二
一瞬悩んだが、気づいたときには彼のバイクの後ろに乗って夏の夕暮れの風を頬に受けていた。聞けば、司城は美容師で、学院の生徒の髪を切りに来るのだという。
「それじゃ、今日も仕事で?」
「いや、今日はちょっとドライブしていたら君を見かけてね。ちょうど君が裏からこそこそ出てくるのが見えて、ははあ、これは脱走者だな、と思ってね」
脱走者という言葉は当てはまっている。
「前にもね、君みたいに逃げて来た子がいたんだよ」
「そ、そうなの?」
「あそこの学院は、たまにこうやって逃げ出す子がいるんだ」
まさかとは思うが、仕事でもないのにこんな
「このヘルメット、彼女のもの?」
「いや、それは妹のものだよ」
「妹がいるんだ?」
夕子は弟のことを思い出して、何故か酸っぱいものを飲んだような気分になる。
「君とおなじ年頃だったね」
口を開こうとした瞬間、ちょうど一度見たことのある風景が見えてきて、さらに駅が見えてきて、夕子の胸ははずんだ。カフェやファーストフード店など、久しぶりに見たささやかな町の風景は、夢にまで見た自由の空気を含んでいる。行き交う人の波を見ていると、急に自分の服装がたまらなく恥ずかしくなってきた。
「本当に迎えの人は来るんだね?」
「多分……」
不安は募るが、少し待ってみると、バイクの音が近づいてくる。
「夕子?」
「きゃー! 佐藤、久しぶり!」
夕子は思わず大声をあげていた。
バイト先の店で知り合った
「良かったぁ。本当に来てくれたんだぁ」
殆んど涙ぐみそうになっていた。
「来ないわけにはいかないだろう、あんなメールよこしておいて」
夕子を強姦した男たちと佐藤は知り合いなので、「あんたにも責任ある」と、やや脅すようなメールを送ってやったのだ。
ヘルメットを取った相手に夕子はほとんどむしゃぶりついていた。
「うわー、相変わらずスキンヘッドなんだぁ」
「おい、よせって」
頭を撫でようとする夕子から佐藤は身をよじって逃れ、あらためて司城に目をむけた。
「えーと、そっちの人は?」
「あ、司城さん。美容師さんで、ここまで親切に送って来てくれたの。司城さん、ありがとう」
頭を下げる夕子に司城は会釈を返す。
「じゃ、くれぐれも気をつけて」
黄昏のなか、司城のバイクが元来た方向へとむかって排気ガスをのこして去って行くのを見送り、夕子は佐藤の黒いシャツを左手でにぎった。
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