第九話 きっと書きたいことが多すぎたんだね。前回のお話が途切れたから。


瑞希みずきちゃん……?」


「瑞希はね、愚図ぐずで泣き虫だから、みんなから相手にもされないの」



 確かに、そうかもしれない。


 少なくとも一か月、今この渡り廊下の真ん中で、一緒にいるこの子を、あたしは見ていた。……だったなら、『瑞希ちゃんらしい』って何だろう? この子のことを一か月なんかで理解できるはずなんかない。それを承知で一緒にいるのに……。


 それでも、瑞希ちゃんは言葉をつなぐ。


妙子たえこちゃんにも、迷惑ばかりかけるかもしれない。……でもね、それでも、瑞希はお友達でいたいの。妙子ちゃんのお友達でいたいの」


 見ていられずに、


「そんな悲しいこと、言わないで」

 と言った。何か腹が立った。


 瑞希ちゃんはうつむいた。ぽろぽろ涙をこぼしながら、


「……妙子ちゃんは、瑞希のこと嫌いなんだ」

 と、風以外の音が、遠ざかる中、


「ううん、違うの」


「たえ……ちゃん」

 と、れた顔のまま、目を丸くする瑞希ちゃん。


「最高のお友達。瑞希ちゃんは、あたしにとって」


「うん!」

 と元気よく、笑顔だ。


 その涙で濡れたままの笑顔は、女の子でもドキッとするほどだった。



 日記帳は引き続き、一九九九年の十一月十八日(木)。この日のお話は終わらず、はみ出しちゃったみたい。書きたいことが多くて通常のページで収まらなかったようだ。


 ……そう。

 本人曰ほんにんいわく、時々あるそうだ。



 ――手を繋いで歩み行く。


 教室の手前まで。何があっても乗り越えられそうだ。

 ……そう。何があっても。二人並んで教室に入った。


 先に見たのは教壇。そこに竹刀を持って仁王立ちしている青いジャージ姿の男の人。その容姿とは不釣ふついなほど色白で、ぽっちゃりとした顔。でも、眼鏡の奥で細く、鋭利な刃物のような目。いつも眉間みけんしわを寄せている怒ったような顔だけど……。


 今は本当に怒っている。その人が担任の平田ひらた先生だ。



「ごめんね、瑞希のせいで」


「ううん、いいの」


 平田先生の怒号が響いた。あたしは泣いちゃうくらい怖かったけど、瑞希ちゃんは何ともないように見えるほどスマイル。……だからかな? 余計に怒られた。自分のこと「泣き虫」って言っていたくせに、意外と打たれ強い強いのかな?


 彷徨さまよえる不気味な緑色。

 色で例えるなら、とても冷たいこの教室のカラー。


 平田先生はブルー。

 児童たちは、その色に染まっている。


 そんな中にあっても、瑞希ちゃんのカラーにいやされている。だれも気付かないだけだ。



『……でも、あたしは、

 そんな瑞希ちゃんに取り返しのつかないことをしてしまっていた』



 このことを知ったら、きっと瑞希ちゃんは一生かけても、あたしのことを許してはくれないだろうな。せっかくお友達ができたのに、最高のお友達なのに、


『……どうして瑞希ちゃんなの?』


 あまりにも、残酷だ。


 今……早いこと言わなければ、もっと残酷なことになる。

 意を決する。声にする今すぐ。


「あ、あの、瑞希ちゃん」


「なあに?」


「えっとね、瑞希ちゃんの『パンダさん』のことだけど……」


「どうしたの?」


 じっと、あたしを見ている瑞希ちゃん。


 少しオドオドしているけど、

 表情に、ごく自然と浮かぶ、優しい微笑ほほえみ……。


「か、可愛かわいいね。また見せてね」


「うん!」


 そして瑞希ちゃんの元気の良い返事は、この教室に彷徨える緑色が、気紛きまぐれながらも窓の日差しで消去するような、そんな印象を与えた。


 ……でも、

 ほんの束の間だった。


「そこの二人、静かにしろ!」

 と、平田先生の怖い顔プラス、怒鳴るという表現よりも怒号。


「ごめんなさい……」

 と、あたし。今度こそ瑞希ちゃんも、本当に反省している様子だった。



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