「パパは、気の毒な人なのよ。男の子がいなくて、そのことでをずっと不満に思っていたのよ。娘は結婚して家を出たし、もうひとりの娘は若くして亡くなったって。このままだと戸倉流は甥にゆずるしかないって、残念がっていたんだもの。そういうときに私に赤ちゃんが出来たんだから、嬉しくないわけないじゃない?」

「で、でも」 美波はためらいつつも口をはさまずにいられない。

「学院長が言っていたじゃない? 以前にも〝娘〟を連れてきたことがあるって。あれ、わたしすごく気になるのよ」

 美波の言葉に晃子がうなずいた。

「多分、以前にも自分が手をつけて孕ませた若い子をこの学院に送りこんで来たんじゃない? それでここで流産したのよ。というか、……それが目的で送りこんできたのかも」

 晃子の言葉のあまりの重さに、さすがに美波も雪葉も呆気に取られて黙りこんでしまった。

「な、なんてこと言うのよ」

 一瞬、呆然とした雪葉がすぐ目に力を取りもどしてまた晃子を睨みつける。晃子はひるまない。

「流産や死産なんて珍しくないのよ。まして、この学院にはろくな設備もないんだし。最近は幼児の不審死には警察もきびしくていろいろ調べるけれど、流産にかんしてはほとんど関知しないのよ」

 晃子の言い分はたしかに当たっているが、美波はおずおずと言ってみる。

「でも……、あんまり不自然だとお医者さんが調べたりしない?」

「医者がいればね。ここにはシスター・グレイスがいて、健康上の問題は彼女がすべて仕切っているじゃない? なにかあったとき、シスター・グレイスは学院長に命令にしたがうでしょう? 知ってる? 医者には死亡診断書が書けるのよ。けっこう不審な死に方しても、医者が診断書を書けば、問題なしで終わってしまうのよ。変なこと言うけれど、生徒の誰かが睡眠薬飲んで自殺してもシスター・グレイスが心不全て書けば病死で片付くんだから」

 美波は口にわいてきた唾を飲んだ。そういう話は聞いたことがある。

 自殺だと世間体が悪いので懇意の医者にたのんで病死としてもらうということもあるのかもしれない。だが、自殺はまだしも、さすがに他殺だとそういうわけにはいかないのではないか。思うことを読み取ったかのように晃子の茶水晶の瞳があやしく光る。

「仮に、誰かが私に毒を飲ませて私が死んでも、おなじように心不全て書かれればそれで終わるんじゃない?」

「警察が調べるでしょう、さすがに?」

 雪葉の問いに晃子が微苦笑を見せた。

「私に、それを警察に訴えていく親がいればね。でも、私には両親はいないから……父親は最初からいないし、母親も小学生のときにいなくなっちゃったから、誰もつよく訴えに行く人なんかいないのよ。そうなったら、学院のなかで孤児がひとり死んで、医者も病死だって太鼓判たいこばん押したら、さっさと死亡届出して、それで終わりよ」

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