美波はなんともたまらない気持ちになってきた。背中に虫が這ってくるような、どうにも気味の悪い、落ち着かない気持ち。

 青ざめて黙りこんでしまった美波を見るシスター・グレイスの青い目には同情がこもっているが、それで慰められることもなく、力ない足取りでその場を去った。


 ドアを開けたとたん、ベッドで寝そべっていた夕子がひどく慌ててはね起きた。

「お帰り。シスター・グレイスの用事はなんだったの?」

 うわすべりする声で訊いてきた夕子に美波は先ほど聞かされたことを伝えた。案の定、夕子は驚愕に目を見開く。

「どういうことよ、夏休みなしだなんて!」

 山猫のように目を吊り上げてわめく夕子を見ると、いっそうやりきれない気持ちになってくる。

「わたしたちは入って間もないから、休暇がないんだって。親も納得のはずだって」

「冗談じゃないって! こんな生活、もうすぐで終わりだと思ったからこそ必死に我慢してんのに。……どこ行くの?」

「109号室へ行ってくるわ」

「……待って、あたしも行くわ。手伝うようにって言われたんでしょう?」

 美波と夕子は109号室へ向かった。

 ドアの前に立つと奇妙な緊張が美波を襲った。

「なにしてんのよ? ぼんやりして」

 不審げな目をする夕子に美波は呟くように訊いていた。

「ねぇ、109号室の話、聞いている?」

「ああ、109号室は呪われているとかいうの?」

 夕子も聞いていたようだ。

「なんでも以前使っていた生徒が自殺したとか、なんとか」

 物珍しげにドアを見上げる夕子に、美波は説明した。

「それよりも前に使っていた人も事故か病気かわからないけれど、不幸な目にあったって」

「そんなこと気にしてたら、きりないじゃん」

 夕子は焦れたように言う。

「あたしの中学でだって死んだ子はいたって」

「え? 自殺?」

 びっくりして訊いてみると、夕子は首を振る。

「自殺じゃない。事故死。先輩のバイクに乗っていて転倒して打ちどころが悪くて」

「中学生でバイクに乗るの?」

 そちらの方が気になって訊いてみると、夕子はあっさり言った。

「そんなの、珍しくないじゃん。東京だったらそんな子たくさんいるんじゃないの?」

 いるだろう。だが、美波の周りにはいなかった。

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