「シナモンやターメリック、ナツメグ、バジル、セロリ、セージ、タイム、アロエの皮なんかは妊娠中はあまり口にしない方がいいんだそうだ。いずれも流産の原因になるらしい。あと気になったんだが、もしかして石鹸やシャンプー、歯磨き粉なんかにも似たようなハーブ類が含まれていることは?」

 言われて美波は思い当たることがある。シャンプーなどからは慣れない香がした。

「匂いを嗅ぐだけでも体内に吸収される。微量ではあっても、そういったものが蓄積されて身体に悪い影響を与えることもあるんだ。もっとも、先に述べたハーブ類は、身体に良い影響を与える作用もあるし、普通に使う分にはまったく問題はないんだけどね。薬と毒は紙一重で、学院長はまさにそのぎりぎりの所で抑えていたんだろう。どうなるかは本人の健康状況や、運というところで」

「人の命で賭けをしていたのね……」

「学院長のような人間からしたら、堕落した女の命なんてどうでもいいんだろう」

「それなのに……、そうやってわたしたちのこと見下しているくせに、自分はその姦淫で子どもを産んだのね」

 言ってしまってから、自分の声がひどく冷たく響いたことに美波は気づいた。

 守衛のパトリックはなんと学院長が産んだ子どもだという。三十二年まえ、当時二十六歳のシスターだった学院長が学院のトイレで深夜に産み落とした子だったのだ。

 以前から様子がおかしいのに気付いていた、やはり当時から学院に常駐していたシスター・グレイスが急いで処置をして助けてくれたのだという。

 運命というのか、その日の夕方、学院の門近くに赤ちゃんの捨て子があった。教会だと思った母親が捨てていったのだろう。ここでシスター・グレイスはその女の赤ちゃんと学院長の息子をとりかえた。そしてその女の子の赤ちゃんは……、

「数時間後には死んでいたのだと学院長は言っていたそうだが……。まぁ、生まれたばかりの赤ん坊がすぐに捨て子にされたらそうなることもあり得るけどね」

「もしかしたら、学院長が何かしたのかも……」

 生まれたばかりの赤ん坊なら、手で鼻や口をすこし押さえただけでもどうにかなってしまうだろう。

 そして学院長の生んだ男の子はパトリックと名付けられ、おもてむきは学院の前に捨てられていた子を慈善行為として学院で面倒を見て育てたという。

「だが、戸籍を届けていない。残酷な話だな。捨て子なら役所にでもとどければ、日本人として戸籍を作ってもらえるのに」

 髪や目の色がちがっていても、捨て子に関しては捨てられていた場所による生地主義にのっとって、その場所が日本国内ならそこの市町村で戸籍を作ることが可能なのだそうだ。

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