十
邪気のない色素の薄い淡い茶色の瞳はこう云っていた。
(じきに慣れるわよ)
慣れないわよ。美波は心のなかで返していた。慣れてはいけない。そう強く叫ぶ自分がいる。
決して、この状況に慣れてはいけない、と美波は心のなかで自分に言いはなっていた。
いつものように朝食を終え、いったん寮の部屋にもどると、そこには夕子とシスター・アグネスがおり、ちらり、とシスター・アグネスは夕子を見ると、事務的に言いはなった。
「夕子は今日から別館に行くことになったのよ」
夕子は口が聞けなくなったかのように無言のまま自分の荷物を整理している。
「そんな寂しそうな顔をしなくても、美波、あなたも三日後にはおなじ別館に行くことになるわ」
慰めるような優しい顔とはうらはらに、シスター・アグネスの榛色の目の奥にひそむ悪意を感じて美波は内心腹がたったが、顔には出さないように努めた。
三日後は終業式である。それが終わればたいていの生徒は実家へ帰れるのだ。だが、自分たちは帰ることができない。
「さ、夕子、行くわよ」
夕子は何も言わず自分のバッグを面倒くさそうに肩にかける。
「あとで……」
かすかに低く美波にそう呟く。美波もかすかに頷きかえした。
夕子の背は、ひどくか弱げに見える。
三日後、自分もあんな背を見せて別館へ行くのだろうか。夕子は背筋が寒くなった。
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