バトルスレイブ・ダン

マスケッター

バトルスレイブ・ダン

 廃屋に飛び込んだ直後、ついさっきまで俺の体があったところをレーザーガンの跡が2本、きつい刺激臭……オゾンをまき散らして消えていった。


 その源になる4脚ロボットは、廃屋から数十メートル離れた路上にいた。樽のような不恰好な胴体から有線式のレーザーガンポッドを2本くねらせている。


 俺はずっと息を止めていないといけなかった。舌には不愉快なものが絡みついている。髪が一本。口に指を入れる余裕もない。


 4脚ロボットは俺が吐く息の二酸化炭素を数百メートル先からでも検知できる。ご丁寧にも遺伝子解析センサーつき。レーザーポッドにもそのセンサーはついている。


 俺は、息を止めたまま自分の首に右手を伸ばした。犬じゃないのに首輪がついている。首輪にはボタンがあり、押す度に無機質な若い女の声が俺の頭の中に直接響く。


『あと3分00秒です 』


 最後の3分を耐え抜けば無罪放免。


 元々俺は無罪だ。悪いのはあいつ……俺の目の前で俺の妻と生まれたばかりの子供を反重力カーでひき殺し、知らん顔をしていた大金持ちのクズ息子、ガド。


 そいつの屋敷に乗り込んでボコボコにしてやったのはいいが、その場で捕まり、大金持ち専用の即決裁判でバトルスレイブの刑を申し渡された。刑罰としてはこれでもまだ寛大な方らしい。さすがにひき逃げの過失致死となれば大金持ちのクズ息子とはいえ強硬な態度には出られない。そういう意味では多少なりともチャンスがあった。クソチャンスが。即決裁判の判事役だったクソAIからは刑のタイムリミットを2時間と告げられた。


 そして、囚人の俺には3つの『人道的恩典措置』が認められていた。1つ、街に入って2時間たてば即座に首輪が自動的に外れ、俺は解放される。2つ、首輪のボタンを押せば残り時間が分かる。3つ、街に入る時には民間用のハイクリスタルナイフを一丁支給される。首輪とナイフについては返す必要はないそうだ。ケッ。


 数十年前の戦争で焼き払われ、ゴーストタウンになった街……まさにここがそのまま刑務所だ。そこには総合軍事企業が試作した各種の殺人ロボットがうようよしていて、囚人は性能テストのモルモットになる。脱走しようものならゴーストタウンを取り囲んでいる私設軍隊がたちまち撃ち殺す。


 街に由来するあらゆる物事はいかなる法にも無視される。


 皮肉としかいいようがないが、そもそも俺はその会社でロボット整備士として働いていた。


 とにかく、首輪は俺が吐く息に含まれるごくかすかな遺伝情報を電子コード化して電波塔のようにばらまく。


 ナイフは最初に出てきたロボットを倒した時に使い物にならなくなった。そのロボットが持っていたレーザーガンを外して、エネルギーが切れるまで撃ち合い、空になったレーザーガンを捨てて10分ほど走り続けて今このざまだ。


 1時間57分。それがゴーストタウンで稼いだ俺の時間。その代わりに丸腰になった。あと3分息を止め続けられれば自由だ。舌にまとわりつくクソいまいましい髪も出せる。


 もう1回、首輪のスイッチを押した。あと2分30秒。あの4脚ロボットのレーザーガンは出力さえ上げれば廃屋ごと俺をスライスするなんて朝飯前だ。俺がここにいるということがはっきりわかったらためらいなくぶっ放す。廃屋を出たなら出たで、奴は光学カメラを使って路上を見張っている。三歩と行かない内にガスにされる。


 だめだ……これ以上は息が……苦し紛れに室内を見回すと、なにかのビニール袋が落ちていた。天の助けだ。


 俺は速やかにビニール袋を拾い、口に当てて息が外に漏れないよう両手でしっかり抑えつけてから小さく鋭く息をした。


 原始的なやり方にしろ、たかが2分そこそこの時間を稼ぐのには十分だろう。ざまあみやがれ。もう一回首輪のボタンを押した。あと1分58秒。


 ほっとしたのも束の間だった。うなじをちくっと刺される感触と同時に、全身に鋭い痺れが走り抜けた。そのせいで手が緩み、せっかくのビニール袋を落としかけた。慌てて握り直そうとするがもう遅い。ふわふわと空中を漂い、ビニール袋は床に着地した。


 いや、まだ終わっちゃいない。袋を握ったままの形で落ちたから、中に溜まった俺の息は大して漏れていないはずだ。


 ビニール袋はあとにして、うなじに手をやった。なにもない。諦めて、しゃがんでビニール袋を拾い上げた。そうしてたち上がろうとした矢先に今度は手にチクッときてまた全身がしびれた。


 意識して強く握っていたからもう一度落とすようなことにはならなかったものの、ビクッと手足が震えた弾みでビニール袋が手に握られたまま空中を跳ね上がり、見えないなにかに当たった。


 まさかと思い、上着を脱いで空中であてずっぽうに振り回した。軽いが確かな手応えがして、上着の中になにかが包み込まれるように飛び込んだ。


 俺はそのまま上着を床に落とし、大雑把な見当をつけて足で踏みにじった。バチッと音がした。足跡がついた上着を取り除くとようやく正体が分かった。人工筋肉をつけたミニチュアの小鳥型ロボットだ。ステルス機能つきで、相手をついばんだ時に電流を流す。分かってみればどうってことはない。


 また首輪に手をやった。残り1分20秒。少し不安だがまだ息は止めていられる。


 と、そこへ 制服を着た兵士が一人、突然入ってきた。銃は背中に吊るしたままでニコニコ笑っている。


「よう、ダン。お前運がいいな。特別ボーナスで残りの時間が0になった。無罪放免さ。歩けるか?」


 俺は黙ってうなずき、左手にビニール袋を握ったまま、脱いだばかりの上着の襟を右手で掴んで肩にひっかけた。それから一歩踏み込んで上着を振り下ろし、兵士の顔に覆い被せた。頭から俺の上着をかぶった間抜けな格好のまま、兵士は銃を肩から外した。


 その時にはすでに俺は床を蹴ってそいつの背後に回り込み、上着越しに右肘を使って首を締め上げた。兵士は両肩から先が180度前後ろになり銃の台尻を振り上げた。体は正面を向いたまま腕だけがこっちを向いて、台尻で俺の頭を叩きのめすつもりだ。


 一瞬早く、俺は兵士のうなじにある非常停止コードのクリップを探り当て、手で引っ張った。銃をポロリと床に落とし、兵士は脱力して倒れた。


 こんな古い手に引っかかる俺じゃない。この手のロボットは必要だと判断したら植木鉢だろうが電信柱だろうがさっきと同じおしゃべりをする。相手が油断して返事をしたら即座に殺すが、それと確認できないうちは目の前に俺がいても電信柱との区別さえできない。試作品の哀しさだ。


 また首輪を確認した。残り51秒。兵士が持っている銃やピストルを確かめた。良くできた偽物だ。息はだんだん限界になってきていた。ビニール袋は吐いた息が溜まっていてもう吸えない。


  そろそろ限界が近づいてきた。あとせいぜい5秒が限界だ。クソックソックソッ。首輪をまた押した。残り36秒。


 頭がぼやけてくる中、血まみれになった妻に人工呼吸している自分の姿が思い出された。妻と子供にかわりばんこに人工呼吸を…… 息を移す……。


 ビニール袋を倒れたままの偽兵士の口元にあてがい、できるだけ体を離してビニールの口元を緩め、まるで中身をぶちまけるようにバタバタ逆さにして振った。それから急いで床をゴロゴロ転がり、部屋の反対側に移った。


 その直後、室内が虹色に光った。カステラにナイフを当てて切り分けるような形で壁がスパッと切り裂かれ、偽兵士の頭が真っ二つになった。電子回路や配線がむき出しになりブスブスと焦げ、強烈なオゾンの匂いに原始的な焦げ臭さが加わった。


 4脚ロボットの地響きが始まった時には、俺は空気を入れ直したビニール袋を口に当てていた。……有線ビームポッドの先端が、蛇のように戸口からにゅるっと入ってきた。そして俺と目が合った。


 その時、耳元で派手なファンファーレが鳴り響いて首輪が外れた。ロボットの腕はするすると引っ込んでいった。


 俺は心から深呼吸した。何度も何度も。口からようやく髪も出せた。


 数週間後。いつものように高級クラブで飲み明かし、したたかにふらついたガドが反重力カーを乗り回していた。


 スポーツレーサー気取りで運転を手動に切り替え、エンジンのハイパワーに任せてぶっ飛ばしていると、突然ガドの首筋から脳へと鋭く痛みが伝わり手足がビリっと痺れた。思わず体がすくんだ瞬間、コントロールが狂った反重力カーは道路ぎわの縁石に突っ込んだ。


 即座に作動した緊急保護プログラムのお陰で圧縮空気の泡に包まれた状態になり、ガドは大した怪我もなく外に出られた。通りを歩く人々は仰天しながら遠巻きに眺めている。圧縮空気の泡はすぐに消えた。


「なんらこれうわぁー! おび、さっさと誰か代わりの車持ってろーい!」


 酔っぱらってろれつの回らない口調で喚いていると、電信柱の際に飾ってある質素な花束と、子供が 遊ぶようなぬいぐるみが透明なビニール袋に包まれて置いてあるのが見えた。


 腹だちまぎれにガドがそれらを蹴飛そうとした時、俺は背後から首輪を奴にはめた。


「ああ、乗せてやるよ」

「お、おめー!」

「久しぶりだなあ、ガド。お前の小汚ない髪をずっと口に入れたまま、素敵なリゾートタウンで楽しいバカンスを過ごすのは最高だったぜ」

「しえ、しえっかく無罪放免になっらのに、気は確かか!?」

「街に由来するあらゆる物事はいかなる法にも無視される。あんたらがそう決めたよな? 心配するな、お前は3分生き延びたら無罪放免だ。お前の髪の使用料ってとこだ、時間は大サービスしてやったよ」


 ガドはさすがに酔いが覚めたようだ。


「乗れよ、地獄行きの車に」


 どこからか放たれたレーザーガンが、ガドの頭をきれいに蒸発させた。その直後、路上に転がった首輪からファンファーレが放たれた。


                終わり


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