第17話 それでいいんだよ

「……」


 話を聞き終えた僕は、掛ける言葉を失ってしまった。


「わかってるよ。快人と理久がそんな人じゃないってことくらい。でも、私は怖かった。勇気が出なかった。真実を知った二人が、私から離れていくのが凄い怖かったの」


「昔の私、覚えてる?いつも引っ込み思案で、誰かと遊ぶわけじゃなく黙々と本を読んでた私。あれが本当の私だよ。帰ってきてから二人の前にいた私はただの強がり」


「本当は二人に手を引っ張って欲しかった。昔みたいに何をするにも、二人の後についていきたかった」


「幻滅、したよね。こんな簡単な約束を守れない子なんて。いつまでも二人に甘えてばっかりの私なんて」


 これはダメだな。


 今の優姫には、優しい言葉は逆効果だ。


 言葉をかければかけるほど、優姫は深みにはまっていく。


 あぁ、本当に。


 この場にいたのが僕じゃなくてお前なら。


 多分もっとうまくやれたのかな。


 僕はお前がうらやましいよ。


 …でも、ここにいるのは僕なんだ。


 僕を信じて送り出してくれたんだ。


 …そうか、ようやくわかったよ。


 お前が言ってた言葉の意味ともう一つ。


 なぜ僕はこんなにも優姫のことを気にかけているのか。


 友達だから、幼馴染だから。


 違う。


 その答えはもっとシンプルで単純。


 でも、それを伝えるにはその前に。


「本当、こういうのはガラじゃないんだけどな」


「ごめんね…本当に。二人が思ってるほど私は成長してないんだよ。こんな私なんて、傍にいない方がいいよね…」


「黙って聞いてりゃ…」


 大事な人のために、力を貸してくれ。


「お前は本当にどうしようもねーな。いつまでもうじうじと過去の約束に縛られやがって」


「昔は昔、今は今だろ。約束がなかったら俺たちはもう友達じゃねーってのか?悲しいな。お前がそんな風に思っていたとはな」


「そんな…違うよ!私はそんなこと思ってない!」


 あぁ、全く。


 やっぱり悲しませてるだけじゃないか。


 でも、それでも。


 僕の想いを伝えるには、これが一番だと思うんだ。


「あぁ、そうだな。悪いのは俺だ。下らない約束や物でお前を縛り付けた。あんなことしなけりゃ、お前をここまで悲しませることもなかった」


「違う…違うよ!快人は悪くない!私が…私が弱虫だから…」


「別にいいじゃん」


「…?」


「弱虫のままでもいいじゃねーか。自分に正直ならそれで構わねーと思うぜ」


「でも…それじゃあ、私、一人ぼっちになっちゃう。弱虫な私じゃあ、みんな私の周りからいなくなっちゃう…」


「僕がいる」


「え…?」


「どんな優姫でも、ずっと僕が傍にいる。優姫がどんなに誰かに嫌われたり見捨てられたりしても、僕は優姫を見捨てたりしない。僕が好きな優姫はもっと引っ込み思案というか、誰かの後ろにいる優姫のことを僕は好きになったんだから」


「快人…今、なんて…?」


「僕は優姫のことが好き。だから僕の傍にいてほしい。昔の約束なんか気にしないで、僕の友達…あぁいや。改めて言うと恥ずかしいけど、僕の恋人になってほしいな」


「…私でいいの?正直な私、多分かなり根暗だよ?快人が思ってる以上に、ネガティブだよ?」


「うっわ、何それ。自分のことめんどくさい女アピールするのって99%めんどくさいって聞くけど優姫もそれなんだ…」


「な…何それ!?私めんどくさくないもん!ちょっと暗いだけだもん!」


「それでいいんだよ」


 僕は優姫の頭をギュッと抱き寄せた。


「泣きたくなったら泣いていい。怒りたくなったら怒っていい。少なくとも僕の前では自分に正直な優姫でいてよ。そうしてくれる方が僕も嬉しい」


「…快人は本当に馬鹿だよ。なんでこんな私のこと好きになっちゃったの…?そんなこと言われたら私、甘えたくなっちゃう…」


 優姫の両腕が僕の背中に回ってくる。


「それでいいんだって」


「うん、わかった。じゃあ、しばらくこうしてて…。あと、少し恥ずかしいから顔、見ないでほしいな…」


「了解」


 そうして僕は優姫の頭を少しの間、無言で撫でていた。


 優姫は声を殺して涙を流し続けていた。


 どのくらいそうしていただろうか。ふと、優姫から声が聞こえた。


「ねぇ、快人。こっち向いてほしい」


「いいの?」


「うん、いい。もう大丈夫だと思うから」


 そうして僕は顔を優姫の方に向ける。


 その瞬間、僕の口に何か柔らかいものが触れた。


「…んっ」


「!?」


 あまりにも一瞬の出来事に戸惑う僕に、目の下を少し赤くした優姫が微笑んでいた。


「なぁに、その顔?きょとんとしちゃって」


「…いや、あまりにも唐突だったから」


「なら、もう一回してあげる。…ちゅっ」


 今度はさっきよりも長く、けれどやっぱりすぐに優姫が唇を離した。


「そういえば告白の返事、まだだったね。…私も、快人のことが好き。あの時からずっと、私の手を引っ張ってくれる快人のことが、私は好き。…だからその。私の恋人になってほしいな…?」


「…うん。わかった」


 気づけばもう既に黄昏時。


 いつも見ている夕陽はとても奇麗で。


 けれど今日の夕陽はいつもよりも輝いて見えた。


 夕陽の見える公園で。


 僕達は過去の約束を超え、未来へ進むことを新しく誓うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る