美香が水を差すようなことを言う。

「あら、私はそうはならないわよ。パパがちゃんとベビーシッターや家政婦やとってくれるもの。あんたとは違うのよ」

 雪葉もきつい。美香は顔をゆがめた。先日かすかに聞いた話では、美香の家はそう裕福ではなさそうで、たしかにこれから十代の女の子が子どもを育てるのは大変だろう。

「なんだったら、養子先さがしてもらえば?」

 晃子がやんわりと言葉をはさんだ。

「養子先?」

 美香の目が奇妙に光ったのは、その言葉にひどく気を引かれたからだろう。

「そんなことできるの?」 美香の目は興味津々だ。

 晃子がうなずいた。

「聞いてないの? この学院では、生まれた子どもを育てるのが困難な場合、養子先や里親をさがしてくれるのよ。子どもが欲しくてもできない夫婦とかに」

「それ、本当?」

 ますます美香の目が光る。十六、七でいきなり母親になるのはたしかに厳しいだろうし、養子先がきちんとした家庭なら、その家で育てられるほうが子どもも幸せかもしれない。

「それもキリスト教的な博愛精神なのね」

 棘をふくんだ言葉を吐きながら雪葉が胸をそらす。

「でも、私には関係ないわね。私は絶対この子を手放さないから。この子はたいせつな戸倉流の跡取りなんだから」

 事情を知らない真保はきょとんとした顔になっている。口早に美波は説明した。

「ここだけの話、家が、華道の家元なんだって」

「本当にここだけの話よ。他で言いふらさないでちょうだいよ」

 雪葉の、こんなときでも妖しいほどに綺麗に光る切れ長の瞳に押されたように、真保が首を縦に振る。

「言わない、言わない。第一、戸倉流って言われても私にはわかんないし……。北海道のことなんでしょ?」

「北海道だけじゃないわよ。戸倉流の弟子は全国にたくさんいるんだから」

「でも……」

 晃子が微苦笑を浮かべながらまたやんわり口をはさむ。

「女の子だったらどうするの?」

 それは誰にも明言できないことだ。雪葉の白い頬が赤くなる。怒りと、いらだちと、自分自身でもやはり不安になる想いでいっぱいなのだろう。

「女の子でも、戸倉壱成の血を引く子であることは変わらないわよ」

「雪葉のお父さんて有名人なのね」

 美波の言葉に雪葉はなぜか唇を噛む。

「あ、ほら、着いたわよ」

 いつの間にか学院の前まで来ていた。

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