第十一話 児童の知らない先生の思い。その行く先とは?
……
いつもそうだった。
都合が悪くなると、この二人を置いて、その場からいなくなる。
そのことに気付いてか、気付いてないか、
「あなたたちこそ床に落ちたゴミを拾って、さっさとゴミ捨てに行きなさい!」
と、智美先生は怒鳴った。
「は、はい……」
浅倉さんと大西さんは、チラッとお互いの顔を見て、怯えた子羊のように返事をした。
その返事に対しては素通り。何の反応も示さないまま智美先生は、掴んだままの瑞希ちゃんの手首をグイッと引っ張り教室を出る。あたしもその後について行った。
廊下を歩きながら、
「どこ行くの?」
と、瑞希ちゃんは不安そうな声で訊くけれど、
「黙ってついてきなさい!」
と、教えてくれない。
智美先生は、かなり怒っているようだ。
――怒られているのは瑞希ちゃんのようで、あたしではない。ホッと胸を撫で下ろす感じに似たものを覚える。あとでいい。あとで彼女を慰めてあげればいいのだ。それでも彼女は、いつもと同じように、あたしとお友達として接してくれる。
その思いを胸に、着いた場所は視聴覚室。
石橋を
「二人とも、座りなさい」
もちろん椅子に。
智美先生の声がこだまする。視聴覚室だけに。
「でも……」
と、入室してやっと、右の手首は解放されたものの、渋っているというニューアンスなのか、まごまごしている瑞希ちゃんに、
「いいから座りなさいっ!」
と、智美先生は怒鳴った。
これこそ怒りの目。……今度はあたしが瑞希ちゃんの手を引っ張った。
「座ろ」
「う、うん……」
智美先生と向かい合わせに座る。机を挟む。あたしと瑞希ちゃんは横並び。規則正しく
顔……いつもと違う表情。声も……声の感じも。
胸を張ったらいい。
怒られているのは、あたしではないから。
……でも、
「瑞希さん、
と、智美先生から言われ、そっと顔を上げる。
震える唇。……涙が浮かんでいるようだった。
「瑞希さん、本当のこと言って……」
と、表情が変わる。
これがいつもの智美先生だと、瑞希ちゃんの表情が、そう物語っていた。
しかしながら、ほんの一息だ。話は続く。
「先生はね、あなたたちに何かあったとしか思えないの。さっきもそうだけど、あの子たちに、いじめられてるんじゃないの?」
「そ、そんなこと……ないよ」
と、ミュートには至らずに、それでも微かな音量で瑞希ちゃんは言った。
すると、バンッ!
という不愉快な音が、この室内にこだまする。
「そうじゃないでしょ、瑞希さん!」
と、智美先生は怒鳴って、また机を叩いた。
「……グスッ」
とうとう泣いちゃった。
ポロポロと細めた目から涙が零れる。瑞希ちゃんは眉まで下がっていた。
「泣いたって駄目だからね」
と、智美先生は言う。
「瑞希さんが本当のこと言ってくれるまで帰さないんだから」
とまで、付け加える
――ハッとなった。
怒られているのが、あたしではなくて良かった? ただの付き添いだから?
何てことを思っていたのだろう。
どんな意地悪なことよりも、サーッと血の気が引く思いだ。
……もしかして、
本当のことを言わないのではなくて、あたしのために言えなかったのでは?
このままでは、あまりにも
それが行動と、言葉になる。
「ごめんね、瑞希ちゃん」
両手で涙を拭いている瑞希ちゃんが、あたしを見た。
「た、
「あたし、話すね」
コクリと、瑞希ちゃんは頷いた。
智美先生には、話さなきゃ。
……でも、いざ話すとなると、とっても勇気がいる。
「あ、あの、智美先生……」
と、どの
瑞希ちゃんは硬直しているのか、涙を拭くのも忘れて、あたしをじっと見ている。今度はあたしが、この子を守ってあげたい。
「瑞希ちゃんはね、あたしのこと守ってくれてたの。それはね、あたしにお友達がいないから。瑞希ちゃんが初めて、あたしにできたお友達だったから……」
きっと、精一杯の言葉。
だけど、ああっ、何言っているのだろう?
うまく言えないよ。どう言ったらいいの?
――すると、
智美先生の表情に変化が。
「妙子さん、勇気を持って話してくれたのね」
えっ?
そして瑞希ちゃんの表情が物語る。智美先生の、いつもの表情を……。
「実は先生ね……」
と、これがいつもの智美先生の声。まだ続く。
「あなたたちのことが気になったから、前から様子を見てたの」
「じゃあ、今日のことも?」
「ええ。気付くのが遅くて、ほんとごめんね。……辛かったでしょ?」
「うん……」
とても温かかった。
まるでダムが決壊するかのように、あたしは激しく泣き出していた。
それを「うんうん」と、
優しく包み込んでくれる、そんな先生だった。
それから、瑞希ちゃんにも声をかけてくれた。
「瑞希さんにとっても、妙子さんは大切なお友達なのね」
「うん……」
まだすすり泣きながらだけど、
瑞希ちゃんは答えた。
「先生にとってもね、瑞希さんと妙子さんは大切な人なの。……もし妙子さんが、さっき瑞希さんがしたみたいに、本当のことを言ってくれなかったら、瑞希さんはどう思う?」
「……悲しいよ」
「そう。悲しかったの。だから瑞希さんのこと、怒ったの」
……で、
また瑞希ちゃん、泣き出しちゃって、
「ごめんね、瑞希、間違ってたね……」
智美先生は温かく迎えるように、
瑞希ちゃんをも、優しい笑顔で包み込んだ。
「わかれば、いいのよ」
と、智美先生の目にも、涙が浮かんでいた。
――いつの間にか、そっと夕陽が差す中を、あたしたちは歩いた。
視聴覚室を出て、智美先生とも別れて、再び渡り廊下。
そして教室。もちろん四年二組の、あたしたちの教室。
もう、誰もいなかった。
瑞希ちゃんの手を、そっと握った。瞬間びっくりする瑞希ちゃんだったけど、すぐニッコリ。自家製のマイナスイオンを感じさせながら、手を握り返してきた。
「ねえ、妙子ちゃん」
と、少し潤んだ瞳にドキッとした。
「な、なあに?」
「瑞希が
「あっ、いいのよ。お互い様だから」
それから、帰り道を歩いていたら、
「もう一番星……」
瑞希ちゃんのロマンチックな一声を思いきや、声のトーンからすると、
「そうね、もう暗くなるし、今日はこのまま帰ろうね」
「う、うん……」
少し残念そうな瑞希ちゃん。
今日、あたしの家に遊びに行くって約束していただけに……。
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