八
美香が水を差すようなことを言う。
「あら、私はそうはならないわよ。パパがちゃんとベビーシッターや家政婦やとってくれるもの。あんたとは違うのよ」
雪葉もきつい。美香は顔をゆがめた。先日かすかに聞いた話では、美香の家はそう裕福ではなさそうで、たしかにこれから十代の女の子が子どもを育てるのは大変だろう。
「なんだったら、養子先さがしてもらえば?」
晃子がやんわりと言葉をはさんだ。
「養子先?」
美香の目が奇妙に光ったのは、その言葉にひどく気を引かれたからだろう。
「そんなことできるの?」 美香の目は興味津々だ。
晃子がうなずいた。
「聞いてないの? この学院では、生まれた子どもを育てるのが困難な場合、養子先や里親をさがしてくれるのよ。子どもが欲しくてもできない夫婦とかに」
「それ、本当?」
ますます美香の目が光る。十六、七でいきなり母親になるのはたしかに厳しいだろうし、養子先がきちんとした家庭なら、その家で育てられるほうが子どもも幸せかもしれない。
「それもキリスト教的な博愛精神なのね」
棘をふくんだ言葉を吐きながら雪葉が胸をそらす。
「でも、私には関係ないわね。私は絶対この子を手放さないから。この子はたいせつな戸倉流の跡取りなんだから」
事情を知らない真保はきょとんとした顔になっている。口早に美波は説明した。
「ここだけの話、家が、華道の家元なんだって」
「本当にここだけの話よ。他で言いふらさないでちょうだいよ」
雪葉の、こんなときでも妖しいほどに綺麗に光る切れ長の瞳に押されたように、真保が首を縦に振る。
「言わない、言わない。第一、戸倉流って言われても私にはわかんないし……。北海道のことなんでしょ?」
「北海道だけじゃないわよ。戸倉流の弟子は全国にたくさんいるんだから」
「でも……」
晃子が微苦笑を浮かべながらまたやんわり口をはさむ。
「女の子だったらどうするの?」
それは誰にも明言できないことだ。雪葉の白い頬が赤くなる。怒りと、いらだちと、自分自身でもやはり不安になる想いでいっぱいなのだろう。
「女の子でも、戸倉壱成の血を引く子であることは変わらないわよ」
「雪葉のお父さんて有名人なのね」
美波の言葉に雪葉はなぜか唇を噛む。
「あ、ほら、着いたわよ」
いつの間にか学院の前まで来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます