「……こ、こんなの、思ってなかった。こ、こんなところだとは知らなかったわ。知っていたら絶対来ないわ」

「わかるわ」

 想像していた私立のお嬢様校とは全然ちがう。それは美波もおなじで、同情をこめて雪葉の背を撫でてやった。

「……パ、パパはサナトリウムみたいなところだって言っていたのに……ひどい」

 サナトリウム――療養所……?やや気になる言葉である。

「雪葉、どこか具合悪いの?」

「うう……。お願い、パパに連絡して。パパだって、ここがこんなひどい所だって知ったら、きっと帰ってくるように言うわ」

 涙で濡れた目で雪葉がうったえる。初対面のときの取り澄ました彼女からは別人のようで、美波はいっそう同情心がわいてきた。

「してあげたいけれど……電話は使えないし、手紙も自由に出せないみたいだし……」

「駄目もとでシスターに頼んでみる?」

 そう言う夕子の口調もどこか弱いが、それしか方法はないだろう。

「そうね……。シスター・グレイスに頼んでみようか? 無理かもしれないけれど、頼むだけ頼んでみるわ」

「お、おねがい。わ、私、こんなところで……、絶対いやよ」

 すがりつかれて、美波はうなずいた。

「わ、わかったわ。わかったから」


 その日の夕食後、シスター・グレイスに会おうと夕子と二人、舎監室へ向かおうとしたとき、背後から呼びとめる声が聞こえた。

「あなたたち、今日はカウンセリングの日です」

「え?」

 びっくりして振り返ると、そこにいたのはレイチェルこと裕佳子だった。

「一階の端の部屋へ行きなさい。そこがカウンセリングルームです。シスター・マーガレットが待っています」

「えーと、それって今日じゃないと駄目なの?」

 面倒くさそうに問う夕子にたいして、裕佳子は断然と答える。

「駄目です。すぐ行きなさい。命令違反はカード没収になります」

 夕子の顔色が変わった。怒りに眉がしかめられている。美波は内心ハラハラしながらうなずくしかない。

「わかりました。すぐ行きます」

 一階なら舎監室も近い。時間があれば、シスター・グレイスに会えるかもしれない。

「じゃ、行こう」

 夕子をせっついて、美波は言われた場所へといそいだ。


 廊下を歩いていくと、シスター・マーガレットが目当ての部屋のまえで見知らぬ男性と談笑していた。長身のその中年の人物は、黒い僧服をまとっていることから神父のようだ。

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