七
おだやかな声でシスター・グレイスは訊く。その目は青だが学院長の冷たいアイス・ブルーにくらべればどこかおだやかな湖の色を思わせて、美波はほんのすこし安心できた。
「あの、雪葉さんの様子がおかしいんです」
シスター・グレイスの顔色が変わる。
「雪葉……先日入寮したばかりの生徒ですね?」
「そ、そうです」
「すぐに行きましょう」
シスター・グレイスは歳に似合わぬ機敏な動きで109号室へ向かった。若い美波の方が必死に彼女の裾のあとを追う。
「雪葉、大丈夫ですか?」
ドアをあけるや声をかけたシスター・グレイスに向かって夕子が一瞬、怯えた顔を見せる。夕子は床に跪いて雪葉の背を撫でてやっており、意外にも優しいその動作に美波はややほっとした。
「どう?」
息を切らしながらも美波が問うと、夕子は目を合わせずに答えた。
「少し落ち着いたみたい」
何故か様子がおかしい気がしたが、今は雪葉の状態が気になる。
「雪葉、立てますか? こちらへ。舎監室へ行きましょう」
舎監室は寮生にとって火急の場合、医務室となると聞いている。
「安心なさい。私は医者でもあるのです」
「え、そうだったんですか?」
意外な顔になってしまった美波にシスター・グレイスは苦笑してみせたが、その瞬間、床に散らばっている黒い蛇のような髪の束が目に入ったようで驚いた顔になる。
「雪葉が髪を切るのを嫌がって、それで、学院長が……」
つい先ほどのことを美波が説明すると、シスター・グレイスが呆れたような顔になり、美波は肩の力がわずかに抜けた気がし、安心感がつよまる。シスター・グレイスは普通の感性の持ち主のようだ。
それはここへ来てわずか数日とはいうもの、ずっと張りつめていた美波の神経をやわらげてくれた。だが、
「もう、ああいうことは止めたのだと思っていたのに……」
嘆くような呟きに、過去にもそういうことがあったことを知らされ、美波はまた緊張してきた。
「とにかく、雪葉、舎監室へ行きましょう。あなたの身体が心配だわ」
苦しげに眉を寄せている雪葉をささえるようにしてシスター・グレイスと向かい合うように夕子も雪葉をささえる。そうして三人がかたまって部屋を去っていくのについて行こうと思ったが、夕子が咄嗟に振り向いた。
「ごめん、掃除おねがい」
「え? ああ」
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