「これが一番問題視されているんだが、そこで生まれた子どもたちは皆養子に出されるんだ。父親のいない子どもを国内外の子どもを欲しがる家庭に養子にやるんだが、それはすべて強制的で、母親の気持ちはまったく考慮されない。母親が嫌だっていっても無理やり養子に出してしまったんだ」

「つまり、母親から子どもを奪ったというわけ?」

 美波の顔は夜目にも青ざめていたのだろう。

「ああ……、大丈夫かい?」

「……平気。そ、それって反対できないの?」

「そういう規則になっていたんだね。実際、アイルランドでは、今はともかく昔は未婚の母っていうのは周囲の目も冷たく、差別もひどかったらしい。残酷な言い方だけれど、父親のいない子どもというのは、障害を持って生きることと同列視されていたようだ。それぐらいなら、別の家庭に養子に出された方が子どもにとっては幸せと思われたんだろうが……」

 そういう価値観がまかりとおっていた社会や時代があったのだろう。

「だが、いくら望まない妊娠とはいえ母親から子どもを奪うっていうのは酷だよ。後にこの問題が世間に発表されクローズアップされたときは、かなり批判があったらしい。というのも、養子の斡旋が一種のビジネスになっていようなんだな。それによって修道院がお金を得ていたんだ」

「え? 赤ちゃん売っていたの?」

 ショッキングな話につい声がうわずってしまう。

「売るというほど直截的ではないけれど、たとえば、幾らか寄付というのをもらっていたんだろうね。他にもいろいろあって、」

 またしても一瞬の沈黙。

「閉鎖された修道院を、新しい持ち主が何らかの事情で工事したとき、庭から赤ん坊の遺体がボロボロ出て来たこともあった」

「え!」

 美波の背が固くなる。首すじに冷たい風が吹いてきたようだ。

「さらに、大人の女性の遺体も……埋めた土地の人の話によると遺体は不自然な形に折れまがっていたりして、どう見ても自然死じゃないと」

「そ、それって……!」

 ますますホラー映画の世界のような話で美波は肌寒くなってきた。もともと夏とはいえ夜は涼しい土地なので、今や寒いぐらいだ。

 司城は眉を寄せた。

「殺された、とまでは言わないよ。おそらくなんらかの病気が集団感染して大勢死んだんだろうけれど、それも環境が劣悪だったのかもしれないし、きちんとケアしてもらえていなかったのかもしれない。不自然な形に折れ曲がっていたという遺体は、……想像だけれど、自殺ではないかと思う。高い所から飛び降りたかしてね。それでも事件性がまったくないとは言えないが」

 ここで司城の表情も物憂ものうげになった。

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