「本当に」 

 美波は溜息を吐きそうになった。

「集団生活って、いろいろ大変そうだもんね。ここって部屋も共同なんだろう?」

「はい。わたしは同じ新入生と同室です」                  「へー。ということは……ずっと空いているっていう109号室?」

 気のせいか司城の声がかすかに固く聞こえる。

「いえ、わたしは101号室で、そこはもう一人のべつの新入生が使っています」

 とりとめもない会話でも、同性とするのとはどこか違う感じで、美波は胸がはずむのを自覚した。

「家からはなれて寂しくないかい?」

「いえ、そんなに」

 それは事実だった。外の世界が恋しくなっても、それは以前の学校生活であったり、自由気ままに動くことのできた生活であり、家そのものはそれほど恋しくならない。

「ボーイフレンドに会いたくなったりしない?」

「ボーイフレンドなんて、」

 そんなものはいない、という言葉がなぜか喉でつっかえて出てこない。そこで一瞬、会話はとだえ、司城は別の話を切りだした。

「友達はもうできたの?」

「えーと、友達っていうのか、よく話す子はいます」

 同室の夕子、同じクラスの晃子、そして雪葉。そういえば雪葉はどうしているのだろう。まだ来ない。美波が来たときでさえもう終わりの方だったのに、彼女はいまだに姿を見せない。

「もう一人来るはずなんだけれど……」

「まだ来ないね。僕らは五時半になったら帰らないといけないんだけど」

 司城が眉をややしかめ、壁の時計を見上げる。時計は五時五分を示していた。

「ちなみに、その子何号室?」

「109号室です」

「……ふうん。今日はもう来ないかな。今日来ないとなると、再来週になるね」

「再来週も来るんですか?」

 美波の胸はまたはずんだ。変な意味でなく、外の空気をまとった人、それも若い男性が来るのはやはり心浮き立つ。

「多分、その109号室の生徒さんは再来週に当たっているんじゃないかな」

「そうかも……」

 しかし、シスターたちやジュニア・シスターに幾度も髪を切るように注意されてきたはずだ。今日来なくていいのだろうか。美波は気が揉めてしかたない。


 夕食まで間がある。美波は急いで晃子の部屋に向かった。ドアをノックしてから、返事を待つことなく部屋に入る。この寮では部屋に鍵はついていない。

「晃子、どうしたの? 今日髪を切りに来るんじゃなかったの?」

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