九
「見たわよ。あんたたちが来る二ヶ月まえにもあったし、去年にもあったし」
驚きの連続だ。
「え、そ、そうなの?」
美波の問いに晃子はうなずく。
「そう……四月の半ばだったかな? 気の毒に死産だったの。それで、その子、すこしおかしくなってしまって、あるとき学院を脱けだしてふらふらして、道路をぼんやり歩いていたんだって。近くを歩いていた人が……その人、たまたま休みだったんだけれど、地元のバスの運転手さんで。この学院の生徒もよく乗せるらしくて、制服でここの生徒だって気づいて、様子が変なんで心配してその子を連れてきてくれたんだけれどね」
バスの運転手という言葉に、美波は学院に来たときに乗ったバスの運転手がかさなった。あのとき言われた「気をつけて」という言葉が耳によみがえる。
そのこともさることながら、別のことが気になって美波は訊ねていた。
「でも、その子、どうやって学院を出れたの?」
「食材を配達する人が裏口から出入りしていたんだけれど、そのとき開けてあった裏門からふらふらと出ちゃったみたい。当人はほとんど無意識だから、かえって誰も気に止めなかったみたい」
学院には南側の正門のほかに北と西に二か所のちいさな裏口がある。ふだんは鉄の閂が嵌められ鍵がつけてあるが、業者が出入りする際には学院にやとわれている守衛や管理人に外される。
だが彼らもつねに目を光らせているわけではないので、隙をついて脱けだすこともできるのだろう。生徒のなかにはジュニア・シスターやプレのように外出を許可されている者もおり、業者もそういった生徒かと思ったのかもしれない。おそらくは、夕子もそうやって学院から逃げ出したにちがいない。
「その子はどうしたの?」
「連れ戻されてからはしばらく別館で療養していたらしいけれど、あんたたちが来る少し前に学院を出たそうよ。たぶん実家に帰ったんじゃない?」
たぶん、という晃子の言葉がおそろしく美波には気になる。
実家に帰ったに決まっているが、高校生の少女がある日消えてしまった、というのがホラー小説めいていて恐ろしい。
(いやだ、なんだか本当に学園もののホラー映画みたいじゃない)
初めてこの学院に来たときに感じた、あの妙に背中が寒くなったときの感触を思い出し、美波は落ち着かなくなった。
「まぁ、家に帰ったんじゃなかったら病院にでも送られたか」
あっさりと晃子は言い、ますます美波は落ち着かなくなり雪葉は顔色を青くする。
「……来月にはパパが来るはずよ。そのときすべて言うわ。言って……そして、連れて帰ってもらうわ」
断固とした口調で雪葉は言った。
「そうね。それがいいと思うわ。まぁ、身体に気をつけてね」
そのときベルが鳴った。休暇中であっても変わりなくベルは鳴り、二十数人の生徒たちはふたたび別館のまえに集まってから、午後の仕事におもむく。
作業のつづきをし、その日は暮れていった。
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