四
トイレは一階になる。このときにはさすがに意識がはっきりしていた。美波は廊下を出てしまうと、奇妙な確信に押されるようにして階段を下りつづけた。
一階端の洗面所兼トイレにたどりつくと、明かりがついていることに不思議な安堵を覚えた。
(誰か、やっぱりトイレを使っているんだわ)
それだけのことだと思いながらも、トイレに近づくと、洗面所でうずくまっていたのは雪葉だった。
「雪葉! どうしたの?」
吐いていたのだろう、手が水と吐瀉物で濡れている。
「……美波……。気分悪くて……それで」
「待っていて、杉さんを呼んでくるから」
杉の部屋は一階で、廊下を行けばすぐだ。たどり着いた部屋の扉を美波は必死にたたく。返答がないので、ドアノブをまわすと、室内は静まりかえっている。
「すいません……、杉さん?」
暗い部屋には誰もいない。
「な、なんで……?」
一瞬うろたえた美波だが、そのときになって夕食後、杉が「今夜はシスターたちと会議があるので学院へ行ってます」と言っていたのを思い出した。部屋の時計を見ると十二時半を示している。こんな時間までまだ学院にいるのだろうか。
美波は迷った。学院まで行くべきか。だが、苦しそうな雪葉のことも気になる。とにかくもう一度トイレへ戻った。
「ごめん、杉さん会議で学院へ行っているみたいなの。どうしょう……、とにかく、ここだと冷えるから部屋へ戻ろう」
「う、動けない……」
雪葉の顔は真っ青で、苦しそうに喘いでいる。
「どうしょう……」
美波は数秒考えて決心した。
「学院へ行って呼んでくる」
叫ぶように言っていた。
「学院へ行けばシスター・グレイスもいるわ。シスター・グレイスは医者だっていうから、なんとかしてくれかも。待っていて」
だが、このままの状態の雪葉を一人にしておくのも気がかりだ。そう思ったまさにそのそのとき、トイレに人が入ってきた。
「夕子ぉ……」 美波は自分の声が泣きそうな安堵をふくんでいることを自覚した。
「ベッドが空でなかなか帰ってこないんで、具合でも悪いのかと思って」
やや
相変わらず冷ややかな雰囲気だが、それでも美波のことを案じてトイレへ来てくれたのだと思うと、美波は胸底にぬるい湯が沸いてくるような気がした。熱くも暖かくもないけれど、それでも冷たくはない湯がゆったりと湧いてくる心持ち。
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