り声とともに平田先生が近づく、そのまま……
「大西、大丈夫か?」
と、大西さんを助け起こした。
「先生、
瞳に涙して、大西さんは言う。平田先生は向き直り、瑞希ちゃんに、
「北川、大西に謝れ」
――耳を疑った一瞬、
平田先生、どうして……?
瑞希ちゃんが怒った理由を聞かないの?
「やだ!」
「北川!」
パチーン! と、またも音が響き、……平田先生は、瑞希ちゃんを引っ叩いた。
「えっ?」
その瞬間、キョトンとしながらも、……瑞希ちゃんは、叩かれた頬を押さえる。
「謝れと言っているんだ!」
そう言った平田先生を、
……瑞希ちゃんは涙を拭くのも忘れ、睨みつけた。
「……瑞希のこと、何も聞かないんだね……」
「ああ、別に聞く必要もないからな」
平田先生のその言葉は……
あたしもだけど、瑞希ちゃんは、もっともっとショックだったと思う。
「もういい! 平田先生なんて、大嫌いだ!」
と、瑞希ちゃんは、泣きながら教室を飛び出して行った。
……冷たい空気が漂う。
この空と一緒。教室の窓から光が差し込む。
雷鳴が
「君たち、もう帰りなさい」
平田先生は、そう言って、教室を出て行った。
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