七
「そろそろ戻りましょう」
シスター・アグネスの声に集まった生徒たちは手の泥を洗いに庭の水道場へと向かう。
二十人ほどの生徒の群に、おなじ作業にたずさわっていたはずの夕子の姿が見えないことに美波は気づいた。
(先に行ったのかしら?)
そのときは、そんなふうにしか思っていなかった。
だが、寮の部屋にもおらず、夕食になっても食堂にも見えない。だんだんと、嫌な予感が美波の胸にこみあげてくる。
本当なら、この時点でシスターに報告に行くべきだったろう。
(もしかしたら、お腹でもこわしてトイレにいるのかも……)
自分に言い訳するようにそんなことを内心で呟いてみる。
シャワーの時間になっても、夜になっても夕子の姿はどこにも見えない。
美波は主のいない夕子の机を見つめていた。
絶対、出て行ってやる!
そんな夕子の叫びが聞こえてきそうだ。
もうこの場所に夕子が戻ることはないのかもしれない、と思うが、その一方で奇妙な予感のようなものを感じる。
また帰ってくる。……帰ってくるしかないのでは……、という奇妙な予感。
「何故、もっと早く言わなかったのですか!」
案の定、消灯前になってそんなことを告げに来た美波にシスター・グレイスは眉をしかめ、いつもは優しそうな青い目にめずらしく怒りを散らした。
「すいません。てっきりお腹でもこわしてトイレにこもっているんじゃないかと思って」
美波は用意していた言い訳を、せいいっぱい困った顔で告げてみる。
「大変だわ。すぐ学院長に報告して、手配しないと」
「あの、」
「なんですか?」
廊下を急ぐシスター・グレイスに、美波は思うことを言ってみた。
「家に帰ったのかもしれません。もう、ここを出たいとか辞めたいとか言っていたから」
シスター・グレイスは振り向いてさらに眉をしかめた。
「出れるわけないでしょう。いったん入ったら、学院長の許可なしには絶対出れないのです。あなたはもういいから部屋へ戻りなさい」
「で、でも、こんな問題起こしてしまったら、どのみち退学になるんじゃ……?」
そうなったら、かえって当人は喜ぶだろう。
「退学になんかなれませんよ。少なくとも本人の意思ではどうにもなりません。学院長が認めないかぎり。それは、あなたもですよ」
え? と美波は目を丸めていた。
「あなたも決してこの学院を出ることはできないのです」
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